ラブひなとあの娘

中学ぐらいの頃、兄が漫画を大体5巻くらいまで買ってその後を俺が買い揃えるという搾取の構図が我が家には存在した。
その5巻までラインナップの中に「ラブひな」があり、確か話の筋は冴えない主人公が突然女子寮みたいなところの管理人になってドタバタみたいな話だったが俺にそのチャンスはあるのか?あ?
もう夢にきらめく子どもではなかった。
ある程度これからの未来の道筋が見えてきた年頃。
結論として、俺は女子寮の管理人になることは無い、ないのだ。
そのリアルに中学生の俺は泡を吹いて絶望した。
俺の人生にラブひなが訪れないという現実を突きつけられてセンチメンタルな放課後に深いため息をついて冷蔵庫の魚肉ソーセージを盗み食いながら自分の未来を悲観した。
その絶対的な敗北感からラブひなを買い揃えることは出来ず、そこから俺のラブコメ漫画への恐怖心が芽生えた。

ラブひなノイローゼにかかった俺はどんな女子を見ても(結局俺にラブひなを与えてくれる存在ではない)と断罪して妙に冷めた態度を取っていた。
中二病的なノリとも少し異なる気の狂い方をしていた。今の俺があの頃の俺と会ったら即日ボコる。勝てるか不安だが硬い棒を使ってでも勝つつもりだ。

中学3年。
学校が統合された。
7割の商品が賞味期限切れの駄菓子屋しかないこの地域から若者たちは逃げ出し過疎化がマッハで3つの中学が一つとなり生き延びる道を選択した。

急に3倍くらいの人数になったクラスメイトの中にその娘はいた。
思わず「ヤバ!激マブの女(スケ)じゃん……」と心の中でつぶやき手に持ってたシャーペンを思わず落としてしまうような女の子に出会い恋をして俺の中からラブひなは姿を消した。

現実は常に新しいレイヤーによって感情は更新されていく。
新たなる希望にこれまでの絶望は勝てないように出来ている。

自毛が茶色で目立っていたその娘とクラスの係が一緒になり毎日掃除が終わると教務員室にプリントを取りに行った。
ほんのその4分間。
神はその4分のために6日間で世界を造り、7日目に天地創造を宣言したのだと実感していた。
顔を見ることも上手くできず学ランのポケットに手を入れて階段をかったるそうに上りながら二段下をついて来るあの娘とどうしようもない話をする。
ただそれだけ。
たったそれだけの瞬間で俺は夕飯の主軸が麩(ふ)の煮物であっても何一つ文句も言わず白飯をかっこむことができた。

それからも体育祭の応援団で一緒になったりクラスの仲良しグループで祭りにでかけたり下校時間の下駄箱前でばったり会って「じゃあね」と言い合ったり。

するとその娘と仲のいい幼馴染の女子から「あの娘とお前、脈アリですゾ!」との伝令を受け取りその1700万ゼノを超えたブルーツ波に大猿化しかけたがそこは「えー?嘘くせえなぁ笑」とジュノンスーパーボーイばりのイケメンスタンスで返事をした。
心の中では暴走した大猿がベジータを踏み潰していたというのに。

そこからまた時は経ち、卒業式の終わった3月に俺とあの娘は付き合うことになった。
出会ってから1年が経とうとしていた春に恋は実ったのだ。

お互い違う高校に進んだ。
方向も真逆で二人をつなぐのは買ってもらったばっかりの携帯メールだけだった。
俺は部活に入り夕方までダルさを噛み締めながら走り回っていた。
あの娘はアルバイトを始めて夜までシフトを入れて働いていた。
徐々にお互いメールの文字数が減り、絵文字が減り、回数が減っていった。

付き合い始めてほんの数ヶ月、まだ夏にもならない季節の変わり目に俺はフラレた。
高校の昼休みだった。
別れを切り出したあの娘のメールを見て「まぁ、そうだよなぁ」と最近のお互いを思い出して冷静に納得した。
ごめん、とありがとう、をメールに書いてみっともなくない男として最後に格好つけた返信をした。

その日の部活が終わり家に帰る。
最寄りの駅を降りて自転車に乗り、土手を走った。
夏手前の夕方は長く、まだ明るさを残してほのかに暖かい。

急に思い出す。
付き合う前の一年やあの娘の喋り方や顔や履いてた汚えスケッチャーズのスニーカー。
割とどうでもいいシーンばかり思い出す。
夕暮れの土手、帰り道のチャリ、フラレた放課後。
シチュエーションのエモさに酔って俺はついに口に出して言ってしまう。

「俺、アイツのことまだ好きだったんだな……」

ヤバ!!
これが公安警察に聞かれてたら即射殺指示が出るヤバさ。
さらに涙で滲んで前がぼやけながら声に出しているのだからマジでヤバい。
そういうことを思うのは勝手だが、口に出したら死罪だと言うことをあの頃の俺は知らなかった。

それから少し時が経って、真実としてバイト先の店長と浮気してたからフラレたと言うのは別の話だしその後出来ちゃった結婚して離婚してシングルマザーになったのも別の話で、祭りのテキ屋になった後働き始めたラーメン屋で偶然俺だけその娘に気付いてヤバ!!と思いながらつけ麺を光の速さで食って逃げるように帰ったのもマジで別の話。

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