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「お金」のことで分かったこと。おもうこと。

前回の記事では、5年ほど前に、子供たちの大学費用を工面するために、家の収支と向き合って感じたことを書いたが、「お金」のことを理解していないなりにも、分かったことがあった。


イチバン驚いたのは、国へ「所得税」という名の「年貢」を納めなければならないが、その額が、私の想像を超えて大きかったこと。

もちろん、規定に沿って、算出されるのだろうけど、名前は聞いたことがあるけど詳しく知らなかった「所得税」。
身を粉にして働いても、それだけもっていかれるのね!
毎年、夫と驚愕しています。

と書いたら、儲けているように、聞こえがよいかもしれないけど、経費を差し引いた粗収入を、夫とわたし、息子で割ったら、そんなに儲けていないと思うけど。



次に驚いたのは、車に関する経費。
車が一人一台必要な地域に住んでいるから仕方がないが、つい最近まで、義父と義母、それぞれの軽トラがあって、義父には軽の乗用車もあったこともあって、一番多い時には、9台の車があった。

ガソリン代のほかの経費は何となくしか知らなかったが、税金もそうだけど、車検代に保険代も必要で、随分な出費なのね。
たまたま運転ができない私は、倹約に貢献してるのね。
義父母は、畑もそうだし、どこへ行くのも別々なことを考えれば、私たちは、エコな生活をしているんだ。


次に考えたのは、固定資産税。
私たちは、こちらで義両親と完全同居をするにあたっての、数少ないメリットかもしれない。
結婚して、家を新しく構えるとなると、家賃や、家のローンを支払うことになるが、それがないのは、大きなメリットだということを、改めて実感。
田舎の辺鄙な場所の古民家となると、家賃や家のローンを支払うことに比べれば安い!


今更ながら、家庭を構えるとなると、常にお金がついて回ってくるんだと実感した。

結婚すると同時に、「国民年金」に「国民保険」。
そこに、「家賃」や「家のローン」。
任意の保険に加入するとなると、「保険代」。
車を持つとなると、ガソリン代に、車検代に、保険代。

所得税を支払い、他の税金(県民税、町民税など)もろもろ。
それに、生活費。

場合によっては、車のローンだってあるかもしれない。


時代に合わせて子供を大学まで通わせる場合、子供を授かったその時から、学費のことを考えなければならない。

そう考えると、一生懸命働き、節約したところで、残るお金はあるのだろうかと、現実的なことを少し考えることができた。


今の時代、給料のなかなか上がらない若者たちが、結婚に希望を見出せないのも、分かる気がするなんて、今更いい年した私が言うのはおかしくて、ある意味、若者たちのほうがしっかりしているかもしれない。

私は、イノシシ年産まれの猪突猛進そのままで、普段は慎重にものごとを考えて(いや違うな。単に目立ちたくなくて)消極的なところがあるけど、思い立ったら後先何も考えずに突き進むところがある。

結婚を考えた時もそうだった。
何も考えずに、突き進んだから、結婚できた(笑)
実母は、三人兄弟の長女が片付いて喜んでいたようだったけど、祖母は呆れていた。
ホンマ、おばあちゃんが言ってたように、舞い上がって何も見えていなかったな(笑)(今となっては後悔していないけど)
夫に「お金はないよ」と言われていたけど、お金のこと考えてたら、結婚しなかったのかも。

娘に県外の大学へ、行きたいと言われたときもそうだった。
学費を調べて、随分とかかることは分かったけど、その自信はどこからくるのか、根拠もないのに大丈夫なような気がした。

ようやく収入の大半を占める山椒の収入が、私たちのものになるということもあったけど、それまで無報酬に近い形で働いてきたんだから、その分、娘のために使うって思えば、何てことないんじゃないってなものだった。

息子が私学で自宅通学600万ほど、娘も私学で県外下宿で1千万ほど。

2学年差の彼らの学費が重なったのは、2年間。
そのあいだ、財布を握る夫は、「ひえーっ」とは言ってたけど、別段生活が変わることはなく、畑で仕事をする毎日だった。


近所の、農家の先輩ママさんは、子育て終わったら、少しずつお金貯まっていくよと教えて下さった通り、昨年娘が卒業してからは、お金のことに関しては、幸先が良いのかもしれない。

っていうかそれも、私がノー天気で、何も考えていないからなのかもしれない。


だけど、子供たちの学費を支払いながら、結婚すると、子供を育て終わるまでは、大学費用のことを考えてお金を貯めていき、子供が学校を卒業すると、今度は、自分たちの老後を考えてお金を貯めるのが、理想的なスタイルなのかなと、やっと分かった。

だけど、実際のところ、老後を見据えて、実行に移していることは最低限のことで、不安がないと言えばうそになるかもしれないが、それでも何とかなるのかなと考えているのが、私のまたノー天気なところ。


一般的に言われている、老後の資金「2千万」の域には、貯金額は達しないのかもしれないけど、必要なお金は過ごしかたにもよるだろうし、いまは、老後のことより今のことしか考えていない。

この先、ノー天気な私に近々降りかかる可能性があるといえば、同居している義両親のことかもしれない。介護だとか、施設に入るだとか。

自分自身にも、何が起こるか分からない。


だけども、とりあえず、今は結構幸せ。だからいいや。
(義両親とのことも、折り合いの悪い実母のことも、実家をでて行った娘のことも何とかなるんちゃうかってなもんである。成人しているしね。)
何か起これば、そのとき考えればいいや。


こんなに「ノー天気」でいられるのも、案外「note」でストレスはストレスとして吐き出し、それなりに解決していっているからかもしれない。


ちなみに、息子が農家を継いでくれての待遇は、きちんとしている。
高校生の時から、アルバイト代は支払っているし、継いでくれるにあたって辞めることになった、新卒で就職した会社よりも高待遇とさせて頂いている。

息子が農作業に従事し始めた高校生の時から、そこはきちんとしてほしかったので、私も夫に申し出たし、夫も不満ばかりを抱えて従事した日々があってのことだったと思う。

農家の家計に関しては、ある意味特別で、昔ながらの要素がそのまま引き継がれていると、嫁いできた立場としては大変な目にあうが、時代は、間違いなく進んだと思う。

将来については、息子が結婚するときには、全てを明け渡す代わりに、私たちは手伝いをしながら、一定の額を頂くことを考えている。


息子と比べても、私への待遇は良いとはいえないけど、そこもあまり私にとって問題ではないのは、自営業で、尚且つ仕事の内容に不満がないからだと思う。(体力勝負なので辛いこともあるけど、基本好きな仕事なのでね)

もし、外へ働きに出ている立場で、給料が安いとなると、そこは不満かな。
仮に同じ内容の仕事でも、たぶん不満かな。


そういう私は、何かズレているかもしれないけど、それも、ま、いいか。


何でもかんでも「ま、いいか。」とノー天気でいられるのは、結構心身の状態が良いから言えるので、この状態をキープできるよう、来年もがんばろうと思う。一番だいじなのはそこ。

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