眠れない夜は体を脱いで:彩瀬まる:自分の手、どう思います?

「眠れない夜は体を脱いで」(17/2021年)

手の写真か。自分の手をマジマジと見ることなんてあまりない。他人の手に関しても同じかもしれない。5つの短編の唯一のリンクポイントが、とあるインターネット掲示板の「手の画像を見せて」という書き込み。それぞれの作品の主人公が「手の画像」で緩くつながる。

体を脱ぐ、というタイトルの意味が今一つ理解できなかった。体を脱ぐと「心」が出てくるのだろうか。つまり、体は偽りで、心は真実、いつも心を体でガードしていないと生きていけないということか。

いや、少し違う。体も心も一体である、乖離していたら大変だ。そこで、心を変える前に、とりあえず体を変えてみたらどうか、そうしたら自ずと心も変わるのではないだろうか。心を変えるのは非常にしんどい作業である。精神的に追い詰められてしまうかもしれない。ならば、体の方を変えてみようじゃないか、という提案なのかもしれない。

イケメンである自分のルックスをもてあます高校生、50歳をすぎて合気道をはじめた独身女性、彼氏の死んだ元カノがあまりにも美人過ぎて悩む女子大生、周りが全て非常識に思えてイラ立つオヤジ、ネットゲームでカワイイ女子を演じる30過ぎた男と精悍な男子を演じる作家志望の女性、5作品の主たる登場人物たちは、皆、些細な事、正確には自分で些細な事だと思い込んでいる事に軽く悩んでいる。悩みというよりは、今流行りの「違和感を感じている」のかもしれない。

そんな彼、彼女が偶然インターネット掲示板の「手の画像を見せて」に自分の手の写真を投稿する。手が自分の肉体を離れる、そこから徐々に自分の体を脱いでいく。

お気に入りは「ネカマ」と「その逆」の交流を描いた「真夜中のストーリー」。結末が美しすぎる。こんなキレイなラストの小説、滅多にないですよ。ネットでこんな奇跡的な出会いがあったら、この世界はもっと素敵な場所になるでしょう。彩瀬まるの優しさを思う存分感じることが出来る秀作です。

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