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元同僚に送別メッセージを書く

人の出入りが頻繁な当社では、会社を去る同僚に送別カード (farewell card) を贈る機会が多くなります。
色紙や二つ折りA4カードに、各々がメッセージを寄せ書きするアレです。
私はアレを書くのが苦手です。

たった今も、それで悩んでいるところ。

ありきたりの送別文が書けない

先週、元部下のリックが会社を辞める、と連絡を受けました。

Rick(リック)
ロンドン出身。現在 37歳独身。Audit Manager。資格等はとくにない。
フレンドリーで誰にでも親切(お節介)。元気なお兄ちゃんタイプ。
ロンドン訛りの英語を早口で話すのでノンネイティブには聴き取りにくい。
アムステルダム在住。オランダ人の彼女がいる。趣味は不動産投資。

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リックが私の部下だったのは、彼が 32~35歳の間でした。
とうとうリックも辞めちゃうのか・・・。
複雑な思いをもて余しながら、今、自宅の私室でチビチビ飲んでいます。

今どきの送別カードはオンラインです。
kudoboard というオンライン寄せ書きサイトにアクセスして、メッセージや画像などをアップロードできるようになっています。

紙の送別カードなら、“Good luck!” とか “All the best!” とか、テキトーに書き逃げもできそうですが、オンラインではとてもムリです。
そもそも、リックに対してありきたりな言葉など贈れません。

kudoboard上で、他のメンバーが書いたメッセージを見てみました。
まずは、私の元上司で英語の師でもあるヘレンが書いたものから。

Dear Rick,
Congratulations and all the best for your new role and life in Berlin.
I am delighted for you - even though we will miss you.
Thank you for your many contributions, endless energy and ideas, and good companionship on various travels.
Please keep in touch, with my best wishes,
Helen

むうん。ヘレン姐さん、さすがにうまい。
美文すぎてマネできねぇ(👈てゆか、マネするな)

次はラファエレ。

Caro Rick,
good luck for your new electrifying experience.
you will be missed as colleague, but you are always a good friend.
in bocca al lupo
Raffaele

イタリア人にしかできない芸当だ。
友情に厚いラファエレっぽさがにじみ出てて、「スキ」を押したくなる。

次は・・・プリシラ? 知らない人だ。私が出てから新しく入った人かな。

Dear Rick,
Congratulations on your new job. We may not have travelled together for an assignment, but from our interactions during the Career Growth work group, I can only imagine how much fun would be spending 2 weeks abroad with you in the team.
I wish you the very best and lots of pleasant surprises ahead as you embark on this new chapter of your life and career in Berlin.
Best wishes,
Priscilla

これは、深い。
この人はコロナ後に入社したんだろう。だから出張に行けなかったんでしょうね。
「あなたと出張していたら、どんなに楽しかったことでしょう」か。

ふふっ。なんだか妬けるよ、リック。

彼の記憶を思いつくまま書いてみよう

リックとはもう 2年以上会っていません。
オンライン寄せ書きにありきたりの送別文を載せるくらいなら、私の備忘録として、リックとの記憶を書き留めておこう、と思いました。

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ジュネーブからアムステルダムに出張して、入社したばかりのリックに会った。
初対面だというのに、リックはいきなり
「アムスのおいしいレストランを教えてやろうか?」
と私に言ってきた。

いろいろ、可笑しかった。
私はアムス出張の常連で、アムスは第2の勤務地みたいなものだったから、日本レストランも含め、アムスの名店は脳内データベース化されてるのだ。なんなら全日程のディナーを予約したうえでアムスに来ている。

それに、自分のボスになる人間に対してこの軽やかさはどうだ。
私は、折り目正しく自己紹介くらいしたら?とは思わない。
ただ、普通の人はもう少し緊張するもんじゃないの?(笑)

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リックがドラフトした企画書に初めて目を通したとき、私はめまいがした。
コピペ、誤字脱字、まとまりのない文章。
私は添削をあきらめ、ゼロから自分で書くほうを選択した。

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月に 2週間はリックと出張していた。
リックとの無数の思い出たち・・・

イングランド南端、新鮮なオイスターで白ワインをガブ飲みした。
タンザニアのサファリをジープで駆け、ザンジバルのビーチで寝そべった。
ミラノで蚊に刺されまくってパニクった(リックが)。
クアラルンプールのナイトクラブで朝まで踊った。
ヴィクトリアの滝で全身びしょ濡れになった。
カザフスタンの草原を果てしなく歩いた。
ヨルダンのペトラに圧倒され、死海でぷかぷかした。
ケープタウンのヴィンヤードを巡り、やっぱり赤ワインをガブ飲みした。
プラハのヤバい店で拉致られそうになって、全力で逃走した。
ボスニア&ヘルツェゴヴィナを普通に観光した。

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出張先でのリックはいつも生き生きしていた。
社交があまり好きでない私に代わり、率先して訪問先と良好な関係を築いた。
先方と険悪なムードになっているとき、全然違う話題を振って場を和ませた。
チームが難問に行き詰まっているときに、アイデアをポンポン口に出した。

一方、リックの弱みはなかなか改善されなかった。
ドキュメンテーションのスキル。
さすがに、コピペはしなくなった。
誤字脱字は大目に見ることにした。
問題は、文章の構成だった。

オペレーションを監査する人に求められるのは、発見事項を簡潔・明瞭に記述しつつ、読み手に問題点(リスク)が伝わるストーリーを書く能力だ。
それには、全体の構成をじっくり練ったうえで最初の一行を書き始める動作が基本となる。

リックは、深く考えずに書き始める。思いつくままに書き進める。話があちこち飛ぶ。そこには構成が存在しない。
ファクト、リスク、オピニオンが混在している。

私は、リックに文章の書き方を教えることができなかった。

彼と過ごした時間に悔いはなかったか

密室のマネジメントミーティングがあった。
現Manager の中から、 Senior Manager へ内部昇進させる者を 2人選ぶための極秘の会議だった。
Manager が Senior Manager に昇進すると、基本給は 25%くらいしか上がらないが、カンパニーカーが与えられるのが最大の魅力だった。

私は、自信をもって、部下のジルを推した。
案の定、ジルは満場一致で決まった。
問題はもう 1人だ。
誰だって、自分の部下を推したい。
ジュリアンがオルガを推し、アンドリューがネイサンを推した。

一瞬、リックの名前も挙がった。
「リックはまだ早いだろ」的な空気が流れるなか、一同が私の顔を見た。
私の部下だからだ。
正直に言うと、私の部下から 2人も選ぶのは欲張りすぎではないか、と遠慮する思いがあった。

私は、ジュリアンとオルガが不適切な関係にあることを知っていた。
そうでなくても、オルガは論外だと思っていた。
ネイサンはアンドリューの部下だが、客観的にみて、ジルに次ぐ有力候補だと考えていた。

私は一同を見回しながら淡々と発言した。
「リックは、人間関係を作る能力と発想力に長けているが、監査人としてのスキルがまだ十分ではない。もう 1人はネイサンで私に異論はない」

Senior Managerへの昇進は、ジルとネイサンに決定した。

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それから数ヵ月後。
フィリピンに出張中、ジルと飲んでいたときのことだった。
リックの話題になって、リックって子供みたいにピュアだよねえ(笑)などと話していたら、ジルがごく普通に言った。
「あいつ ADHD なんだって」

私は、その言葉を知らなかった。
私「なにその、AD・・・」
ジル「Attention Deficit Hyperactivity Disorder.  軽度だけどね。薬を処方されてるらしい」

私は、なんとか動揺を隠そうとした。

私はそんなことも知らなかったのか。部下のことなのに。
ジルには言えても、私には言えなかった? 上司だから?
私は気づきもしなかった。薬で抑えていたからか。
いや。そう言われてみれば、たしかにリックの言動にはいろいろ思い当たることがある。
私は、”気づけていなかった” のだ。
リックの最も重要な部分をわかっていなかったのだ。

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2年前、私がスイスから香港へ転勤するときに、最も別れを惜しんでくれたのはリックでした。
リックは、私にとっても “お兄ちゃん” だった、と今さら気づきました。
ふしぎですね。私より一回りも歳下なのに。

私が一番悔やんでいることは、約 3年前のあの密室会議で、自分がリックを推せなかったことです。
枠が 2人と決まっているところへ、自分の部下から 2人押し込むのは気が引けた?
そんなくだらない言い訳、どうでもいいことですよ。

ジルとリックの能力に大きな開きがあったのは事実です。
ジルの次が客観的にみてネイサンだったことも事実。
でも、「客観的にみて」ってなんだよ。
なんで私が「客観的に」みなきゃいけないんだよ。
「主観的に」リックを推すことができたのは、私だけだったんだ。
上司の私がリックを推さないでどうすんだよ!

あのとき私がリックを強く推したとしても、結果はネイサンになっていたでしょう。
でもそれがなんだ。
だからネイサンで異論なしってか?
リックは監査人としてのスキルがまだ十分ではない、なんて、私が言うことか?
リックの良いところを力説して、「私はリックを推します!」と、なぜ言えなかったんだ。

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リックには、誰にも負けない強みがありました。
一言で言えば、人から好かれる資質です。
その資質は、文章構成力なんてケチなものとは比較にもならない、そして誰にもマネできず、どんな世界でも歓迎される、最強の美点です。


コロナが落ち着いたら、まずは日本に一時帰国したいと考えていました。
妻女たちには、そうしてもらいましょう。

私は、一人でベルリンに行こうと思います。

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