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【引退発表】僕の〝かすみん史〟を振り返ってみる。

きのう、卓球の石川佳純さん(30)が現役引退を発表しました。

競技の枠を超えたヒロインの決断に、SNS上では関連ワードが次々とトレンド入り。〝かすみんロス〟を嘆く声が並びました。

僕にとっても、石川さんは思い入れのある選手です。

担当する番組で取り上げることが多く、長年にわたって歩みを見てきたからです。

最初の企画は、今もよく覚えています。

2007年3月5日放送の『報道ステーション』。

あのとき、石川さんはまだ14歳でした。故郷の山口から大阪へと越境し、ミキハウスで寮生活。僕はその密着ロケに同行したんです。

天真爛漫でしたねー。

部屋の片付けは大雑把、オシャレは皆無。練習中は「動くのしんどい」と、隙あらば休もうとしていました。

そしてインタビューでは、ジュニアの国際大会では寝坊して試合時間に大遅刻したものの、なに事もなかったように優勝したなんて驚きの話も聞かせてくれました。

天才少女の未来は、ただひたすらに明るい。そんな内容でした。

実際、その後の活躍は目覚ましかった!

2012年のロンドン五輪で団体銀メダル(日本勢史上初)。
2016年、リオ五輪で団体銅メダル。
2021年、東京五輪でも団体銀メダルを獲得しました。

石川さんはまさに日本卓球界の躍進を象徴する存在になったんです。

しかし、天真爛漫な笑顔と輝かしい実績とは裏腹に、葛藤もありました。

〝世界最強〟中国勢の壁。

さらには、次世代からの突き上げ。

東京五輪への切符はなんとか手にしたものの、代表選考レースで伊藤美誠選手には追い抜かれ、平野美宇選手には追い詰められました。

安堵の涙を流したあとも、苦悩は終わりませんでした。

2021年2月15日放送の『報道ステーション』。東京五輪を半年後に控え、石川さんはこう語っています。

「(安心感は)全くないです。逆に『他の人が出た方が良かった』って言われたくない気持ちがすごくありました。一度負けたり、国際大会でいいプレーができないと『やっぱりもう若い選手に変わったほうがいいじゃん』っていうのは、すごく声としてあったと思うので」

選ばれたあとも、重圧。

あの最初のロケから14年が経ち、石川さんの年齢は倍になっていました。この企画が、僕にとって〝現役・石川佳純〟最後の1本となりました。

実に山あり谷ありの道のりだったと思います。長い競技人生、おつかれさまでした。第二の人生も応援します。

石川さんは今年2月、30歳の誕生日を機にYouTubeでチャンネルを開設しました。〝かすみんロス〟の方はチェックしてみてください。

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