「夢見る小学校」の先行上映を見た感想とそっからの雑感
「夢見る小学校」という映画のオンライン先行上映をみた。見終わってみてすぐに思ったのは、「教育関係者よりも保護者にみてほしい」だった。
そもそもは、単に子どもと見たかった映画で、子連れで都内までいくのは面倒だ…くらいに思って先行上映に申し込んだのに、「これは、子どもに関わる人はみんな見た方がいいよ!」に変わっている。
すっかり製作者の意図にドはまりしているのだろうw。
そのくらい私には楽しかった映画で、もう終わり?と思うくらいに、あっという間の1時間半だった。
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私には、不登校といわれている状態の中学生の娘がいる。
この子はこの1年で学校に10回も行っていない。学校以外の場所はいけるので、「学校に馴染めていない」のだと感じる。
いくつもの事情が絡まって学校に行けない・行かない状態になっていると思われるが、その事情の中に「学校の勉強が全くわからなくなった」ことも含まれている。一斉授業についていけないのだが、その原因は本人の努力不足ではないと私も先生も理解している。
そこで今は、「遊びは学び」「体験から学ぶ」を実践する場をつくりたいと考えている同志たちと「学校外の学びの場」を試行錯誤しつつ運営しており、娘はそこでの学んでいる。
昨日は、その中学生と、かつて不登校を経験した大学生の子と3人で、「夢見る学校」の上映会をした。
集中力に課題のある中学生は、途中で離脱したものの、前半の40分は真剣に見入っていたし、発達課題のある私にとっても、この手のドキュメント映画で時間を一度も気にしないで見入ってしまったのは、実は初めてだったのだ。
時間を忘れるほど、私には響いた。
発達障害の特性をもつ人に、どう教えるのか
この問いに関する答えも、この映画の中に見つけた。
上の問いは、私がこの10数年抱えている、モヤモヤだ。
身近に発達障害の特性を持ってる人がいて、その人を導こうとする立場のひとならば、この問いについて一度は考えたことがあると思う。
私は、まず、我が子との関わりで「自分が経験してきた方法や、常識だと思っていた考え方は通用しない」を痛感し、さらに、発達特性をもつ人の支援に関わる仕事を通じて、我が子たちだけの課題でないこと知った。
そのため、「教えるってなに?」「勉強ってなんだ?」「教育ってなんだ?」について、ずっと真剣に考えてきた。
だから、3人目の子も不登校になったことがキッカケので、昨年の秋から、「不登校(学校に馴染まない子どもたち)のための学びの場」という活動を始めた。
ここ来ている子どもたちは、みんな発達障害の特性のある子どもばかりだ。
「発達特性をもつ子どもたちには、今の公教育との相性が悪い」とずっと思ってきたが、やはり…なのか、この5~6年の間で、発達障害×不登校 があちことで起きているのを目の当たりする。
今、公教育として提供されてい学習内容は、多くの子どもたちに効率よく提供されるパッケージ化された教育機会なのだ。
ゆえに、それに馴染まない子どもたちは、学業不振になったり、学校と距離感ができてしまうのだろう。
これって子どもが悪いわけじゃない、とわたしは思う。与えてもらってる環境に合わないだけ、教わっているやり方に馴染めないだけ、にみえる。
だったら、学校に馴染めない子どもたちが学べる環境を整えて通える場所があったらいいんじゃないのか?と考えて、分かりやすさを意識して、「不登校の子どものための学び場」という言い方している「学校に馴染まない子の学び場」を始めたのだった。
けれども、わたしたちがやりたい「子どもたちの興味関心を先に作ろうのする」「主体的な学びには楽しい体験をさきに必要」という考え方に、馴染まない人の方が、今の世の中は圧倒的に多い。
でもね…
わたしたちには、こっちが王道!という確信があるので、この考えの論拠を示しつつ、地道に自分たちの考え方を伝えていこう…と思っていた。
そんなところに、「夢見る小学校」という映画と出会った。
この映画の中でみた「きのくに子どもの村学園」や「伊奈小学校」には私が欲しかったもものが「ぎゅっ」と詰まっていた。
私の考える「夢見る小学校」とは、
毎日通いたい! 早く朝にならないかなぁ…と思える小学校だ。
通っている子どもすべてが、「今日もいってよかったな…」と思えるような、経験ができる場所。
毎日楽しいことが起こればいいけど、それだけじゃないのが人が集まる場所であり、そうした感情を体験することも学びの一つだから、楽しだけじゃなくて、あの人に会いたいと思える人がいること、ほっとでこる安心の場があること.
そんな要素が詰まっているところが私にとっての「夢見る学校」。
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2022年2月4日(金)より
シネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺にてロードショー、全国順次公開
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