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お下品なB級低俗コメディ『ドライブアウェイ・ドールズ』(誉め言葉)

『ビッグ・リボウスキ』(1998年)のようなシリアス色の強いコメディか、『ファーゴ』(1996年)のようなコメディ色の強いシリアスな映画が多い印象のコーエン兄弟。弟のイーサン・コーエンによる初の単独監督作品となった『ドライブアウェイ・ドールズ』は、コメディ色の強いコメディで完全に振り切っている印象だ。

しかもかなりお下品な路線の、B級低俗コメディ(誉め言葉)である。

(C)2023 Focus Features. LLC.

イーサンの妻であり、今作では共同製作及び脚本を務めたトリシア・クックは次のように語っている。

「本作では多くのセックスを描いていますがそれは楽しいセックスであり、そこに社会的な意義を込めたくなかった。重要作品ではなくB級映画で観るようなセックスにしたかったんです」

社会的意義やポリティカルコレクトネスが絶え間なく叫ばれる昨今において、こうしたエンタメに特化した作品の存在は、観る側にとっても非常にありがたい。

(C)2023 Focus Features. LLC.

『ドライブアウェイ・ドールズ』は、大統領選挙を控えた1999年のアメリカが舞台。性に奔放なジェイミー(マーガレット・クアリー)と、その友人で堅物のマリアン(ジェラルディン・ビスワナサン)が、車の配送サービス:ドライブアウェイを利用して、フィラデルフィアからフロリダまで移動する道中を描いたロードムービーである。

女性2人組のドライブムービーと聞くと『テルマ&ルイーズ』(1991年)をどうしても思い出してしまうが、先述の通り本作はお下品路線全開のコメディだ。

イーサン・コーエンは性描写満載の映画にインスピレーションを受け、「ジョン・ウォーターズやペドロ・アルモドバルの楽しくてエッチな作品で見たような雰囲気を出せないかと考えましたね」とインタビューで語っている。

(C)2023 Focus Features. LLC.

ジョン・ウォーターズと言えば、「お下劣な映画の代名詞的な存在」と失礼ながら敬意を込めて筆者が勝手にそう呼んでいる『ピンク・フラミンゴ』(1972年)の監督だ(ちなみにこの作品は「世界で一番下品な人間」の座を争うという内容)。監督がこういった作風を目指したと公言しているので、イーサン・コーエンの名だけで『ノーカントリー』を期待するのは禁物だ。

ただそれは”コーエン節”がないということでは決してない。イーサン初の単独監督ではあるが、製作の進め方は、これまで兄弟で行ってきた方法とほぼ同様のアウトラインや世界観づくりにこだわらない自由なスタイル。

これまで兄弟で脚本を執筆してきたように本作では夫婦で脚本を執筆し、自由にアイディアを出し合い、一方が書いた脚本にもう一方が書き加える。そのようにしてPCを取り合いながら繰り返し改稿していくという方法で、『ドライブアウェイ・ドールズ』の脚本は書かれている。

(C)2023 Focus Features. LLC.

”コーエン節”を感じるポイントの一つが、堅物のマリオンと、コールマン・ドミンゴ演じる彼女らを追いかける一味のボスが読んでいる本だ。ヘンリー・ジェイムズの著書「ヨーロッパ人」である。

フランソワ・トリュフォー監督の『緑色の部屋』(1978年)や ジェーン・カンピオン監督の『ある貴婦人の肖像』(1996年)などの原作者としても知られるヘンリー・ジェイムズ。彼の書いた「ヨーロッパ人」は、ヨーロッパで生まれ育った姉弟が、信仰心が篤く禁欲勤勉なピューリタン一家の親戚のもとに訪れる話で、アメリカ(新世界)とヨーロッパ(旧世界)の異なる価値観についてを軽快に描いた作品だ。

堅物&女たらしコンビの価値観の相違についてフォーカスした本作と重なる部分も多い(というか、おそらく狙って)この本を登場させる「隠し演出」が、なんともコーエン監督らしい。

(C)2023 Focus Features. LLC.

とまあ、探せばまだニクいと思わせるポイントはたくさんあるだろうが、そうは言いながらも『ドライヴアウェイ・ドールズ』はそんな小難しいことを考えずに、手放しで楽しむのが良いだろう。安心して笑っていただきたい。




それにしても、兄ジョエルの初単独監督がデンゼル・ワシントンを主演に迎えたシェイクスピアの『マクベス』(2021年)だったことを考えると、兄弟間での振り幅が大きすぎることが何とも興味深い。そしてどちらも面白いのがまたこの兄弟の凄いところだが…

『マクベス』(2021年)

そして久々の兄弟揃っての製作も発表されている。引き続き、映画界のトップランナーであり続けるこの多才な兄弟の映画には注目していきたい。

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