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英語を直訳した日本語がおかしくも麗しい件

北欧諸国の NATO 加盟に、トルコのエルドアン大統領が反対していますね。
当該北欧国はテロ組織の温床おんしょうである、と言って。
 
この “温床” という言葉、英語では “hotbed” と言います。
温かいベッド(=床)。テロリストが安心して寝られる場所。作物の種をまいて苗を育てる苗床を seedbed と言うように、ぬくぬくと育つ場所、のようなニュアンスもあります。
日本語と英語で同じような比喩表現が生まれたのでしょうか。偶然?
そんなわけないですよね。先に英語があって、のちに日本語に翻訳された、と考えるのが自然です。
hotbed という英語を温床という日本語に訳した学者さんはエロいエラい!
私だったら、熱い情事か、ラブラブねやと訳してたところですよ。

エルドアン大統領はスウェーデンの NATO 加盟に反対を表明した

 日本語には、このような英語からの直訳によって、なぜそんな字をアテた?とツッコミたくなる言葉がたくさんあります。
例えば、右翼。
右の翼って何? と思いますが、これは right wing の直訳です。
 
冷戦。冷たい戦? 原語は Cold War。
前線。前の線? これは frontline。戦場で敵陣と直接対峙する場所のこと。転じて、桜前線や梅雨前線などの気象用語にもなっていますね。
馬力。馬の力? 原語は horsepower で、エンジンの出力を表すれっきとした工学の単位です。
犬歯。犬の歯? 原語は dogtooth ? 日本語にはもともと “糸切り歯” なんてゆかしい言葉があるのに、犬の歯って言う必要があるんだろうか。
苦笑・・・”苦い笑い” が bitter smile を直訳したものだって本当かなー。
 
“脚光を浴びる” という言葉があります。この “脚光” は、footlight の訳です。
そのまんまやないか、と言いかけましたが、なかなかの名訳だと思いませんか? 西洋の劇場 (theater) には、ステージの前方に役者を足もとから照らすライトがあるんですね。
 
蜜月。なんやそれ? 結婚したばかりの時期を意味する言葉です。
もうおわかりでしょう。蜜月の原語は honeymoon です。
 
もともと日本になかったものや、日本語にない概念を無理やり英語から直訳するからおかしなことになるわけです。
キリスト教の教義における original sin は “原罪” と訳されています。
巨人の原監督がこの言葉を聞いたらどう感じるでしょうか。
原罪はらざい? 俺の存在自体が罪なのか!って絶望したりしないでしょうか。

映画などを無断でコピーしたものは海賊版と呼ばれていますが、これは “pirated” を訳したものです。この言葉を初めて聞いた人は、海賊とどういう関係があるのか理解に苦しみますよね。これってジョニーデップが出てくるバージョンだったっけ?とか勘違いしかねません。

“yellow fever” を黄熱病と訳したのも、ちょっとどうかと思いますね。しかも予防接種証明書が黄色い紙で、イエローカードと呼ばれています。黄熱ワクチンの有効期間は 10年。私は 1回目の接種から 10年がたち、2回目の接種を受けたとき、2枚目のイエローカードをもらって危うく退場するところでした。

紫外線。これは “ultraviolet ray” の訳で、目に見える可視光線で波長が最短の紫色の光より短い、目に見えない光波のことです。それを紫の外の線て。
紫の外とは何ぞ?「紫の上」なら知っておるぞよ。光源氏の最愛の妻だった女性にょしょうであろ?
 
“sixth sense” が第六感ってのも無理がありませんか?
ヒトの感覚が 5つあるとする思想 (five senses) が西洋にあって、それらを超えた直感みたいなものを sixth sense と呼んだわけです。
でも、そもそも five senses の概念をもってない人は、第六感と言われても、第一から第五まだ聞いてねーし!ってなりますよね。
『霊感ヤマカン第六感』が全国放送されていなかったら、第六感という言葉は定着しなかったと思われます。

(全員の名前が言える貴方は私と同世代です)

直訳が美しい調べを奏でている例もありますね。
“swallow-tailed coat” を燕尾服えんびふくとか、”tropical rain forest” を熱帯雨林ねったいうりんと訳したのは芸術的ではないでしょうか。
 
こういった訳語の語源となったのは英語だけではありません。
例えば、前衛美術や前衛映画のように使われる “前衛” は、フランス語の avant-garde を訳したもの。前 (avant) の衛兵 (garde) だから前衛ってヲイ。私どもの世代にとって前衛とは、バレーボールが 9人制から 6人制に変わったときに活躍したバレー用語ですよ。(いつの時代だよ)
 
”帝王切開” というのも奇妙な訳語ですね。
これの原語は Caesarean section。直訳するとカエサルの切開ですか。
ローマ皇帝の称号となったユリウス・カエサルが切開手術によって生まれたのが起源、という説がありますが、今より 2000 年以上前、麻酔技術もない時代に母体を切開したとは思えません。
 
最後に、ちょっと変わった例を紹介しましょう。
洗脳という日本語は、英語の “brainwash” を直訳したものです。
そりゃそうでしょうよ。脳を洗う、などという品のない表現を日本人が考えつくとは思えませんからね。
英語の brainwash もたいがいイヤな言葉ですけどね。
と、思っておりましたところ、(ある意味で)納得できる話を聞きました。
brainwashは、もともと中国共産党が使っていた中国語の “洗腦” を、アメリカ人が英語に直訳した言葉だったらしいのです。
中国語の洗腦が英語の brainwash になり、それが日本語になったときに洗脳に戻ったわけです。ワンツーパスが華麗に決まった瞬間ですね。


中華の人は、World Trade Center を「世界貿易中心」と訳しました。
幕末~明治期の日本のインテリ層は、同じ文字(漢字)をアテるにしても、中華のそれとはひと味違うセンスをもっていたように思います。
現代の日本人がカタカナ語ばかりに頼らず、外国語を正しく日本語に翻訳して、日本語で深く物事を考えることができるのは、こうした先人たちの知恵と努力の賜物でしょう。
おかげで日本人は英語が苦手になった、との見方もあるかもしれませんが、hotbed を温床と言い換える日本語に愛を感じる今日この頃であります。

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