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「部門を超えたレベニューモデル実現のヒント」ーー『THE MODEL』著者福田康隆氏イベント実録

先日、DNX Venturesでは投資先スタートアップ向けに「レベニューモデル」をテーマにクローズドな勉強会を開催しました。今回はそのイベントの内容をダイジェストで公開いたします。

DNX Venturesでは、2020年のSaaS部にて『THE MODEL』の著者であり、オラクルおよびセールスフォース・ドットコム、そしてマルケトを率いてこられた福田康隆氏をお招きし、名著『THE MODEL』から少し深掘りをして、実際運用する上でのヒントをお伝えいただきました。今回はそのうえで、「レベニューオペレーション」にフォーカスしてお話を伺いました。
『THE MODEL』で提唱されているように、マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスといった分業化・組織構築を進め、それぞれの成果を求め最適化すればするほど、チーム間の対立や連携の難しさが生まれてしまったり、全社でみると非効率が生まれてしまうといった課題が生じがちです。
こうした課題を乗り越え、組織の利益最大化を目指してチーム一丸となるための、目指すべき「レベニューオペレーション」「レベニューモデル」と、全社の売上に責任を持ち各部門を横軸で見て率いるCRO(Chief Revenue Officer)の役割、そしてそれぞれの部門・役職の役割分担とその評価指標とは。

ぜひみなさんの経営のヒントにしていただけましたら幸いです。

福田康隆
1972年生まれ。早稲田大学卒業後、日本オラクルに入社。2001年に米オラクル本社に出向。2004年、米セールスフォース・ドットコムに転職。翌年、同社日本法人に移り、以後9年間にわたり、日本市場における成長を牽引する。専務執行役員兼シニアバイスプレジデントを務めた後、2014年、マルケト入社と同時に代表取締役社長に、2017年10月同社代表取締役社長 兼 アジア太平洋日本地域担当プレジデントに就任。マルケトがアドビ システムズに買収されたことにより、2019年3月、アドビ システムズ専務執行役員 マルケト事業統括に就任。2020年1月より、ジャパン・クラウドのパートナーおよびジャパン・クラウド・コンサルティングの代表取締役社長に就任。ハーバード・ビジネススクール General Management Program修了。著書に『THE MODEL マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスの共業プロセス』(翔泳社、2019年)


CROの役割とポジション設置タイミング

福田さん:本日は宜しくお願いいたします。まずはじめに、僕はみなさんと違って現場から離れてしまって久しく、今も11社ほどの外資ベンダーのご支援はしていますが、現場の肌感が薄くなってきています。本日は自分なりの経験でお話しできればと思います。

倉林:ありがとうございます。本日はレベニューモデル、そしてそれを担うCROについてお話を伺っていきたいと思います。簡単には語り尽くせないと思うのですが、まずはCRO採用の際にどのような点をみていらっしゃるか伺えますでしょうか。

福田さん:採用の話に入る前に、「CROをどのタイミングで採用するべきか」というお話からしましょう。そもそもCRO(Chief Revenue Officer)が大事だということは、私の著書『THE MODEL』でも書いていますが、CROのポジションは営業責任者とどう違うのかとよく聞かれます。私の記憶では、アメリカでは2013年頃からCROというタイトルを見るようになってきました。どのSaaSの会社もカスタマーサクセス部門が大きくなってきます。すると、会社の売上に貢献する部門が営業 (新規)とカスタマーサクセス (契約更新)の2つに分かれてしまいます。その両者間で方針が異なったり、時にはリソースの奪い合いなど部門間対立が起きる会社も珍しくありませんでした。もう少し細かく言うと、新規の受注から、アップセル、クロスセル、リテンション、そして導入コンサルのプロフェッショナルサービスまで、この4つはリソース配分の観点でコンフリクトしやすいわけです。そこでCSO (Chief Sales Officer)ではなく、売上全体に責任を持つCRO (Chief Revenue Officer)が必要になったというのが私の仮説です。その点でCROの担うべきミッションは「バランス感覚」です。他の事業のことにも耳を傾けて共感することができるかどうかが大切です。

ではそういったポジションにどのような人がフィットするかという話ですね。CROとしては、仕組みづくりが得意で、バランスが取れている、他の事業をきちんと見れる人が必要だと思います。営業のスキルは不可欠ですが、自身の営業力に自信があるだけでは、他の部門に目が行かない。、個人の力に頼りがちで自己完結してしまうので、仕組み作りが苦手な人が多いのです。逆に仕組みづくりをするほどの人数や規模になっていない組織の場合は、CROは必要ないと言えます。CEOが全体を見て営業責任者がいれば、全然回していけるのではないかと思います。

倉林:CROの定義を改めて聞くと、まだ日本ではそのタイトルつけるのは早いというスタートアップが多いかもしれませんね。

福田さん:そうですね。リクルーティングのためにCROのタイトルを与えてあげたいという場合はあるかもしれませんが、本来CROは一定の組織規模以降で、部門間の衝突を回避し、部門間できちんと情報を回すことが一番求められる役割だと思います。


エンプラ営業とSMB営業の適正

倉林:ご指摘に照らし合わせると、次の質問はCROというよりは、レベニューを作る「営業」に関する質問になるのですが、エンタープライズ営業の人の特性と、SMBのそのトップセールスで特性が異なるように思います。どのような評価基準でスクリーニングされていましたか。

福田さん:前提として、エンタープライズをどう定義するかが大事です。顧客の企業規模だけではなく、提案する「価格帯」もポイントです。売り先が大手企業だったとしてもARR数百万だとしたら、SMBで数件獲得した方が圧倒的に販売効率が良い。さらに、本来エンタープライズの良いところは一度導入されればそう簡単に解約されないところです。ところが仮に数百万円規模で部署単体での導入だとすれば、エンタープライズだったとしても解約されやすい。だからこそ、エンタープライズにどう採用してもらうかの前に、まずは自分たちの価格が重要です。それなりの投資をしていなければ得られる価値も大きくなりませんし、お客様も本気でプロジェクトに取り組みません。パイロット導入からスタートする場合もあるので、最初から大きな金額である必要はありませんが、最終的に最低でも一社数千万規模になるプライシング、つまりそれだけの価値提供ができるかどうかが鍵になります。

SMB営業は仕組みづくりが重要だと思います。単価が低い分、どうしても件数は多くなり、少ない人数で効率的にフォローすることが求められますので、早い段階でマーケティングやインサイドセールスの役割分担も含めた組織編成ができることがSMB営業のマネジメントに求められます。またプレーヤーに求められるのは規律です。数が多く、商談期間も短いので、CRMをきちんと更新し、抜け漏れを防ぐ。パイプラインなど必要なデータを可視化し、自己管理する。営業の本質は変わりませんが、それぞれまったく違う筋肉が必要になってきます。

エンタープライズで売れている営業がSMBで成功するとは限りませんし、逆も然りです。

部門対立を乗り越えるためには?

倉林:レベニューを作った後の部門間連携に関する質問が多くありました。具体的には、マーケティングはリードを増やしたつもりだが、それはインサイドセールスからするとリードとはいえないというケースです。局所最適化すると他部門との間にコンフリクトが出てしまうと思うのですが、それをマネージした経験やノウハウがあれば教えていただきたいです。

福田さん:分業したからといって、その流れに沿ってきれいにビジネスが回るとは限りません。ビジネスはそれほど単純なものではないからです。各部門に目標を設定すれば、それぞれが自部門の最適化に向かうのは当たり前です。そのような現象は起きるものだという前提にたって、ではマネジメントは何をするかを考えるべきです。
大事なポイントは、①モニタリング指標 ②人事評価の2つです。

①モニタリング指標

KPIを管理する上で大事なことは指標そのものがいい悪いと評価するのではなく、現場で何が起きているかを掴むための手がかりにすぎないということです。例えばインサイドセールスは件数目標を達成しているのに売上が相応に上がっていないとしたら、その原因についていくつかの選択肢を考えます。営業部門に課題があり、受注率の低下を招いている場合もあれば、インサイドセールスが渡しているリードの質が悪いということも考えられます。受注率に課題がある場合、さらに深堀りしていき個人個人でみていくと、New Hireの数字だけが悪い場合は採用やセールスイネーブルメントに課題があるのかもしれません。部門全体で受注率が落ち込んでいる場合は、競合が激しくなっている可能性もあります。指標を達成していない部門に問題があると単純に考えるのではなく、数字をきっかけに真の問題を見つけることが大切です。

②人事評価のポイント

人事評価に関しては、定量評価と定性評価の両方が大切です。例えばインサイドセールスが商談件数だけで評価されると、どうしても質より量のオペレーションになりがちです。質を数値評価することは難しいので、、マネージャーがコール内容をモニタリングしながら、会話の内容や質を評価して評価に反映させることによってバランスが保たれるようになります。

分業体制でも、全員が最終的な売上に貢献するという意識。KPIは課題を発見するためのきっかけに過ぎない。各パーツを受け持つ担当の仕事はそれぞれに課された中間目標だけではなく、マネージャーが仕事の質をきちんと観察する。以上が、対立をなくすためのポイントになると思います。

各部門の追うべき指標

倉林:今お話にも出たのですが、各部門で追うべき代表的な指標についても、改めて解説をお願いしても良いでしょうか?。

福田さん:代表的な指標という意味では、マーケティングは「リードとパイプライン」で、インサイドセールスは「パイプラインの件数と金額」ですね。商談をどれだけ作ったかということです。営業は「受注金額」で、カスタマーサクセスの場合は「契約更新」になります。これについては「Gross Dollar Retention」と「Net Dollar Retention」の2種類あります。Net Dollar Retentionは重要な指標である一方、アップセル・クロスセルを含むため、何割の顧客が契約更新してくれたのかという実態を見えづらくする面もあります。その点で私はGrossを重要視していますが、カスタマーサクセス部門の立場から見ると、Grossは減点主義のように感じてしまうので、メリット・デメリットがあります。いずれにしても、人は目標を設定されるとその数字を最大化するように行動する。これは世界共通です。繰り返しですが、マネジメントはバランス感覚を持って全体を見ることが欠かせません。

倉林:キャリアパスについての質問もありました。インサイドセールスで成績が良い人をAEにすべきなのか、インサイドセールスはインサイドセールスのプロフェッショナルとして昇進させるのがいいのかなど、解はなくて試行錯誤があると思います。モチベーションを高めるためにはどのようなキャリアパスを用意してあげるべきだと思われますか。

福田さん:人によって方向性が違うということを前提に置いて、1on1ミーティングなどの機会を利用して、その人のキャリア観をしっかりと聞いてあげることが大切だと思います。以前はインサイドセールスから営業というステップが一般的でしたが、最近はインサイドセールスを極めたいという人が若い人に増えてきていると聞きます。それ自体は否定しませんが、個人的にはインサイドセールスで止まらずに、営業を経験してほしいと思います。役職に上下関係があるという話ではなく、インサイドセールスで経験できる範囲はほんの一部に過ぎず、営業プロセスの全体像が掴みにくいからです。前行程だけでなく後行程も経験すれば、その結果また前行程に戻った時により高いレベルの仕事ができるようになります。インサイドセールス経験者が一度営業を経験した後にインサイドセールスのマネージャーとして活躍するケースも多いです。プリセールスエンジニアとポストセールスの導入コンサルタントの関係も同じことが言えます。他にもインサイドセールスからカスタマーサクセスで活躍するパターンもありますし、自社の中で多様なパスを作り、ロールモデルとなる人を増やすことで可能性が広がるのではないでしょうか。

もうひとつキャリアパスの中で大切なのは専門性です。一口にカスタマーサクセスといっても、リニューアル担当、オンボーディングや活用の支援、コンサルティングなどさまざまな役割があります。全部をうまくできる人はそういないので、カスタマーサクセスであれば、自社にどのような役割が必要なのか、その中でどんなステップを踏んでいくかを描いてあげることが重要かなって思いますね。

The Model型が合う組織規模

質問:ビジネスサイドが何人以上の場合からThe Model型の組織がフィットするでしょうか?

福田さん:The Model型と言われますが、マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスに分けることが目的ではありません。ソリューションの特性など自社の現場に合わせてどのようなフォーメーションが最適かを考えるのが私がTHE MODELで主張したいポイントです。例えば営業5人体制の会社でエンタープライズ向け、業種特化型などでターゲット企業が300社程度であれば、インサイドセールスを採用せずに、営業に60社ずつテリトリーを割り振って集中的に活動させる方が良いかもしれません。一方Horizontal SaaSでターゲットはSMBまで幅広く、マーケティング活動で毎月一定の件数リード獲得ができている場合であれば、5人の内、1人をインサイドセールスにシフトすることで見込み客フォローの抜け漏れが減り、営業は提案活動に集中できる体制ができるでしょう。またカスタマーサクセスは重要な役割ですが、営業に製品理解があり、顧客の活用支援もできるのであれば、顧客数が少ない内は無理に営業とカスタマーサクセスを分ける必要はありませんし、逆に製品が技術的に難しいなど営業単独ではフォロー仕切れない場合は、専任で役割をおいた方がいいということになります。何人になったらということではなく、ソリューションの特性やターゲット企業などさまざまな条件によって決まるということです。

マネージャー採用は2年先の組織図を思い描いて

質問:会社、規模だけでなく形態や状態によってCROに求められる役割ですとか、特性によって、営業部門全体をまとめるポジションとしてどういうところが比重が大きいのかとか、そう言った濃淡があれば教えてください。

福田さん:部門間の立場を理解すること。また顧客視点を忘れないことだと思います。よく、分業せずに一人で対応したほうがいいんじゃないか、顧客からしてもそれが良いのではないかという議論があるのですが、顧客からすると一人しか顔が見えないというのはB2Bにおいては非常にリスキーなんです。不動産や自動車などB2Cの場合は最初にみてくれた担当者が継続してみてくれる方がありがたいと思うんですけど、B2Bでは顧客側の関係者も多いですし、異動などで担当者が変わることもあります。あくまでも会社対会社の関係なわけですから担当一人の顔しか見えないのは非常に怖いと思います。だから顧客のことをサポートするためにどのような専門性があるか、どのような役割の人が必要なのかを事を考えて編成するのが大事だと思いますね。CROにはこのような顧客に最適な体制をつくる視点が求められます。
質問:そんなにたくさん営業人数がいない中で、まず営業部門のヘッドとしてどのような人・スキルを重点的に採用していくべきですか。

福田さん:私はよく「2年後の組織図を考えてみる」とアドバイスをしています。5年後は不確定な要素が多いですが、2年後は事業計画の数字など解像度は高いはずです。その事業計画を実現するためにどのような体制が必要かを考える。マネージャーが何人必要か。テリトリーは業界で分けるのか、規模で分けるのか。それらを想像しながら、主要なポジションは今いる人材で埋められるか。埋まらないピースがあるなら、そこを埋める人材を探しにいくことです。現時点から見た積み上げでは、日々の仕事に追われてしまい、今忙しいからその仕事を埋めるための採用になりがちです。将来から逆算して組織図を考えることで将来必要な人材を具体的に描くことができます。それが仕組みを作れる人です。

倉林:非常に熱のこもった会でした、ありがとうございました。

(文・嶋田 剛太 / 編集・上野 なつみ / 監修・倉林 陽)


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