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Industry SaaSシリーズ #1: 数字で見る世界のインダストリーSaaSユニコーン

「インダストリーSaaSで日本発ユニコーンを創出できるのか?」

先日2021年5月19日の建設業特化SaaSのProcoreが、時価総額1兆円を超える大型IPOを実現したことに代表されるように、世界でDX化の波が広がる中で、特定業界に特化した「インダストリーSaaS」は、急速に広がっています。これは、日本も例外ではありません。飲食業向けのインフォマートや介護業向けのSMS社など、ユニコーン級(時価総額 $1B以上)の上場SaaS企業も存在し、DNXの投資先である、建築業向けのアンドパッドや、薬局業向けのカケハシに代表されるインダストリーSaaSスタートアップも大きく躍進しています。

今回は、"Industry SaaSシリーズ"の連載第1回として、日本でのインダストリーSaaSユニコーンの可能性を知る上で、まずは世界に存在する同分野のユニコーンの全体像をご紹介します。

こんな疑問をお持ちの方にお役に立てると思います。

・インダストリーSaaS企業の「時価総額」は伸びているのか?
・インダストリーSaaSユニコーンの「企業数」はどれくらいあるのか?
・ユニコーンは、どの「業界向け」で存在するのか?
・ユニコーンになるには、どれくらいの「時間」と「資金調達」が必要か?
・ユニコーンは、非連続な成長のために「M&A」を実施してるのか?

※ 注記:ユニコーンは一般的に未上場企業を指す言葉ですが、ここでは便宜上、「評価額$1B以上の未上場企業」に加えて、「時価総額$1B以上の上場企業」を総称してユニコーンと呼ぶことにします。

本リサーチの概要

まず中身に入る前に、本記事で言う「インダストリーSaaS」の対象について解説します。今回は、大きく3つの基準に基づいてリサーチを行いました。

本記事での「インダストリーSaaSユニコーン」の定義
1) 2021年5月20日時点で、「時価総額 or 評価額 $1B」を超えていること
2) 「特定の業界のみ」にフォーカスしていること
3) SaaSを「事業の一部でも」で提供していること

1つ注意点としては、ここで言う「インダストリーSaaS」は、特定の業界向けのみを対象とし、特定の職種向けは含みません。海外のPublic Compsや米VC Bessemer Venture Partnersのレポートなどで言われている"バーティカルSaaS"は、VeevaやShopifyなどの特定の業界向けに加え、BlacklineやThe Trade Deskのような、特定の職種(財務やマーケティング)向けのSaaS企業も一部含まれていますが、本レポートではこれらの会社は除外します。

定義の詳細や情報ソースは、以下の通りです。

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それでは、早速見ていきましょう。

世界のインダストリーSaaSユニコーン

まず手始めに、現在のインダストリーSaaSの上場マーケットの存在感を知るために過去5年間での海外インダストリーSaaS上場企業の時価総額合計の変化を見てみます。

この5年間で、海外インダストリーSaaS上場企業の企業数は14社→19社、時価総額合計で$146B(約16兆円)→$370B(約40兆円)と2.5倍に大きく成長しており、市場での存在感を増していることがわかります。

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5年前の2016年は、米VC Bessemer Venture Partners「Founder's Guide to vertical SaaS」で語られている通り、既に市場での存在感はありました。しかしここに含まれる企業を見てみると、当時はShopifyやVeevaのような、クラウドネイティブの「SaaS主体」の企業が中心ではなく、Tyler(2016年当時の時価総額$52B)やVerisk Analytics(同 $13B)のような「オンプレミス主体」で、クラウドシフトした企業が時価総額でも企業数でも過半数を占めていたのが実態でした。

しかし、2021年現在の状況を見てみると、この状況は逆転しています。
金融向けSaaSのnCinoや建設向けSaaSのProcoreなどの新規上場により、「SaaS主体」の企業が市場での存在感を大きく増しています。一方、「オンプレミス主体で、SaaSシフトした」企業は、MedidataやRealPageなどにみられるように、PEファンドや事業会社の買収により、上場廃止している企業が目立ち、上場市場での存在感は相対的に小さくなっています。

インダストリーSaaSの市場での存在感は、今後さらに増していくのか?

結論から言うと、確信を持って「イエス」と言える状況だと思います。下の図は、上場、未上場のユニコーンの時価総額合計と社数を示したものです。未上場のインダストリーSaaSユニコーンは、2021年5月20日現在で60社存在し、ここ最近は、近年の資金調達状況が良好なこともあり、ほぼ毎週、ユニコーンが新たに1社以上生まれている状況です。現状、全体のユニコーンの企業数が692社であることを踏まえると、「インダストリーSaaSはユニコーン全体の10%弱」と未上場マーケットでも大きな存在感があり、今後、上場マーケットでも更に存在感を増していくことが期待されます。

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ユニコーンの産業分野

どの産業向けに、インダストリーSaaSユニコーンは存在するのか?

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現状の上場企業、未上場企業全体で見ると、2社以上のユニコーンを輩出している産業は、以下の10産業です。

インダストリーSaaSユニコーンを輩出する主要10産業
 1. ヘルスケア
 2. EC/小売
 3. 金融
 4. 不動産
 5. ホスピタリティ(飲食/スパ・サロン/旅行)
 6. 保険
 7. 製造
 8. 教育
 9. 物流
 10. 建設

なかでも、ヘルスケア、EC/小売、金融のトップ3産業でユニコーン全体数の55%を占めており、市場が大きく、SaaSでの変革の可能性が高い産業であることがわかります。その他、ユニコーンを1社は輩出している産業として、行政(Tyler)、NPO(Blackbaud)、クリエーター(Patreon)、農業(Farmers Business Network)、法律事務所(Clio)の5産業があり、これらもSaaSユニコーンを輩出する可能性のある産業と言えると思います。

時価総額(評価額)の大きいユニコーンを輩出している産業はどこか?

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$100B(約10兆円)を超えるインダストリーSaaSは、ステイホーム下で急成長を遂げているEC産業向けのShopify1社しかいません。時価総額$10B(約1兆円)、かつSaaSを主体とする企業では、ライフサイエンス(製薬)産業向けのVeeva($43B)、建設業向けのProcore($11B)、小売/EC産業向けのLightspeed POS($11B)の3社が加わります。

$10B(約1兆円)に近い未上場企業は、2021/4にPEファーム Thoma Bravoに$10.2Bで買収後、上場廃止となった不動産業向けのRealPageを筆頭に、近々IPOが期待されている、住宅補修サービス業向けのServiceTitan($8.3B)、物流業向けのSamsara Network($6.3B)と続きます。

評価額 $2Bの"ダブルユニコーン"クラスを多数輩出している産業では、病院・介護・製薬をカバーするヘルスケア(例. Benchling)と金融(例. blend)が3社以上輩出している産業と言った現状です。

ユニコーンの資金調達状況

インダストリーSaaSユニコーンは、どの位資金調達しているのか?

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上場、未上場企業で、創業20年以内の対象企業64社で見てみると、累計で$200-300M(約200-300億円)を調達している企業が最も多く、中央値は$295Mです。$100M未満でも、Veevaの$7Mと非常に少ないケースもありますが、現在より資金調達環境の厳しかった2000年代~2010年代前半に上場している古い企業(例. Guidewire、Athenahealth)がほぼ100%を占めています。その観点で言うと、現代のインダストリーSaaSユニコーンは、$300M(約300億円)前後を調達することが一般的だと言えると思います。

同様に資金調達回数を見てみると、全体の1/3(33%)は6回の資金調達を行っており、ユニコーン以上のインダストリーSaaSには上場までに相当数の資金調達をこなす必要性があることがわかります。

(参考)ユニコーンになるまでの資金調達額と回数

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ユニコーンになるまでの資金調達額と回数を、より精緻にみるために、"創業20年以内"、かつ"評価額$1-2Bの未上場企業"に限定した図が以下です。ご覧になって分かる通り、前出の図と大きく変わらず、「累計資金調達 $200-300M(中央値 $251M)」で「資金調達回数 6回」が最も一般的であることがわかります。つまり、インダストリーSaaSでユニコーン企業になるには、「6回のラウンドで300億円前後の資金調達」がグローバルのベンチマークと言えると思います。

ユニコーンの創業年数

ユニコーンになるには、どれくらいの期間が必要なのか?

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前出の分析と同じく、"創業20年以内"、かつ"評価額$1-2Bの未上場企業"の創業から現在までの期間を見ると、創業7年が最も多く、中央値は創業8年です。つまり、創業から7-8年でユニコーンになるようなMRRと売上成長率を作り出せるかが、1つの目安になると思います。中にはEC事業者向けの製品保証を提供するExtendのように、2年強でユニコーンになるケースもありますが、直近2年の売上成長率は2019年 40倍→2020年 5倍のように、T2D3を大きく超える桁違いの売上成長を達成する必要があります。

ユニコーンの企業買収(M&A)実施状況

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最後に、インダストリーSaaSユニコーンの企業買収(M&A)の実施状況を見てみます。上場企業においては、M&A実施率はほぼ100%となっており、インダストリーSaaS上場企業の成長には、M&Aは必要不可欠と言っても過言ではないと思います。一方で、未上場企業でも、過半数(53%)のインダストリーSaaSユニコーンは、既にM&Aを実施しており、未上場時から非連続な成長に向けたM&Aを検討することは、海外では一般的です。M&Aの件数としては、1件(約40%)が最も多い状況で、資金調達額(300億円前後)から考えると、妥当なラインだと言えると思います。

おわりに

今回は、世界のインダストリーSaaSユニコーンの実態を見てきました。既にマザーズの時価総額上位10社の過半数をSaaS企業が占めており、フロムスクラッチ、アンドパッドといった大手SaaS未上場企業も、海外著名ファンドからの資金調達に成功しています。先日2021/5に発表された、SmartHR社のシリーズDでの累計200億円調達でのユニコーン入りのニュースにみられる通り、日本のSaaSスタートアップは、国内のみならず、世界から注目を集めるようになり、資金調達環境も数年前に比べると格段に改善しています。中でも、地域性が高く、参入障壁の高いインダストリーSaaSは、日本からでも数多くのユニコーンを輩出できる数少ないテクノロジー領域だと、我々は考えています。しかしながら、今回紹介させて頂いた多くの産業において、現状の日本のSaaSスタートアップの数はまだまだ多いとは言えない状況です。今後、日本の産業変革を起こすインダストリーSaaSの起業家の方々が増えていくことを心から願います。

また、インダストリーSaaSスタートアップがユニコーン級の急成長を実現する上では、「高い資金調達力」と「M&Aの遂行能力」は大きな武器になります。特に、今回のベンチマークで示したような「300億円前後の資金調達」を実現する上では、資金力の豊富な海外投資家やPEファームなどのプロ投資家は避けて通れない道だと思います。我々DNXとしても、スタートアップの経営陣が、これらのプロ投資家と伍するためのファイナンスの知識とグローバルのネットワークの提供を支援できるよう、努めて参りたいと思います。

日本のインダストリーSaaSの起業家の皆様を、心より応援しております。

(文:湊 雅之 | 監修:倉林陽 | 編集:上野なつみ)

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