成功者の話を聞くだけでは成功できない理由
本屋でビジネス書コーナーに立ち寄ったことありますか?
本屋さんに行くと有名な方々の名言集とか自伝・人物伝的な本や、あるいは”どこそこ流最強の仕事術”みたいな本が目に付きます。
ビジネス書なのでもちろん読みものとして読んで楽しんで、その中から自分に合うものを拾って、生活とか仕事に活かすというのはすごくいいことだと思うんですが、その捉え方が重すぎる人が多いな*と最近感じるようになりました。(*別に数字を取ったわけでもないので、そういうトレンドや傾向なのかはわからないです。僕の周りに居る人が単純にそうなだけかもしれないし、僕の感じ方が変わってきているだけかもしれないんですが。)
誰だって最初から成功は見えてない
僕は成功した人の話っていうはあくまでも1つの体験談・結果論にすぎないとずっと思ってるんです。どういうことかというと、成功されたと言われているスティーブジョブズとか、日本だと例えば柳井さんとか孫さんといった方々がどうやって会社を興したとか、社会に貢献をして世の中を変えてきたかということを振りかえると、最初から成功すると思ってやっていたのではないはずなんですね。
まあ、誰でもそうだと思います。僕の番組やチャンネルをご視聴いただいている方の中から、将来おそらく成功者と呼ばれる方は出てくると思いますし、その方々も今やっていることが絶対成功にすると思ってやっているかというと、誰もそんなことはわからないですよね。
成功した人がたまたま本の編集者と出会って『じゃあ、本書きましょう』っていう話になって、いろいろ自分の人生を振り返ってみると、あ…こういうことだったなとか。こことここが繋がっていたなとか。この時こういう考え方をしたのは正しかったな。っていう振り返りをしたのが成功者の体験談なわけです。成功するかどうかなんて分からなかった状態からがむしゃらにやった中で、つながっているものだけを編集したのが成功物語だと思うんです。
成功への本質
そういう意味ではいろんな成功物語を読んでいると『たくさん考えて、いろんな中から選択・決断をしてきたんだな…』と、参考になることはあるんですけれども、そういうことさえ考えずに、書いてあることをそのまま攻略法のように鵜呑みにするっていうのは、僕はかなり危険だなぁと思うんです。まあ、ビジネス書を書いた僕が言うのもあれなんですけども、ビジネス書に絶対的な答えって書いてないんですよ。
歴史から学ぶっていうのも、僕はよく分かんないなと思ってるんです。時代ごとに事情とか違いますし、誰とどんなコネクションがあるかとか、周りにどういうお金やリソースがあるかっていうこともそれぞれ違うわけですよね。
そういう状態で『この人とこの人、どっちが成功したか』って比較するのはナンセンスだと思いますし、年齢も時代も持っているお金も全然違う人と同じ人生を歩もうとするなんて全く無理なことだと思うんです。
それと同じように「だれそれさんを知ってる。」とか、「どこそこの会社で働いていた」って自慢する人や会社の権威に便乗するようなことを言う人も結構いるんですけど、それも成功物語に乗ってるだけだなって感じてしまうんですよね。
大事なのは、その人と繋がりがあってそれをどういう風に使ったのか?その会社で働いていてそこでどんな実績を上げたのか?っていうことなはずなんですよね。
見て知ったつもりになる=自分もできているではない
今日の話言いたかったことは、そういう外的な要因(成功されてる方を知ってる、一流企業で働いたことがあるなど)っていうのは、いくらでも作ることができるんです。その外的要因を自分でどうやって咀嚼して、捉えて、考えて、自分の内的要因に変えていくか?っていうことが僕はすごく重要だと思うんですね。
『外的要因のコレクション』だけで終わっている人っていうのが結構多くて。外的要因の羅列みたいな自己紹介しかできない人に対して感じる絶妙な気持ち悪さっていうのは、自分で考えて自分で結論を出してこなかった弱さというところとつながっているのではと感じてしまいます。
外的要因を整えることは大切。ただ、その外的要因をどのように自分で内的要因に落とし込むか、これ非常に重要な考え方じゃないかなと思います。あなたはいかがお感じでしょうか?
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