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社内に味方を増やし、長く継続できるイノベーションを | 日立ソリューションズのオープンイノベーション実践

大企業が途切れることなく海外スタートアップと協業し、売上貢献と企業価値向上に資するオープンイノベーションをもたらすためには、どのような体制を築き、どう取り組みを進めればよいのか。全社を巻き込んでオープンイノベーション活動を進める株式会社日立ソリューションズの戦略アライアンス部の心がけ、そして実際の取り組みを解説してもらいました。

再販契約を起点とした日立ソリューションズのオープンイノベーション

日立ソリューションズの戦略アライアンス部は、シリコンバレーをはじめとした世界中のスタートアップの製品・サービスを日本で再販する契約を結ぶことで、事業拡大をめざしています。
 
こうした取り組みが始まったきっかけは、自社開発だけにこだわり続けていては、顧客ニーズの多様化や技術革新の加速に応じられないという危機感を抱いたことです。スタートアップとの協業によって既存サービスの拡充、最新トレンドの先取り、ビジネスモデルの変革などを試み、全体としてスピード感ある事業創生を実現しようとしています。
 
私たちがスタートアップとの協業について、CVCではなく再販契約という手段を選択しているのには理由があります。まず、私たち事業会社側の期待や要望を突き詰めていくと、新規事業を創ることと社内の効率化に集約されます。一方、海外スタートアップ側が何を求めているのか考えてみると、事例を増やせることが挙げられると思います。彼らに対して日本国内の販売チャネルを提供する再販契約と当社内の自社活用は双方にとってメリットのある形だと考えました。

というのも、CVCやM&Aの場合は「出資するのであればもう少し深いところまで携わってほしい」というのがスタートアップ側の本音だと思います。大手企業の中では現場と経営判断をする部門との間に乖離があり、出資後の連携がうまくいかないことも珍しくありません。特にR&Dとなると、情報をなかなか外に出せず、スタートアップ側としては事例化できないもどかしさが生じることにもつながります。

日立ソリューションズでは、シリコンバレーのスタートアップ製品の日本での販売を2007年に開始し、現在までに50以上の製品・サービスを日本展開してきた実績があります。現在では全事業部と連携してこの活動をしていますが、開始当初は1つの事業部を対象としており、時間をかけて全社的な取り組みに拡充してきたという背景があります。

現在のシリコンバレー駐在員は研修生も入れて6名ですが、彼らの役割は、シリコンバレーから業界やテクノロジーの最新トレンドの発信、個別スタートアップの情報共有、そして協業案件の紹介で、こうした発信を通して日本にいる事業部のメンバーに「シリコンバレーを活用してみたい」と思ってもらい、実際に足を運んでもらうことをめざします。
また、シリコンバレーに派遣している目的には、スタートアップ協業以外に、現地に駐在している日本企業との連携の可能性の探索、より多くの社員がシリコンバレーを体験して学べる教育・体験の場としての機能、そして現地VCへの出資を通しての現地コミュニティへの継続的なアクセス、というポイントがあります。

シリコンバレーを体感する機会を醸成することで社内に「味方」を増やす

まずは、社員のシリコンバレー体験の場作りですが、ここのポイントは、特定のレイヤーだけではなく、社長や幹部クラス、本部長クラス、そして若手とそれぞれ異なるレイヤーのキーマンをシリコンバレーに連れていき、肌感覚でスタートアップを理解し、活動に賛同する「味方」を社内に増やすことです。幹部クラスには、シリコンバレーでは熱意ある若者たちが新規事業創出に向けてこれほど奔走している、ということを実感してもらうことに意味があります。

その上で「(そんなスタートアップに対して)わが社は何ができるだろう」と考えるきっかけを与えることができれば、社長・幹部クラスのメンバーは、活動の継続支援や部下への指示などを通じ、スタートアップ協業のエバンジェリストとしての役割を果たすことになります。そして本部長・部長クラスのメンバーは、実際スタートアップと契約するにあたってベンダーとの意思疎通を図ったり、部下への指示を出したりする実務面で海外経験が役立つでしょう。最後の若手はキャリアビジョンを磨く刺激を与えること、そして今後の赴任者育成に向けたステップのひとつと捉えてください。

部長クラスや若手への働きかけは、長期的に見た活動の継続のための取り組みとも言えます。部長クラスのメンバーは数年後には役職が上がり、本部長や役員になる可能性が高いですから、彼らが活動の意義をしっかり理解しているのといないのとでは、活動の継続性が大きく変わるでしょう。また、若手についても、以前に比べて海外志向が減少しているということを踏まえ、できる限り会社の資金を活用し若手が海外に触れ、体感してもらう機会を作ろうと試みています。

VC活用のポイントは「ギブアンドテイク」の関係性を築くこと

ここでVCとの関係性についても触れておきましょう。当社はDNX Venturesと懇意にしており、さまざまな取り組みを進めていますが、VC活用において重要なのは、ギブアンドテイクの関係性を築き上げていくことです。

事業会社がVCに対して行うべき「ギブ」とは、とにかく社内の戦略・情報を伝え続けることです。VCの方々がスタートアップと対話するとき、「この製品・サービスは日立さんに紹介しよう」と思ってもらわないと、スタートアップとの良い出会いは生まれません。逆にVC側からは業界トレンドや優良なスタートアップの情報を提示していただくことで結果的に、財務リターンがより多く得られるスタートアップと出会う機会も増えます。

また、先ほどキーマンに海外を体感してもらうことの重要性を話しましたが、シリコンバレーのインナーサークルに入る最も効率的な手段がVC出資だと考えています。物理的な拠点をシリコンバレーに作りさえすれば、勝手に情報が集まると思われがちですが、コネクションを持っている人を雇わない限り、そこには何の情報も集まってきません。VCに協力していただくことで、シリコンバレーとの距離を縮められることは大きな利点です。

スタートアップと事業会社の間をつなぐ専門部隊が契約を円滑化

当社においては、スタートアップに対して一定以上知見があるメンバーを戦略アライアンス部に集め、スタートアップ情報の共有や各間接部門との調整業務、既存契約スタートアップの製品・サービス管理、事業部内の人材教育などさまざまな業務にあたっています。いわば「ピッチャー(シリコンバレーに駐在し、協業可能性のあるスタートアップを発掘し日本側に紹介する役割)」と「キャッチャー(日本側で、シリコンバレーから発信されるネタを受け取り事業化を検討する役割)」の間に私たちが入って交渉・調整をすることで、スタートアップに関するノウハウを私たちの部門に蓄積するとともに、スタートアップ関連の経験があまりない事業部内のメンバーによるハレーションが起こらないようにしています。現在、戦略アライアンス部は4名在籍していますが、今後さらに人数を増やす予定です。

スタートアップ連携の成功においては、特に資金面での後方支援が重要です。例えば、急な紹介の機会をいただいてアメリカに渡航するといったことも多く起こるのですが、その対応が遅れることで機会を損失することは非常にもったいないですよね。ですから、私たちは事業部が迅速に対応できるよう出張費の検討などを行い、スムーズな連携が実現するよう後方支援を行っています。私たちは、あえてスタートアップ寄りの視点を事業部に共有することが大切だと感じています。

事業戦略ロードマップを作ることで継続的なスタートアップ契約を実現

これまでの契約実績を振り返ると、直近の2018年から継続して再販契約を複数達成しており、2022年は6件の契約実績を重ねました。2020年が突出した契約数となっているのは、コロナ禍によって日本企業のDX化が急激に進んだことが原因です。Microsoft TeamsやSlackといったオンラインコミュニケーションツールへの需要が高まったこと、セキュリティ面でリモートワークに対応できる体制が求められたことなどが相まって、スタートアップ製品・サービスへのニーズが急増しました。

ここで、毎年継続的にスタートアップとの新規契約を成功させるポイントを紹介します。

私が提案しているのは、事業戦略ポートフォリオマップを作ることです。もちろん既存事業であれば社内リソースで十分事足りる領域もあるのですが、プロダクトのアップグレードに対してスタートアップの力を借りるのはひとつの有力な手段です。また、技術スピードが早く、かつ社内にその分野の技術が足りない場合に関しては、アライアンスが一番向いていると思います。

まずはニーズマッチングです。スタートアップとの協業において必ず議論されるのが、自社開発でも良いのではないかということ。社内に研究部門があると、社内で作ったほうが早いよ、といった声があがります。

あとはチャレンジの領域ですね。非常に目まぐるしいスピードで先端の技術トレンドが移り変わるなかで、その一つひとつに対して稟議を挙げて開発を進める体制では、到底その流れについていくことはできません。出てきたばかりの技術領域に社内でどの程度のリソースをかけていくべきか判断する際、その検討材料としてスタートアップと連携するのも良いでしょう。

何年も経験してきて思いますが、スタートアップとの連携はハードルが高く、簡単なことではありません。ネガティブなことが起こるたびに、やっぱり社内で作ったほうが良いのではないか、という議論が必ず起こります。そこでこの事業戦略ロードマップがあれば、事業部内の課題整理やスタートアップに求める製品・サービスを浮き彫りにする役割を果たしますし、スタートアップ側に説明をするときもロードマップを参照しながらプレゼンをすることができます。

日本の大手企業と海外スタートアップの間にある商習慣の乖離を埋めていく

こうした準備の段階を終え、いよいよ契約のステップに進んだとき、大手企業の商習慣がアメリカのSaaSスタートアップとまったく異なるという障壁が新たに出てきます。また、スタートアップ向けのNDAを新たに作成する必要があったり、知財面で日本に対応していなかったりといった問題も出てきますね。ここは地道に大手企業の商習慣とスタートアップの文化の違いを双方に説明しながら、ぜひ協力してほしいと交渉を進めていかなければなりません。

社内の間接部門がスタートアップについて理解することも大切ですが、何より本活動を会社として進める意思決定ができる幹部の理解も必要です。全社として取り組むべきことだという方針があると、間接部門も一層本腰を入れてこうした取り組みに挑んでくれますから。
 
間接部門の強化を進めていくと、それが結果としてスタートアップ業界における日立ソリューションズの評価につながります。数多の大手企業がオープンイノベーションに取り組むなかで先方から協業先として選んでもらうためには、契約まで迅速かつスムーズに進められる社内体制があることが強みとなります。狭いスタートアップ業界ではそういった情報も広がりやすいので、地道な取り組みが功を奏すことを実感してきました。

人材育成やチャレンジの場を作り、継続的にイノベーションが起こる会社に

最後に、こうしたオープンイノベーションの活動を途切れさせないための人材育成についてお話します。私たちはそのために、とにかく現地に人材を送り続けることに注力しています。

私たちはアメリカのリエゾンチームと連携しつつ、若手の未経験者対象の興味喚起を目的とした研修を実施したり、1年間シリコンバレーを体験する制度を設けたりと、さまざまな形でスタートアップ連携における「ピッチャー」と「キャッチャー」両側面を体験できる場を醸成しています。

こうした一連の流れを私たちはリエゾンエコシステムと総称し、スタートアップ発掘と事業化を起点とした企業価値の向上を図ってきました。そのシステムの一部である、製品・サービスの紹介と売上貢献という至上命題についてはある程度ノウハウがたまってきたので、これからは注力領域を人材育成のほうに舵を切る予定です。製品・サービスは今後も定期的に探していきますが、シリコンバレーとの接点やスタートアップ協業を、社員のモチベーションアップや新卒採用における強みの醸成などの側面でも意義あるものにしていきたいです。

また、今まで培ってきたノウハウをベースに、新しく「スタートアップ創出制度」というものを立ち上げました。社内開催のアイデアコンテストで優秀な評価を得たメンバーは、DNX Venturesのシリコンバレーのオフィスを拠点に1年間のトレーニングを受けます。会社から完全に切り離された状態で事業創出活動に取り組み、VCから出資を受けられたら次に進み、無理であれば帰国する。たとえ失敗したとしても、挑戦したメンバーには活躍の場を再設定します。こうした起業チャレンジの支援も、今後注力していくことのひとつです。

(DNX for Corporates 編集部 執筆・宿木雪樹、編集・野村佳美)

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