【書評】「サラリーマン球団社長」
阪神野崎前社長はプロ野球版「半沢直樹」!
阪神、広島という当時の「二大低迷球団」の改革、立て直しに奔走した野球素人「サラリーマン球団社長」2人の活躍を、彼らと同時期に巨人の球団代表を務めていた清武英嗣氏が描くノンフィクション。
FAで巨人移籍濃厚だった緒方を自宅に招いて振る舞った「焼き肉丼」で思いとどまらせ、黒田にメジャーの大型契約を蹴って広島復帰を決意させるなど、お金がないなりに知恵と足と情熱で球団立て直しに奔走した鈴木清明氏(現常務取締役球団本部長)。一方でオーナーから押しつけられる数々の無理難題にも体当たりで挑み、成田空港で脱走しようとするカープアカデミーのドミニカ人選手を押さえつけ中指を立てたり、「サラリーマン球団社長」の鏡ともいえる奮闘ぶりを見せました。
一方、この本のもう一人の主人公である野崎勝義氏(元阪神球団社長)の奮闘ぶりは、ちょっと対照的でした。阪神球団に対する電鉄本社の見下した対応、球団の硬直化した体質、改革に抵抗する球団幹部、古株スカウト。日和見主義で風見鳥的な対応に終始する電鉄会長兼球団オーナーの久万の存在。
そんな旧態依然とした球団、本社に対し、一人改革に奔走する野崎氏の姿は「半沢直樹」にダブって見えました。
二人の優秀な「サラリーマン球団社長」の手によって低迷から脱出した二球団でしたが、広島は現在も鈴木氏が球団フロントで陣頭指揮をとる一方で、阪神にはすでに野崎氏の姿はありません。野崎氏在籍時代の05年を最後に優勝からも遠ざかり、緩やかに低迷時代に逆戻りしている感さえ漂っています。
ある球団要職者は次のように話しています。
「本社も二回優勝して満足してしまったな。野崎さんはドラスティックに球団を変えましたよ。彼の球団本部改革やスカウト改革を、私たちがもっと押し進めることができなかったという自省があります。ぶっちゃけて話すと、編成部長やその下のスカウト、現場の抵抗が強かったですね」
本書の中でも阪神低迷の元凶と名指しされているのが当時の阪神スカウト陣。それは例えば、日本プロ野球歴代3位の6度のホームラン王を獲得した西武の中村剛也(当時大阪桐蔭)や、2000本安打まであと100本あまりに迫っている栗山巧(当時育英)の調査さえしていなかった怠慢、また他球団が「1位の器ではない」と評価した選手を当時監督の野村克也の反対を押し切って逆指名獲得するなど。
にもかかわらず、野崎が肝いりで導入したベースボールオペレーションシステム(BOS)の活用には反対し、「我々の目が信じられんのですか?」的な態度で抵抗。結局このBOSは導入を主導した吉村浩氏(現日本ハムGM)がヘッドハンティングされた日本ハムに導入すると、その日本ハムが瞬く間に黄金時代を迎えるという皮肉な結末に。阪神で活用されていれば、今頃はどうなっていたのでしょうか……
ちなみにこの本にはこんな興味深い裏話も沢山ありました。
・ロッテ・サブローが巨人にトレードされた理由は先代重光オーナーが瀬戸山球団社長に赤字削減を強く迫ったため。
・野村克也の後任は当初は野崎も久万も第一候補に仰木彬を考えていたが、仰木の女性問題を嫌う久万オーナー夫人の反対で消滅し星野仙一で一本化された。
・星野は当初、金本だけでなく中村紀、ペタジーニの同時獲得を画策していた。その際のペタジーニの年俸は9億。なお「全面バックアップ」を約束していた久万だったが3人が獲得できた場合の資金は用意できていなかった。
・監督を退いても星野を手放したくない阪神は「どこも刺激しない訳のわからん英語の肩書きを用意しよう」ということでシニアディレクターのポストをあてがった。
チームが低迷するにも、強くなるにも理由がある。その分岐点はフロントトップに優秀な人材がいるかどうか。結局そこなんだなと改めて痛感しました。
この二球団もびっくりの長期低迷を続けている我が中日。現在は関西国際大学で客員教授を務める野崎氏をフロントトップに招聘することが何よりの補強になるのかもしれません。
「サラリーマン球団社長」
清武英利
文藝春秋
1760円(Kindle1599円)
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