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DNX VenturesがSaaS for SaaS領域に注目する理由

いまや世界中の企業が利用するSaaS(Software as a Service)。さまざまな用途に応じた機能を持つ無数のSaaSは、ビジネスのあらゆるシーンを効率化させていますが、その一方でSaaSの急速な普及は “SaaS群の管理”という新たな課題を生み出しました。米国企業では一社あたりの利用アプリ数が平均90を超えるというデータもあり、膨大な数のSaaSとの向き合い方に頭を抱える企業は少なくありません。

これまで10年にわたりSaaSスタートアップへの投資を積み重ねてきたDNX Venturesは、こうした背景を踏まえ、数年前から"SaaS for SaaS"領域に注目し始めました。SaaS/Cloudサービスをより効果的に活用・提供するためのソリューションは、先ほど挙げたような”SaaS群の管理”の悩みを解決する糸口として、今後ニーズが高まってくるはずです。

今回の記事ではDNX VenturesがSaaS for SaaSに注目する理由について、DNX VenturesのPrincipal中野智裕の考察をご紹介いたします。

SaaS増加の背景と企業によるSaaS/Cloud利用の現状

SaaS for SaaSについて解説する前に、その背景にあるSaaSの増加について触れておきましょう。クラウドコンピューティングやIaaSの登場をきっかけに、創業コストが劇的に下がったことがSaaS増加を後押ししました。Oktaは「SaaSの増加に伴うユーザー認証やセキュリティの課題」に対して、企業や組織の安全かつ効率的な認証管理を可能にするソリューションを提供していますが、SaaS市場の発展を予見した見事なアイディアだったと考えられます。DNX Venturesは、SaaSがカバーする領域や機能の深さは今後も拡がり続け、顧客やエコシステムが歓迎する市場になっていくものと考えています。しかしながら、IT市場全体におけるSaaS/Cloudの割合は、ようやく半分を占めたに過ぎません。こうした市場の全体像と具体的なトレンドを踏まえた現在を見ていきましょう。

ガートナー社が発表した市場予測 によれば、パブリッククラウド領域の市場規模は前年比約+20%のペースで成長を続けています。そして2025年にいよいよパブリッククラウドへのIT支出が従来型のIT支出を上回る、という予測は注目すべき点です。普段からSaaS/Cloudに囲まれた仕事環境に身を置くとクラウドが“当たり前”という感覚になりがちですが実態は異なり、シェアの逆転は大きな節目であり、SaaS for SaaSの需要もこれからが本番と言えそうです。

SaaS for SaaSの代表的な企業と言えるOktaは、毎年「Businesses at Work」という興味深いレポートを発表しています。毎年定点観測されているOktaユーザーが利用している平均アプリ数のトレンドを紹介します。(上図参照)

直近4年は増加傾向で、2023年には企業一社あたり平均93ものアプリを利用、そのうち大組織(※2000名以上の組織)に至っては約10%増加し、231ものアプリを利用しているという結果でした。業務ごとに多様なアプリを最善の組み合わせで使い分ける(“Best of Breed”)の傾向が、このように利用アプリ数の増加を促していると考えられます。

一方、この平均利用アプリ数を国別に見てみると、日本はわずか35と、他の地域/国と比較して比べてとても低い数字です。現状においてSaaS for SaaSのニーズが他の国に対して相対的に遅れていて、同時に成長余地があると捉えることもできます。

例えば、DNX投資先であるYESODは、大企業向けに「誰に・どのアプリを・どんな権限で・利用してもらうか」というアクセス権のあるべき姿を整理し、SaaS等のIDアカウントの発行・停止等のプロセス自動化するソリューションを提供しています。多数のアプリを利用するからこそユーザーのペインが指数関数的に大きくなり、だからこそ威力を発揮するソリューションの評価は、今後高まっていくものと考えます。

次に、クラウドプラットフォームの利用状況について見ていきましょう。AzureやAWS、GCPといったクラウドプラットフォームを利用するユーザーの14%は、単一でなく複数のクラウドプラットフォームを併用しており、さらに増加傾向にあるという調査結果があります。日本企業のIT利用においてはグローバルほど”マルチクラウド化”が進んでないものと見ていますが、このような兆候が企業に今後どのようなペインを生むかが、私たちの投資仮説のヒントになります。

企業規模によるSaaS利用用途の違いと、グローバルベンダーの日本売上高比率

少し視点を変えて、組織規模別の傾向をみてみましょう。下図はOktaユーザーが2022年において、大組織(2000名以上)と中小組織(2000名未満)で、ID数(※ユーザー社内の利用者数)を伸ばした上位アプリを示したものです。

大組織(図:左側)は、FigmaやMiro、Asanaなど、コラボレーションツールやプロジェクトマネージメントのアプリが伸びていることがわかります。一方、小組織(図:右側)はRampをはじめとした経費管理や、出張管理・予算管理を効率化するアプリのID数が増加しています。両者にアプリの重複が1つもないのは興味深いポイントです。つまり、エンタープライズとSMBが異なる市場を形成しており、両市場で同時に成長することは簡単でなく、いずれかへフォーカスする重要性が示唆されます。SaaSスタートアップの拡大フェーズにおいても、SMB⇒エンタープライズ、またはその逆へと顧客セグメントを広げる計画は度々見られますが、単純なプロダクトの横展開ではない創意工夫が必要になるでしょう。

今回紹介したOktaのレポートは、無料でどなたでも見られます。Oktaユーザーの約2万社のSaaS利用状況は、人口動態のように業界全体の概観を把握できる示唆に富んだデータが多く掲載されていますので、興味のある方はぜひチェックしてみてください。

最後に、主要なグローバルSaaSベンダーの売上高に占める日本市場の比率について紹介します。多くのグローバルベンダーにおける日本の売上高比率は低下し続けており、昨今は円安の影響でさらに顕著になっているようです。Salesforce、Oracle、SAPのグローバルに占める日本の売上高比率は、直近の会計年度で3〜5%の水準です(年度末FXを基に試算)。これはグローバルIT企業全体のTAMに占める日本のシェアともおよそ符合していると思われます。

このように日本市場の売上貢献度の観点から、グローバルベンダーが日本市場へのローカライゼーションの投資対効果を正当化できる余地は限定的と思われます。SalesforceやOracleなど、日本へ想いのあるリーダーもいますが、総じてグローバルベンダーの日本へのユニーク投資、特にプロダクト面の機能実装は劣後されがちである前提にたって、ニッチなペイン、スペースへの気付きはチャンスに繋がることでしょう。

SaaS for SaaSの定義と提供価値

ここから本題のSaaS for SaaSの話をしましょう。まず、私たちはSaaS for SaaSを「SaaS/Cloudをさらに効果的に活用、もしくは提供するためのサービス」と定義しました。この定義において「活用」と「提供」それぞれを打ち立てたのは、SaaS for SaaSに二つの側面があると考えるからです。

昨今の企業は一社あたりおよそ90、大組織の場合は200以上のアプリを利用していると紹介しましたが、こうした「SaaSユーザー」はSaaSの効果的な活用を求めてSaaS for SaaSの利用者になり得る人々です。これが「活用」の観点のSaaS for SaaSの姿です。

一方、SaaSユーザーではなく、SaaSのプロバイダー(提供者)向けのSaaS for SaaSも考えられます。SaaSのプロバイダーの顧客数は、数百、数千、数万と様々ですが、多数の顧客に対してスケーラブルかつ効率的にSaaSを提供するための価値、これが「提供」の観点でのSaaS for SaaSの姿です。

SaaS for SaaSの価値提供先となるSaaSユーザー、あるいはSaaSプロバイダーが直面する重要な課題とは何でしょうか。ユーザーのSaaS利用数やプロバイダーの顧客数の増加に伴って、線形に増えるトランザクショナルな業務ボリュームだけでなく、様々なコンビネーションやバリエーションが生まれることで業務の複雑性が高まります。この複雑性は、SaaSユーザーの利用品質やプロバイダーの提供品質に大きな影響と落とします。複雑性にまつわるペインにアドレスすることで工数置換が不可能な経済価値を生まれ、高単価で筋の良いSaaS for SaaSへ繋がるものと考えています。

SaaS for SaaS スタートアップへのDNXの投資

SaaS for SaaSのソリューションは多種多様です。例えば、SaaSユーザー向けの代表的なベンダーでは、ユーザー認証(Okta)、ID管理(Sailpoint)、セキュリティ(Zscaler)、 コスト管理(Apptio)、データオペレーション(Snowflake)、インテグレーション(MuleSoft)などが挙げられます。SaaSプロバイダー向けには、サブスクリプションマネジメント(Zuora)、カスタマーサクセス支援(Gainsight)、認証基盤(Auth0)、インシデント管理(PagerDuty)などがあります。

DNXはこれまで約10年に渡って、SaaS for SaaSスタートアップに投資してきました。これらの企業に通じるDNXが考えるSaaS for SaaSの勝ち筋については、後述いたします。

  • Techtouch (Digital Adoption) : SaaS等のデジタルソリューションの効果的な活用を促進

  • YESOD(Identity Governance):時系列の従業員・組織情報の一元化、ID権限管理の自動化

  • Quollio Technologies(Data Operation):メタデータ管理によるデータ活用促進やデータガバナンス支援

  • Cloudbase(Cloud Security Posture Management):パブリッククラウド利用時の設定ミスを可視化、セキュリティリスクを検出

  • ALP(Subscription Management):サブスクリプションビジネスのプライシング・販売・請求管理

  • Alphause(FinOps):クラウドリセラー向けの請求自動化やクラウドユーザー向けのコスト管理ソリューション 

SaaS for SaaSのTAM

続いて市場規模をイメージしてみましょう。SaaSユーザーとSaaSプロバイダーのどちらに価値提供するかで、TAMの規模が異なるものと思われます。

まず、SaaSユーザーへ価値提供する場合、日本国内のクラウド市場が5~6兆円規模に広がっていることを考慮すると、その0.01%の刈取りで50〜60億円の売上となり、一定のサイズのビジネスを作る余地が大いにありそうです。

一方、SaaSプロバイダーへ価値提供する場合、その対象となるSaaS企業はグローバルでおよそ3万社(その半数は米国企業)というデータもあります。日本国内のSaaSプロバイダー事業者数は厳密な統計は簡単ではないですが、グローバルの5%でも1500社、そのうち安定的な成長と存続を期待する企業はさらに絞られることでしょう。この社数規模の市場を相手に2桁億円の後半から3桁億円の売上を作っていくことは容易ではなく、早い段階で単価向上のみならず、隣接市場への浸みだしを迫られることと思われます。

SaaS for SaaSの勝ち筋

これまでの流れをもとに、SaaS for SaaSの勝ち筋を6つのポイントにまとめてみます。

1. 日本市場へのローカライゼーション

グローバルベンダーによる実装が困難な、日本独自の要件にフィットしたSaaS for SaaSは独特の存在感を放つ可能性が考えられます。具体的には、法令や税制、会計基準などのコンプライアンスにヒットするもの、地域独自の商習慣や言語への対応などが挙げられます。また、国内生態系の特徴の一つであるSystem Integratorの文化へのフィットも、国内需要に応えるうえでは勘案すべきポイントになり得ます。

2. グローバルベンダーの割高感

類似ソリューションであったとしても、グローバルベンダーの価格帯が日本市場で割高に感じる、機能がリッチすぎる、などの可能性があります(昨今の円安でさらに顕著に)。グローバルベンダーとは異なる価格帯や価格体系の提案、エコノミクスの成立背景は関心に値すると思います。

3. CIOの中央集権の強化

SaaSの普及によって各事業部が情報システム部の力を借りずに手軽にアプリを導入、活用出来るようになりました。反面、情報システム部による統制を弱めるベクトルを生み、セキュリティの個別最適化等の課題をもたらしました。今後はその揺り戻しとして、再び統制強化を図る流れが起こり、それを支援するソリューションが歓迎されると思われます。

4. 複数部門業務への展開

SaaS for SaaSにおいてもランド・アンド・エキスパンド(Land and Expand)の余地は魅力的です。顧客のA部門に導入した後、B部門にも展開できるか、顧客が利用中のXアプリからYアプリにスコープを拡げることは可能か。顧客の成功の拡大と、アップセルのイメージがアライン出来ているかは重要なポイントです。

5. 複雑性と即時性の解決

ソフトウェアのNext Best Alternativeとして工数と比較されることがあります。しかし、SaaS for SaaSの提供先に存在する重要な課題として挙げた複雑性がペインに絡むと、ソフトウェアの力を借りずして解決が困難な状況が生まれます。複雑性に加えてさらに即時性を挙げるのは、複雑性によるペインが月1回や年1回解決されれば良い類のものであると、解決の優先度は下がり、工数検討がもたげてきます。そのため、複雑性と即時性の両方に絡むペインこそが、SaaS for SaaSがチャレンジすべき良いペインと言えます。

6.SaaS事業者以外への拡がり

これはSaaSのプロバイダーにフォーカスするSaaS for SaaSを価値提供する場合に大事にしたい要素です。先ほど申し上げたように、SaaSプロバイダー向けのソリューション展開では市場規模に限界がり、隣接領域へのユースケースの拡げ方、価値拡張の具体なイメージを持てるかどうかが、投資判断を左右することになると思われます。

おわりに

国内外の一流のSaaSプロダクトを使い倒した一流のSaaSユーザーや、BtoB SaaSのビジネスオペレーションに精通したビジネスパーソンはこれからも増えていくことでしょう。読者の皆さんもSaaSに触れる日常の中で疑問を持ち、ペインを見出し、読者の方もDNXと一緒にSaaS/Cloudの未来を作るチャレンジに加わってくれることを願っています。

(文・中野智裕)

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