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「代弁者」と「伴走者」

コミュニケーションスキルとして、相槌を打つ、最後まで話を聞く、「でも」を使わない、といったものがありますよね。それは、相手とより良い関係性を築くためのルールとされたもの。

最近、私が感じたこと。
言葉の表現次第で「代弁者」にもなるし、「伴走者」にもなるということ。
ランナーは、「伴走者」の方が心強く感じるのだ、ということ。

頑張っている当事者とそれをサポートしてくれる支援者がいたとします。

支援者は、支援者側の意見を伝えたり、当事者と関わる方側の意見を伝えたりすることもあるのだと思います。
しかし、それが強い表現になってしまうと、頑張っている当事者は、支援者を「代弁者」だと捉えます。

一方、支援者が当事者の想いを受け止め共感し、共に考えを形成するような言葉がけをすると、頑張っている当事者は支援者を「伴走者」だと感じます。

ほんの小さな言葉遣いの違い、受け止めの違いで「代弁者」にも「伴走者」にもなりうるのだと思います。

特に頑張っているランナーは必死ですから、余裕がなく、どんな些細な言葉にも敏感に感じ取ります。

支援者って難しいのだと思います。

支援者自身が一生懸命にのめり込みすぎると、本人も気づかないうちに「代弁者」になっているときもありますから。

ランナーの呼吸に合わせて、歩幅に合わせて、一緒に進む。
それは、支援者自身にもゆとりが必要で、支援者はランナーよりもスキルが必要なのかもしれません。