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コントーションズ

専門学校時代に出会った友人で、Tちゃんという恐ろしくマイペースな男がいる。この時期に仲良くなったクラスメイトとは現在でも親交があり、彼もその中のひとりだ。当時を振り返ると、クラスメイトと打ち解けるのに時間がかかったが、彼とは最初から波長が合い、居心地も良かった記憶がある。
グループで談笑している時に、電話やトイレ、あるいはなにかしらの事情で離席が続いた瞬間に「まずい」と思うことが多々ある。というのも、そういう時に限って、微妙な距離感のクラスメイトと二人きりなるのだ。気まずくて間がもたないのである。自分でも、人見知りの性格が本当に嫌になる。僕とTちゃんの間にはそのような微妙な時期がなく、気がつけばいつも一緒に行動していた。
専門学校時代の友人とはグループで会うことが多いが、彼とだけはいつも二人きりで遊ぶ。気まずく感じる瞬間がなく、気疲れしない。ただ彼は、ちょっと変なところがある。
Tちゃんが遠方へ転勤になった時のこと。会えなくなるわけではないが、宿泊も視野に入れなければならないほど、気合いのいる地方へ引っ越すことになった。これまでのように、気軽に遊べる距離ではなくなったのだ。引っ越す前に遊ぶ約束をしていたのだが、お互いに多忙で都合がつかず、予定は流れてしまった。
それから1年が経過し、連休を利用して彼に会いに行く機会ができた。久々に連絡を取ると、彼は元々住んでいた場所から隣町に引っ越していた。
はて、どういうことだろうか。僕の自宅を基準とするならば、むしろ、前よりも近づいている。
結局のところ、どうやら転勤はなくなったらしいのだが、なぜだか引っ越しはしているのだ。隣町に。
距離が離れてしまうことで疎遠にならないように、僕たちは気分を盛り上げていた。中間地点で合流し、その後の計画も考えた。そして計画を実行する前日に、住まいがほんのちょっとだけ移動したことを知る。伝えるチャンスはいくらでもあったはずだが、Tちゃんはそういうのを言わない人なのだ。
勤めていた会社を退職し、地元へ戻って来た時もそうだ。いつの間にか帰ってきており、実家の自室を妹に奪われていた。彼はかつてプロミュージシャンを目指していたが、それを知ったのも挫折後だ。
「仕事辞めて、実家に帰るわ」
「転勤なくなったわ」
「バンドやってたけど、諦めたわ」
繰り返しになるが、Tちゃんはそういうのを言わない。特にバンドの話は驚いた。リサイクルショップでギターを売ったと前ぶれもなく聞かされ、「お前、ギターやってたんか」というそもそもの話からはじまり、バンドを組んでヘビメタをやっていた。ギターを弾いていた。プロを目指して、上京するつもりでいた。そして、挫折。その後、ギターが不要となり、売り払う。僕がバンドのことを知ったのはこのタイミングだ。かなり雑なダイジェストで経緯を知ることになるのだが、タイムラグがありすぎて、どこから手をつければよいのか分からない。
でも、それも彼の魅力のひとつだと思っている。友人とはいえ、なんでもかんでも言う必要はない。別に隠しているわけでもない。タイミングが謎なだけなのだ。ただ言わないだけなのだ。
そんな彼も結婚適齢期を過ぎようとしており、親に心配されているらしい。Tちゃんが家庭をもつだなんて想像できないが、もし結婚したとしても、言わないんだろうな。
どうせなら、子供が成人したタイミングくらいで、結婚したことを知りたい。

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