鮨屋と粋な旦那衆の話
僕は鮨が好きだ。鮨に関してならお金はケチらないと決めている。
しかし、美食家やフーディーという人間ではない。今でも好きな食べ物はカレーとラーメンだ。
湯水の如くお金が使える大富豪でもないし、経費を使う経営者ではないサラリーマン時代から鮨を好きになった。
元々は1食に数万円もかけて食事に金を使っている人の気持が全く理解できない側の人間だった。
しかし、今では鮨が大好きだ。
もちろん、値段も高い分、死ぬほど美味いのは当然。ただ、その味のためだけにお金を出しているのではない。
粋な旦那衆のような大人になりたくて、少し背伸びをしているという感覚が一番近い。
今日はそんな粋な旦那衆の話をしたい。
初めての高級鮨と1人目の旦那
以前勤めていた会社で、ひょんなことからCEO賞を受賞することができた。CEO賞といっても圧倒的な成果を出した表彰ではなく、レクリエーション的な内容を企画し、運営したメンバーの1人として表彰されただけである。
そして、CEOの秘書からもらった1通のメールから鮨との出会いが始まった。
皆さん、CEO賞おめでとうございます。会長より、皆さんを馴染みのお鮨屋さんにご招待したいと言付かっております。○月○日のご予定はいかがですか?
元々、CEO賞なんて瓢箪から駒だったので、特に深い考えもなく
「お気遣いいただきありがとうございます。ぜひ参加いたします。よろしくお願いします。」
という社会人の定番定型文で返信したことを覚えている。
その後、鮨屋に行く予定が近づく度に、
会長に緊急の予定が入ってしまい、○月○日に変更できませんか?
という連絡が2度ほど秘書から入った。
僕は、
「CEOなので多忙なのもよく分かるし、なんならアマゾンギフトカードでもくれれば良いのに」
と思っていたが、なぜか会長はその鮨屋でみんなと食事がしたいとこだわっていた。
そのような経緯がありつつ、当初の予定から3ヶ月遅れで鮨屋に訪問することになった。
いざ当日になると、突然緊張してきたことを覚えている。
ミシュランで星を取るような格式の高いお店に行ったこともない若造なりに、鮨屋のマナーを必死調べてに覚えて、小綺麗にしてお店に向かったことを覚えている。
そのお店は看板もなく、路地裏にひっそりと佇んでいた。
お店に入ると、
「あ、テレビでみたことある景色だ。」
と思った以降は緊張をしていて細かいことをほとんど覚えていない。
ただ、
「美味い、美味い、美味い、なんでシャリが茶色いんだろう、美味い、美味い、美味い」
という感動をしたことだけ覚えている。
そして、緊張しているうちに時間は過ぎていき、あっという間にコースが終わった。
すると会長が、
「よし、今年度の残りをどういう目標で頑張るのかコースターの裏に各々書こう。内容は特に発表しなくていいけど、自分で決めた目標はやろうぜ」
と言われ、みんなで目標を書いたことは鮮明に覚えている。
その後、会長から
「みんなもまた来たいと思ったら、今のうちに予約をお願いしてみては?」
と言われ、もう一度この感動を味わいたいと思い、背伸びをして予約をした。
これが僕の一人目の旦那との出会いである。
ただ、この時に僕はまだ粋な旦那が何かは気付いていなかった。
2人目の旦那と焼鳥の話
その後僕は東京から大阪に転勤になった。
あの鮨屋以来、本当に何かいいことがあったら背伸びしてちょっと贅沢なご飯を食べる習慣ができた。
大阪では北新地にある、ちょっと良い焼鳥屋に行くようになった。
そして数ヶ月後に東京に出張する機会ができた。
江戸前寿司というくらいなので、一度東京の銀座で食べてみたいと思い、必死に探して1軒の鮨屋を予約した。
この鮨屋で2人目の旦那と出会うことになった。
この日は早めの時間に予約していたこともあり、銀座といえば同伴というイメージとは真逆で、僕の組ともう1組、おっちゃんとその子供しかいなかった。
店内はとても静かで、大将と親しげに話すおっちゃんの声だけが聞こえていた。すると、おっちゃんから声をかけられた。
「お兄さんは東京の人ですか?」
と。
僕は、
「実は大阪から来ています。出張のタイミングで、背伸びして一度銀座のお鮨屋さんにきたのですが、緊張しています!」
と返した。
すると、おっちゃんが
「なんや、大阪から来はったんや。僕も大阪の人間で出張で来てるんですよ。せっかくなので一緒に飲みましょうよ。」
とお誘いを頂いた。
僕は全くお酒を飲めないが、このご厚意はしっかりと受けようと思い、飲むことに決めた。
おっちゃんは、シャンパンとワインのボトルを開け、
「好きなペースで飲んでくださいね。」
と言ってくださった。
お酒の飲めない僕は、残念なことに、このあとの鮨の味はあまり覚えていない。
ただ、コースが終わった後のおっちゃんとの会話だけは覚えている。
「大阪でよく行きはるお店とかあるんですか?」
と聞かれたので、
「北新地の○○という焼き鳥屋さんにはたまに行っています。」
とだけ答えた。
するとおっちゃんが、
「そこはいいお店だ。僕も大好きだ。良いね。うん、良い。」
と頷いていた。
そして、おっちゃんから、
「すいません、見知らぬオッサンが声をかけて騒がしくした上に、乾杯までしてもらって。ここは一つお詫びと代わりにご馳走させてください。」
と。
僕はお酒をご馳走になり、逆に緊張も解してもらっている立場であると分かっていたし、流石に申し訳ないと思い、
「いえいえ、そのお気持ちだけでとても嬉しいですし、何より楽しかったです!」
と答えたが、おっちゃんは引かずに、
「もう僕が勝手にやることですし、運が悪かったと思ってください。じゃ、大将、請求書送っておいて。」
と言って、店を出ようとしてしまった。
僕は、
「お名前だけでもお伺いできますか?」
と言ったが聞き入れてもらえず、なんとか自分の名刺だけは半ば強引にお渡しをした。
僕が帰る際に大将におっちゃんのことを教えてくれとお願いをしたが、
「まあ、あんな感じの人ですから、気にしなくていいですよ。また来てくださいね。」
と、結局おっちゃんのことを教えてもらえず帰ることになった。
これが僕の2人目の旦那との出会いである。
Youtubeで見た鮨屋のドキュメンタリー
その後、いいことがあったら少し背伸びをする。という習慣は続きつつ、暇つぶしで見ていたYoutubeで銀座の鮨屋のドキュメンタリーがあったので見てみた。
そこで話すある鮨屋の大将がこんなことを言っていた。
銀座って誰が遊びに来ているのか、どんな遊び方をするのか。そういうのが謎めいていたから魅力があった。でも今は情報が垂れ流しになってしまった。
元々、銀座っていうのは金持ちだから、社長だからといってありがたがれる社会ではなかった。
成功した時に次の世代を育てて上げる、そういう旦那衆的な考えを持った人が遊ぶ街だった。
でも今ではお金さえ持ってたら遊べる街になってしまった。
この話を聞いて、僕は色々なことが繋がった。
京都に10年住んでいたこともあり、お茶屋さんの噂だけは知っていた。
「一見さんお断り、人によって値段が違う。見返りは何も求めずに、舞妓さん、芸姑さんを支える旦那衆がいる。」
と。
なるほど、
会長や、おっちゃんも旦那衆的な考えで僕に接してくれたんだろう。
もっというと、その2人にもその様な粋な振る舞いをしてくれた先輩がいるんだろう。
粋だ。と。
後から知ったことなのだが、
会長が招待してくれたお店は何をどうやっても予約が取れないお店で、
日曜日は定休日。
そこをお願いして日曜日に貸し切りで営業をしてもらえる関係値がお店とあったこと。
おっちゃんについては、詳しいことがわからない。
気になって大阪の焼鳥屋の大将に聞いてみたが、
「あ、お話聞いておりますよ。石井さんが来たらよろしくと伝えておいて。と伺ってます。」
とだけ言われ、結局、誰なのかは教えてもらえなかった。
ただ、大阪で長く続く老舗企業の社長さんだということだけは教えてもらった。
粋な大人になりたい
今の僕は、良いことがあったとき、自分の初心を忘れそうなとき、本当にお世話になったお返しをするときに鮨屋に行く。
ただ、いわゆる美食家と違い、いろいろなお店に行くのではなく、決まったお店にリピートをしている。
傍から見ると、スタートアップの経営者が遊んでどうすると思われるかもしれないし、あいつは贅沢をしているだけだと思われるかもしれない。
でも、少し違う。
自分を成長させてくれる場所のような気がして、いつも適度な緊張感を持ちつつ、背伸びをして伺っている。
こんな記事を書いている時点で無粋かもしれないが、粋な大人になりたいと思っている。
もちろん、職人はみなさん粋だ。
最高のこだわりと、最高の仕事から受ける刺激は最高で、そして美味しいし、美しい。
2人の旦那が見せてくれた背中に追いつきたくて、そういう大人になりたくて、僕は鮨屋に行くんだと思う。
謎めいた敷居の高そうなお店に行ってみると、自分の視座を上げてくれる出会いが待っているかもしれない。
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