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SaaS起業家限定配信「SaaS部 2020 Spring」レポート② 福田康隆氏

2020年3月末、弊社の投資先およびSaaS領域で起業した起業家を対象に、DNX主催「SaaS部 2020 Spring」を開催しました。SaaS/クラウド領域で数多くの投資実績をもつManaging Directorの倉林陽が登壇、ゲストにKKR 谷田川英治さん、Japan Cloud 福田康隆さんをお招きしトークセッションを行いました。なお、今回は、新型コロナウイルスの感染予防のため、初めてのオンライン配信形式にてお届けしました。
本記事では、後半のセッション、Japan Cloud 福田康隆さんと倉林との対談をお送りします。


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Japan Cloudの福田と申します。どうぞよろしくお願いいたします。
本日は、昨年出版した『THE MODEL マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスの共業プロセス』(以下、『THE MODEL』)という本をベースにお話をさせていただきたいと思います。SaaS部にご参加いただいているみなさんは、すでに本をご覧いただいている方も多いかと思いますので、今回はそこから少し深掘りをして、実際運用する上でのヒントをお伝えしたいと思います。

福田 康隆
1972年生まれ。早稲田大学卒業後、日本オラクルに入社。2001年に米オラクル本社に出向。2004年、米セールスフォース・ドットコムに転職。翌年、同社日本法人に移り、以後9年間にわたり、日本市場における成長を牽引する。専務執行役員兼シニアバイスプレジデントを務めた後、2014年、マルケト入社と同時に代表取締役社長に、2017年10月同社代表取締役社長 兼 アジア太平洋日本地域担当プレジデントに就任。マルケトがアドビ システムズに買収されたことにより、2019年3月、アドビ システムズ専務執行役員 マルケト事業統括に就任。2020年1月より、ジャパン・クラウドのパートナーおよびジャパン・クラウド・コンサルティングの代表取締役社長に就任。ハーバード・ビジネススクール General Management Program修了。著書に『THE MODEL マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスの共業プロセス』(翔泳社、2019年)。

THE MODELとは|
『THE MODEL』は、自社独自のモデルを創造するための原理原則

福田さん:昨年末、とある方から「『THE MODEL』を自社にそのまま実装したい」とご相談をいただきました。「プロセスをそのまま当てはめよう」という声は、それ以前から多くいただいていたのですが、これはもう少し正しくお伝えしないとリスクがあるなと思い、noteに記事を書きました。この記事と重なりますが、まずは『THE MODEL』でお伝えしたかったことについて、おさらいさせていただこうと思います。

マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスといった組織構成自体は、ほとんどの米国SaaSベンダーが取り入れています。そのため、SaaS企業が組織を考える上では、一から考えるのではなく、まずはそれを当てはめるというのが正解だと思います。

ところが、当てはめてみたところでみなさんが困るのが、自社に合わせてどのようにチューニングするかというところです。そこで私が本でテーマにしたのは「プロセスそのものよりも、そのプロセスができた経緯を紹介することによって背景にある考え方、『原理原則』を考えましょう」ということでした。そのような視点で読んでいただくと、違ったところに気づきを得ていただけるのではないかと思います。

では、プロセスをそのまま真似るのでは再現できないのはなぜか。いくつかのポイントから考えてみたいと思います。


カテゴリ分類は非万能|
ある会社でうまくいったモデルが他の会社でワークするわけではない

福田さん:最初に、プロセスや組織について、「Enterprise」や「SMB」、「セルフサービス型」などで分類する方法がありますよね。一般的には、「Enterprise」はOutbound、「SMB」はInboundなどの特徴があり、パターン分けをしようと思えばできそうに思われるのですが、私のsalesforceとMarketoの2社の経験だけ見ても、一概にそうも言えないことがわかります。
私が入社した頃のsalesforceは、マーケティング活動から入ってくるリードの大半がSMB企業でしたので、大手企業に対しては営業が自らアプローチをかけることが必要でした。ところがMarketoの場合は、立ち上げ当初からマーケティングオートメーション(以下、MA)自体が日本で注目され始めた時期だったこと、マーケターの方々は大手企業にも感度の高い人が多く、Inbound Lead全体のうち6〜7割がEnterpriseでした。

また、これは会社の成長ステージによっても変化します。会社の認知が低い時にOutboundで手紙やDMでアプローチしても明らかに確率が悪い。逆に会社の認知度も上がり、マーケットシェアを獲得していれば、Enterprise層からのInboundの割合も増えるはずです。つまり、EnterpriseかSMBかではなく、会社や製品カテゴリそのものの認知度によって変わってくることもあるわけです。
変動要因は他にも考えられるので、安易にEnterprise向け、SMB向けなどの分類で整理しようとせず、どのような変動要因が存在するのかを考える方が実践的だと思います。

倉林:ひとつの会社でワークしたモデルを、他の会社でアプライするのは難しいということですよね。アプリケーションの特性上、Enterprise / SMBの区切りなくInboundでリード獲得できる会社があったり、知名度次第では使えないアプローチもある。それぞれの会社で最適なものを作り上げることが大事ということですね。


購買ステージ設計|
どんな商材も「ステージ」→「コンテンツ」→「チャネル」の順で考える

福田さん:そうですね。もちろん、一から考えるのは大変ですし、ある程度既存のモデルを使いながらチューニングしていくのがいいと思います。特にチューニングすべきは「顧客の購買ステージ」の部分です。どの商材でも顧客が商品を買うまでに、会社や商品に対して認知がない状態から、その必要性を理解して検討する。次に他の選択肢の中から、適切なものを選択する、最後に「なぜ今購入するのか」というフェーズを辿っていきます。いわゆる不信、不要、不適、不急「4つの不」のプロセスです。

例えばMarketoを例にとると、「【A】MAそのものを知らない状態の方に【B】MAを知ってもらい、それが自社に必要だと認識してもらう」ところから始まります。【A】から【B】という次の「ステージ」に変わってもらうために、どのような「コンテンツ・メッセージ」をつくるべきか、そのメッセージを伝えるために最も効果的な「チャネル」はなにか、という順番で考えることが大切です。その結果マーケティング施策が決まります。

ところが、ほとんどの場合、逆から考えてしまう。つまりどんなイベントをやるか、どんなeBookをつくるかなど施策から考えてしまうんですね。これはマーケティングの担当者になると、ウェブの担当やイベントの担当など役割がサイロ化していることが多く、自分の担当範囲の中で施策を考えたり、成果を求められることが原因だと考えています。この「ステージ」「コンテンツ」「チャネル」という考え方はマーケティングだけでなく、その後の顧客接点のプロセスにも適用できるので、顧客のライフサイクル全体に当てはめて考えることをお勧めします。

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リソース配分|
力のかけどころをすこし「ずらす」ことで効果が大きく変わる

福田さん:この雛形に即して考えていって、あとは都度状況・ステージに応じて、どこにどのような役割を何人配置するかを考える。つまり「リソース配分」です。
今では当たり前かもしれませんが、アメリカで仕事をした時に印象に残ったのは、インサイドセールスについて、いわゆるテレアポで終わらずに商談化(クオリフィケーション)のプロセスまで、営業にパスするポイントを「ずらす」のが肝だということでした。それまでのマーケティング・セールス間の課題の多くはリードを供給しても営業がフォローしない。営業はフォローしても商談につながらないリードが多いという対立でした。そこで、インサイドセールスが間に入り、リードの見極めをすることにより、営業の生産性が劇的に上がったり、営業がクロージングにフォーカスできる。ちょっとしたポイントを変えるだけでインパクトがあるんだなと気付きました。

ボトルネックの特定|
数字だけでなくその推移、定性情報など複数の情報からみる

福田さん:このリソース配分の意思決定に欠かせないのが、「ボトルネック」の特定です。そのために必要なのがKPIです。リードから商談、商談から受注へのコンバージョンを見るだけでなく、できるだけ要素を分解すること。またその時点の数字ではなく、推移を見ることの方が大切です。

倉林:スタートアップの初期段階では、ファネルの定義が曖昧だったり顧客数が少なかったりするので、ボトルネックを特定するのが難しいのではないかと思います。ここがおかしいのではないか、というポイントを見抜くために、過去の経験からアドバイス・エピソードはありますか?

福田さん:ある程度規模が小さい時は、細かく考えすぎない方が良いと思います。そもそも規模が小さければ役割の細分化ではなく、役割を超えたチームプレイが求められます。また成長の初期段階では、細かい最適化よりも営業のキャパシティ自体がボトルネックになるケースがほとんどだと思います。成長している企業は営業のキャパシティを拡大することに強く意識を置いていると思います。

倉林:ここでの営業のキャパシティ、というのは、人数を増やせという意味でしょうか?それとも営業能力の高い人を採用しろ、という意味でしょうか?

福田さん:両方ですね。最初は当然人数を増やしていくわけですが、単純に増やすだけではなく、入社した人の立ち上がり期間を早くするためのセールスイネイブルメントや、インサイドセールスから営業など社内のキャリアパスを設計することが重要になってきます。

またボトルネックを見つけるためには単純に数字だけ見ていると判断を間違えてしまいます。たとえば、受注が落ち込むと、問題が営業にあるのか、マーケティングかインサイドセールスかと原因を探しに行きます。営業は「インサイドセールスからパスされる商談が少ない、質が悪い」、インサイドセールスは「マーケからのリードが減っている」というやりとりが起こりがちです。

これは実際にあった例ですが、数字をチェックすると営業の受注率が落ちていることがわかりました。それだけ見ると「営業のスキルが落ちているのではないか。もっと営業教育に力を入れるべきでは」と考えてしまいますが、実際起きていたことはマネージャーが各営業との1:1で、受注だけではなく商談(パイプライン)作成の進捗も細かく管理していた。実績が出ていない営業ほど「せめてパイプラインの目標くらいは達成しておかないと」と考えて、これまでは商談に登録しなかった柔らかいものも商談に登録し始める。結果的に受注率が大幅に落ち込んだのであり、本当の問題は営業のスキル低下ではなく、別のところにありました。
数字を見るのはもちろん、社員との1on1などで現場の声を拾うなど、様々な方面から情報収拾をすることが、マネジメントには重要なことではないかなと思います。


個人の能力|
変動要素は個人の能力とキャパシティプランニングまで

福田さん:さらに数字だけでは解決しないのが、個人の能力差です。全員が同じ能力であれば工場のように最適化できるかもしれません。しかし、人間は機械ではありません。例えば、ソリューション商材における営業ではローパフォーマーとトップパフォーマーの差は極端な場合5倍の差が出ることもあります。1人で5人分の成果を出すと考えると、本当に採用や教育が重要ですよね。

ここまでお話ししてきたように、会社や製品の認知度や、顧客セグメンテーション、個人の能力など、様々な変動要素を組み合わせて、自社にフィットするモデルを構築していく必要があります。その試行錯誤は、事業責任者やChief Revenue Officer、スタートアップだと社長の仕事です。それはインサイドセールス・カスタマーサクセスといったそれぞれのパーツをレゴのように組み合わせるのではなく、粘土細工のように形をとりあえずつくってから少しずつ細かいところを整えていくようなもの。そういうところを感じて仕事を楽しんでほしいなと思います。


数字達成のために|
コミットメントは絶対。負癖をつけてはいけない

倉林:ここからは、事前に参加者のみなさんからいただいた質問も踏まえ、私の方で質問を用意させていただきました。まずは、数字へのコミットが薄くいつも数字を達成しない組織、企業を変えるためにはどうしたらよいか伺えますでしょうか。私の投資先のなかにも色々なパターンがありまして、数字へのコミットが強く、目標を達成し続ける厳しそうな会社や、優しく和気藹々といい雰囲気の会社だが毎回少しずつ数字がdelayする会社があって。後者の会社を変えるには、統制を取れる強いマネージャーが必要なのかなとも考えています。スタートアップのトップの役割や、強い組織を作るための実践的なアドバイスをぜひお願いします。

福田さん:企業カルチャーは大事ですよね。強い営業組織が大事にしていることは、「負癖をつけない」ということ。一度でも妥協すると、人間緩んで繰り返してしまうんですよね。私自身も以前は「今月予定していた商談がスリップしても、失注したわけではなく、来月に入るんだから」と無理して数字を追う営業について疑問を持っていた時期がありました。しかし、経験を積む中で気づいたのは、「今月は間に合いませんが、来月は大丈夫です」と報告がくる商談の7-8割はその通りにならないということ。数字を達成するのは営業のためだけではありません。営業が予定した業績を上げられなければ、採用やマーケティング、製品開発など投資に影響が出ます。それは結果的に顧客に良いサービスを提供し続けられないことにつながります。
お客様の都合を無視してプッシュする営業が失格なのは言うまでもありませんが、数字に対する責任感を組織全体に植え付けるのはマネジメントの最も大事な仕事です。

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失注に学ぶ|
マネージャー自らがなぜ失注したのかをしっかりと聴きに出向く

福田さん:もうひとつ大事なのは、「失注は終わりではない」ということです。実際に失注してから数年後に再度問い合わせがあり、契約してもらうということはよくあります。
また、失注した時にこそマネージャーがお客様に訪問し、真摯に反省点を教えてもらうのもお勧めです。選ばれなかった理由が必ずある。営業が失注理由を価格にしているときは、本当の原因が別にあることが多い。だからこそ、本音を聞き出す時には、今後に生かしたい、どこを変えるべきだったのかなどを、マネージャー自らが聞きにいくと、意外と話してくださる方が多いです。営業本人にはお客様も話しづらいことがあります。失注の後こそマネージャーの仕事。私自身も営業に言わないでひとりで行くこともありましたが、学べることが多かったです。


コロナショックへの対応|
SaaSだからといって有利だとは思ってほしくない

倉林:サブプライムの時を振り返って見ると、Enterpriseソフトウェア、SaaS企業はスペシャルシチュエーションの時Outperformしていたり、リバウンドも早かったというデータがあります。他の業界に比べるとある意味有利かなという風にも思われます。とはいえこのコロナショックはSaaS企業にどのような影響があって、トップはどのように対応するべきか、SaaS起業家にアドバイスをお願いします。

福田さん:SaaSだからと言って、有利だとは思ってほしくありません。確かに契約済みの顧客からの売上が確定している点は有利です。オンプレミスだと極端な話、ゼロになることもある。またオンプレミス型のように大きな初期投資がかかる、導入期間が長いというものと比較すると新規も獲得しやすい面はあります。しかし、リーマンショックや震災の時もそうでしたが、企業は不況や先が見えないという状況ではまず削れる費用を探します。IT予算でみると、オンプレミスは支払済みで削減しようがないので、SaaSをはじめとするクラウドは契約期間に合わせて削減対象に上がります。そうなると、どれだけ業務に組み込まれているか、Nice to haveではなくmustな存在か、業務に組み込まれているかどうかが、差として出てしまうと思います。



オラクル、セールスフォース・ドットコム、マルケトと、複数の組織での実体験・エピソードに基づいた、THE MODELの考え方、いかがだったでしょうか。THE MODELと聞くと、ついそのやり方を真似して自社に取り入れればいいように考えてしまいますが、そのモデルの何がその会社そのステージで効果をもたらしたのか、その原理原則を考えながら、各社のモデル作りに活かしていく。みなさんのSaaS組織作りの参考にして頂けたらと思います。


前編はこちら:


文・上野なつみ 監修・倉林陽

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