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農業は次世代の成長産業~嬉野市の「園芸ハウス団地」の挑戦から読み解く

 嬉野市の一大プロジェクトである「園芸ハウス団地事業」がいよいよ動き始める。約5ヘクタールの農地に最新の環境制御技術に対応した園芸ハウスを整備し、地域内外から新規就農での入植希望者を募集するというもの。本事業は直接的な農業振興だけでなく、若者の移住・定住促進や空き家の有効活用、高齢者・障がい者等の雇用創出(いわゆる「農福連携」)、新たな特産品開発等々…と様々な分野の政策と連携することで、「一石何鳥」ででも地域課題解決を図る狙いも秘めている。すでに嬉野市での就農を目指して家族ぐるみで移住して農業技術を学んでいる人までいて、本事業への期待値の高さを肌で感じている。ぜひとも成功に導き、日本全国に農村再生のモデルケースとして語り継がれるものにしていきたい。
 ところで、農業と言えば、担い手の高齢化や後継者の不在、自然災害の脅威と、何かと否定的な言葉とともに語られることが多い。確かに年々増加する荒廃農地に現実の厳しさも痛感しているが、それでもなお、農業は次世代の成長産業だと断言できる。それは農業は一方的な敗者をつくらない産業構造であり、「持続可能性」が高いからだ。例えば同じ商品ブランドを扱うコンビニが5軒隣り合わせになれば消耗戦にしかならないが、同じ作物を作る農家が5軒並べば、安定供給が可能な「産地」が形成されて、互いに協力して高め合う関係が生じる。「園芸ハウス団地事業」という嬉野市の新たな挑戦を読み解く中で、農業が今後の成長産業であることを声高らかに宣言をしたい。

園芸ハウス団地とは?

 園芸ハウス団地は、嬉野市の中心にそびえる唐泉山を望む田園地帯・塩田町宮の元地区の水田約5ヘクタールを造成。菓子文化が花開いた「シュガーロード」として日本遺産登録された長崎街道の遺跡もあり、周辺は初夏にホタルが群れ飛ぶほどの清涼な水と肥沃な大地に恵まれている。計画では9区画を分譲予定で、1区画は20~25アールのハウスを2棟建てられるほどの広さ。すでに造成工事に入っていて、第1期入植者が9月10日に発表され華々しく入団会見も行われた。令和3年度内にハウスが完成し、来夏より営農開始の運びとなっている。入団した志岐貴彦さん(40)は「最新鋭の技術を使いこなして1年目から結果を出したい。仲間と切磋琢磨して自分を高めることができるのも嬉野市で就農するメリット」と力強く決意を語ってくれた。その心意気も買って初出荷は、ちょうどそのころ暫定開業する西九州新幹線でもぎたてを運んで長崎駅構内でトップセールスをしたいと思っている。

麦秋と唐泉山

(写真)嬉野市塩田町の「ハウス団地」計画地。「肥前小富士」とたたえられる唐泉山を望む風景と蛍が住まう清らかな水がブランドイメージを創る。

 施設園芸は比較的小さい面積で参入が可能だが、最大の難点は初期投資の大きさにある。ハウス1棟建てるのに必要な自己資金は最低でも1千万円は超える。非農家であれば土地の取得費用もかかり、国の補助事業対象外の井戸水の引き込みも自己負担になる。さらに住居確保や最初の収入を得るまでの生活費も重くのしかかる。本事業は、こうした諸々の負担を軽減して初期投資を少なくすることで長期的な営農計画に基いた人生設計を可能にした上で、将来的には地域経営の主役となり耕作放棄地対策やコミュニティ活動で指導力を発揮できる人材として育てることを目標にしている。 

農業で企業誘致に匹敵する効果をもたらす!

 人口減少とそれに伴う税収減は地方都市の共通の課題だ。王道の対策は企業誘致だが、このご時世に一気に100人も200人もの雇用を生む企業進出はそうそう無いと言っていい。企業誘致のために工業団地を造成するにも莫大な費用と農地転用などの手続きの時間も要する。時間が経てば経済情勢が一変して造成した土地が塩漬けになるリスクもある。だったら農地をそのまま使える上に、ハウス棟建設には「産地生産基盤パワーアップ事業」などの国の補助制度が活用できる方が早い―。「園芸ハウス団地」は工業団地の農業版という考え方から始まり、ハウス団地に入植する十数人で、企業誘致と同等もしくはそれ以上のインパクト(効果)を地域にもたらすことができると確信している

 佐賀県は「さが園芸888運動」として、今後10年で年間園芸出荷額を約300億円伸ばして888億円にするという野心的な目標を掲げて園芸農業振興を重点政策に掲げており、ソフト・ハードの両面で県の支援を受けられる環境にある。中でもJA等と連携して運営する施設園芸の研修施設「トレーニングファーム」は秀逸で、きゅうり(武雄市)、トマト(鹿島市)、いちご(白石町)といずれも嬉野市に隣接する自治体に立地している。3年間みっちり栽培技術や経営をしっかり学んだ人材が次々と供給される地域特性を生かすことができるのは大きな強みだ。

 最大の追い風要因は、嬉野市で今、きゅうりを中心に若手の新規就農者が急増していることだ。しかも、トレーニングファームで確かな技術と経営感覚が身に付いているので、就農1年目から最新鋭の環境制御技術を駆使して平均の2倍の収量を挙げた強者もいて、結果を出している(リンク先「佐賀新聞」2021年5月22日付を参照)。佐賀県内の新規就農関連の相談のうち半数が嬉野市で、農業関係者の間では「新規就農のメッカは嬉野市」という定評をいただくに至っている。

キュウリし

(写真)嬉野市の新規就農者支援の取り組みを紹介した広報広聴番組「ムラカミプレス」の一コマ(リンク先「ムラカミプレス」を参照)。新規就農者の増加が「ハウス団地事業」の追い風になっている。

 そして意欲に満ちあふれ、経営感覚がしっかりしている農家は、地域に欠かせない人材になる可能性を秘めているということも見逃せない。地域の信頼を得て地元住民を雇用したり、地域の祭りや郷土芸能を支える、あるいは少年少女スポーツの指導者としての顔を持つ人―。農家とは別の顔を持つ人は例外なく稼いでいるというのは、前職の新聞記者時代に佐賀県内の農林水産の現場を歩いて得た経験則。さらに有り体に言えば、稼ぐ農業を体現する「1千万円プレーヤー」を次々と輩出して域内消費の主役になってもらいたい。経営が軌道に乗れば、家の新築住宅の購入や空き家のリフォーム、さらには規模拡大に取り組む人も出てくるかも知れない。地元の飲食店・旅館とも取引を拡大することで、観光目的地としての魅力アップも期待できる。新時代の行政には、確かな情報と深い読みに基づいて投資をして、富を増やすことで投資を回収し、市民福祉の向上につなげていく役割が求められる。まさに「園芸ハウス団地事業」は未来に必要な投資であり、その成果は農業のみならず幅広く市民に還元されるものである。

「持続可能な地域づくり」のエンジンに

 国連サミットで全世界がSDGs(持続可能な開発目標)は今後の世界を読み解く上で重要なキーワードになっているが、まさに嬉野市モデルの農業は時代を先取りしていると自負している。令和2年2月、トレーニングファームを卒業し、念願のハウスを建てて独立した青年農業者を訪ねた。そこには先輩農業者とその家族、地域の人たちが総出できゅうりの定植を手伝う姿があった。「相手を出し抜こう」とか、「自分さえ良ければ…」という考え方の対極にある。地元の篤農家も若手に技術や経験を惜しみなく伝えるという考え方で接しており、若手もアドバイスを素直に受け入れて飛躍的な成長を遂げている。

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(写真)嬉野市塩田町の新規就農者のきゅうりハウスで定植を手伝う若手農業者とその家族。同じ目標を持つ者が助け合いつつ、しのぎを削る―。すでにSDGsの理念を体現した地域モデルが出来つつある。

 佐賀県の農林水産業の特長は、伝統的に産地としての品質の平均点の高さが挙げられる。例えばノリは有明海産が販売額1位だが、入札会に出てくる佐賀産の品質の高さは目を見張るものがある。お茶にしても全国茶品評会では九州が主産地の「蒸し製玉緑茶の部」の出品茶の上位の大半を、嬉野市が占める。レンコン、タマネギとことごとく佐賀県は集団戦法で産地として求めれれる量と品質を両立させてその地位を不動のものにしている。競争相手から何もかも奪う「ルール無用の殴り合い」が繰り広げられてきたのが、戦争の世紀と呼ばれた20世紀型成長戦略だったが、お互いの存在が刺激となって高め合い、パートナーシップ(相互協力関係)が築いていくことが、持続可能な新時代の成長戦略なのだ。農業が長い間人々の営みとして連綿と続いてきたのは、助け合いながらも技術革新を繰り返してきたからだ。この点からしても佐賀型の農業は時代を先取りしていたとも言える。いずれにしても、団地の取り組みを、地域に若くて意欲のある農業者を生み、定着させる成功例になるよう、国、県、JA、市、地元が一体となってこのプロジェクトを発信していきたい。

 


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