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8月6日に生まれて

トム・クルーズ主演、オリバー・ストーン監督の映画に「7月4日に生まれて」というものがあった。愛国心の強い主人公が、戦争中に起こった出来事について悩み、最終的には平和を語る存在になっていくといった話だったかと。

僕は8月6日に生まれた。

「8月6日、ハムの日に生まれたハムキング。そう、ハム王。俺がハマオーー!!」というMCで若い頃はDJパーティを盛り上げたりしてきた。若い頃は自分が中心でいたかったものだ。

最近、母さんとLINE電話をしていた時に、母さんから「なんで、あなたはそんなに理想や愛や平和の話をするようになったのかね?」と言われた。(母親とそんな話もするんです(笑))僕は2つのことを答えた。

1つ目は「きっと長きに渡ってエンタメの仕事をしていたり、周りにアーティストやクリエイターが多かったからだと思う。彼らは現実も伝えるけど、理想を掲げる仕事だからね。」と。アーティストは例え絶望を見せていても、「こうなってはいけない」などと、見るもの聴くものに、そこに対称的な希望も伝えている気がする。

2つ目は「残念ながら、嫁や子どもがいないというのもあるかと思う」と言った。やはり家族のことを思えば、できるだけ守りに入るだろうし、そうすれば、理想よりも現実をどうにかするという時間が多くなるように思う。「人の愛と平和よりも、まず家族の平和をどうにかしてくれる?」なんて言われてしまったら、僕も「はい」と言うのだろう。うん、全ての家族が平和なら、戦争も起こらないのだろうから、率先してやろうじゃないの。

でも…、やっぱりこういう考えの基として大きいのは、自分の誕生日という2つとない大事な日にに広島、日本、世界の多くの人が平和を願う姿を子供の頃から何十年も見てきたからなんだと思う。

8月6日は、僕の誕生日でもあるし、ハムの日(正式)でもあるけど、やっぱり広島原爆の日だ。小さい頃から、自然と意識した。夏休み中なので、ラジオ体操をして、朝ごはんを食べた後、いつもは朝ドラをやっている時間なのに、その日はやっていない。8月6日の朝8時は、いつだって子どもにも分かるくらい神妙な雰囲気だった。当時は広島の街に多くの市民が寝そべって手を繋ぎ、そこで原爆に倒れた人たちのことを思ったりしているシーンが流れていた記憶がある。落ち着きのない子認定された小学生時代だったけど、そういった記憶が潜在的に蓄積され、いつからか段々と、それが表れてきたのではないかな。

きっとアメリカの建国記念日である「7月4日に生まれ…」た人もどこか似た境遇があったのだと思う。これを読んでくれている方の中にも誕生日が形成した性格というものがある人もいるのではないかな。

そして、令和元年の8月6日に僕は思う。「家族の平和、どうにかしなきゃ」って、すっごく良いね。まずはそっちだな。(笑)

(初投稿)

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