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年老いた父と、諭す息子と

もう、自分で腹くくってくれよ!

主人は、義父にいう。

雪が降った次の日のこと。

ただならぬ雰囲気だった。


俺のくるま・・・


主人は、義父の車を塗装加工している途中だった。
車の助手席側の大きくひっかいた横線の傷は、修理したようだったが、跡形は生々しく残っていた。

義父はその車に乗って、まだ雪の残る道を外出しようとしていた。

傷は、先日夕方帰ってきたときに、庭石でこすり付けた傷だという。
タイヤも同時に亀裂していて、変えざるを得なくなった。

修理、板金塗装が必要なくらいに傷つけて帰ってくるのは、これが初めてではない。

前回、同じようなことがあって、そう間がたっていない。


暗くて庭石に気がつかんかったんや・・・

うなだれる義父に主人は続ける。

だから、言うてるやろ。
乗るなとは言わんけど、明るいうちに帰ってこいって!

いいかげん、自分で腹括って、タクシーを使うなり、行きたいところがあるんやったら(義母に)連れってもらうなりせえや!


いままで、一生懸命に生きてきて、さいごの最後にテレビでやってたように、(事故をおこして)自分で自分の顔に泥を塗ることになったら、どうしようもないぞ!


こちらの町では、町内の幹線道路と、比較的町中の人口が多く、便利なところに限って、さいの目並みにコミュニティバスが走るが、この山の中は交通難民地域とまではいかないにしろ、交通の手立てがない。

年寄りの足では、バス停は遠い。

免許証返納したお年寄りの方へ、タクシーの割引きなどのメリットがある、他県の地域もあるとテレビでやっていたが、そのようなサービスも進んでいない。


私が嫁いできたときから、義父にとって、車で外出するのは趣味であり、日課となっていて、老化を防止する意味でも欠かせないことは自分で言っていたが、主人がそれについて回る時間もない。

周囲を見渡すと、それ相当の年齢に達して危なっかしい運転をするご老人の免許を、他の家族が取り上げることも聞くが、主人はそれは出来ないという。

取り上げたら取り上げたで、その後の生活の惨状も聞くという。

常に外の世界とのつながりを求める義父の性格と、まだかろうじて自分のことは自分でできる現状と、取り上げたあとの生活を考えてのことだと思うけど、強制的に取り上げるのは、息子として煮え切らない思いがあるのかもしれない。

あくまで、義父自身が腹を括らないと!というのが、主人の弁だ。

本人が腹を括ると、外へ出るのに、車を使うこととは別の術を考えるようになるだろうと。(ちなみに、義父は同世代の方たちからすると、富裕層とはいかなくとも十分なお金は持っている)


義父は結局、その日はタクシーを使って、自分の行きたいところへ繰り出したようだ。

だけど、ちょっと義父が可哀そうで、かばってあげたかった。

ちょっと前なら、息子相手にまくし立てる元気もあって、派手に親子喧嘩をしたこともあったのに、義父はシュンとしていた。


たしかにね・・・主人が言うことも真っ当だしね!

仕方ないか・・・。


だけど、あれほども、親が年老いると、親子が逆転するのか・・・。

義父がまるで、親に叱られる息子に見えて、切なかった。


主人もいつか息子に諭されるときが、くるのかもしれない。


義父は次の日の忘年会にも、タクシーで出かけた。

いま再び、車で外出しているようだけど、日本全国高齢の親をもつご家庭で、繰り広げられる光景なのかもしれない。


もっとはよ帰ってこな、もう暗いぞ。あれだけ言うたやろ。


いつか、息子にかけた言葉を、今日も義父にかける主人。

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