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明日の叙景「アイランド」インタビュー

明日の叙景が、2022年7月27日に2nd Album「アイランド」をリリースした。

明日の叙景は2014年結成の東京を中心に活動するポストブラックメタルバンド。
これまでに2枚のEPと1枚のフルアルバムをリリースしており、昨年2021年には「ビオトープの底から」と「キメラ」という配信シングルをリリース。
新作への機運が高まっていた中での待望のリリースである。

今までも既存のブラックメタル、ポストブラックメタルの枠組を壊していくような作品をリリースしていた彼らだが、今作「アイランド」では大胆にも自分たちのルーツであるJ-POPを、一見、水と油かのように思えるブラックメタルに融合させ、驚くような進化と発展を遂げている。

今回は楽曲の詩世界を司るボーカルの布とバンドの屋台骨を支え、且つ作編曲にも大きく力を注いでいるドラムの齊藤に話を聞いた。

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-先ずは新作「アイランド」のリリースおめでとうございます!

布・齊藤 「ありがとうございます」

-今作は"夏"をテーマにしているということですが「アイランド」というタイトルもそこからくるものですか?

布 「タイトルについては、夏を意識したものではないですね。最初は季節感のあるものが作りたいと思ってて、夏が好きだし良いんじゃないかとなっていたんですが、それは曲を作っていく間に薄れていって、”自立”というところがメインのテーマになっていきました。タイトルはそれを表現したものになっています。」

-なるほど、タイトルは自立を表したものなんですね。

布「夏はあくまでモチーフ的な物になっています。それとアルバムを作っていく中で、どういう作品にしたいかを考えるために、これまで好きだったアルバムを各メンバーで掘り下げてみたんです。その中で大きなリファレンスになった作品として、ポルノグラフィティのfoo?


そして、COALTER OF THE DEEPERSのNO THANK YOU

この2枚はどちらも夏を感じられる作品でありつつ、ありきたりな夏の表現が少ないところも好きですね。」

-今回、面白いなと思ったのが、spotifyのプレイリストで今作を作る上で影響された作品をアルバムの楽曲毎に公開していますよね。ここまで詳しく影響元を明かすバンドって珍しいなと思いました。



齊藤「これは等力(Gt)のアイデアで2nd EPの時から各メンバーの影響元を出したりしてますね」

布「結構周りでも影響元を出してるバンドもいるんですけどね、ここまで詳しいのは珍しいかもしれないです。」

-ありがとうございます。面白い試みだと思います。

続いて、作品のアートワークについてなんですけど、最初リリースされた時にジャケットを見てびっくりしたんですが、可愛い女の子の絵が使われていますね。これはイラストレーターの陽子さんの絵ですが、なぜ今回はこの方を起用したんですか?


齊藤「今作を作るにあたって、自分のルーツや好きなものをあまり避けないというか、ちゃんと出していこうという話があって、その一環で選んだところはありますね。」

-この解釈が合っているかは分かりませんが個人的に高橋留美子さんや所謂"美少女ゲーム"と言われるような絵柄をイメージしますね。

布「僕たちというか、僕と等力のルーツにはガッツリ美少女ゲームがありますね。」

-これはどういったイメージの絵なんですか?

布「メンバー内でも意見は分かれるんですけど、夏の空をガラス越しに見ている、右目はガラス越しで左目は直接空を見ているんですけど間接的に見ることや物事をワンクッション置いて考えることを表しているかもしれませんね。直接見ることもフィルターを通して見ることもどちらも大切というか」

齊藤「このイラストを依頼する時に、"消費されている夏を否定し、自分自身の夏を取り戻す"という文と「砂浜」などの大まかなモチーフを送ったんですけど、それでこの絵が返ってきたんです。」

-その一文だけで、この絵が返ってくるのは凄すぎますね。

齊藤「入道雲や青空は一般的なイメージだと思うんですけど、それが映っている鏡が割られている。個人的に女の子が持っているガラスには溝が書かれていて、レコードに見えるんですよね。ちなみに今回、CDの盤面も剥き出しのままにしています。」

CDの盤面

-細かいところまでリンクさせてるんですね…。
詳しく聞かせてくれてありがとうございます。
では、いよいよアルバムの楽曲について触れていきたいと思います!

先ずは1曲目の「臨界」ですね。これを一曲目に持ってくるのかと思うくらいのダークでヘビーな曲ですね。個人的に1st EP「過誤の鳥」の頃のような印象を受けました。

布「これは結構アルバム制作の序盤の方には出来た曲ですね」

齊藤「ダークに聞こえるんですけど、この曲はメジャーコード進行なんですよね。」

-え?そうなんですか!?

齊藤「そうなんです。ジメジメした夏の夜っぽいイメージのメロディですね。」

-歌詞の一節をTwitterに上げたりしていますよね?

少し、希望を感じさせる終わり方になっていますか?

布「そうですね、今作に関しては全体的に希望を持たせるような歌詞を多く書いたつもりです。でないと等力から沢山ダメ出しが来るので(笑)」

-そうなんですね(笑)。歌詞の中にAirPods proが出てくるところとか凄く面白いなと思いました。

布「これは等力のアイデアです。今まで固有名詞を歌詞に使うのって僕が嫌いで、やってこなかったんですよね。ただ、固有名詞を使うと時代と共に曲が歳をとるっていう記事を目にして、そういうのも面白いんじゃないかって思い、そこで踏ん切りがついて使ってみた感じです。」

-なるほど…曲が歳をとるっていう考えは盲点でした。
これはストレートに引きこもりの歌なような気がするんですけどどうですか?

布「一概に引きこもりの歌とはいえませんね。冷房の効いた快適な部屋で皆んな過ごしてるじゃないですか?夏の暑さから逃げるようにして。」
(ちなみに布さんは冷房をこの夏一度も使わず自室では扇風機だけで過ごしているそうです。)

-確かに(笑)

布「だから暑くて晴れてる青空ってだけが夏じゃなくて、冷房の効いた暗い部屋も夏の一部なんじゃないかと思います。あとその便利さを捨てられないよね、みたいなことも書いています。」

-なるほど…。続いて2曲目はシングルカットもされた「キメラ」ですね。この曲がリリースされたときはとても衝撃的でした。ブラックメタルなのに四つ打ち使ってる!と思って。

齊藤「やっちゃう?やっちゃう?みたいな感じでメンバー内で議論されてたのを遂に実行したような感じですね。」

-これはそれこそCOALTER OF THE DEEPERSなどからの影響ですか?

布「それと、lifeloverのandroiderも影響としてありますね。」


-なるほど!確かにlifeloverは四つ打ち使ってるイメージありますね!

布「意外と四つ打ちを使うポストブラックのバンドは多いんですよね。」

-なるほど。歌詞についてなんですけど、これは感情の綯交ぜになった感じをキメラとして表現しているようなイメージですか?

布「実はそれと逆で、キメラというのは異なる存在が個性を残したまま同居しているっていう存在なんです。水と油というか。妖怪で鵺っていますよね?歪な集合体なんだけど異なるものが同時に存在している。

だから一つエピソードを挙げるとすると今回のアルバムが皆んなに受け入れてもらえて僕たちはとても嬉しいんですけど、一方でウクライナの戦争だったり、凶悪な事件とかが日々起こっているじゃないですか。僕たちが幸せな気持ちになっている間にも誰かが人生の岐路に立たされるような状況に陥っている。

そこで自分の感情に蓋もできないし、そういう人たちを助けにいくこともできない。無視もできない。だったら心地よいことも不快なこともどちらも抱えていきていくしかないだろ、そういう内容の歌詞になってますね。」

-なるほど…!
"二つの世界があると割り切ってみて…"
っていう一節がありますけど、まさにそういう心境を歌っているんですね。
楽曲的にも新たなことに挑戦してる感じがあって、アルバムの中でも重要な曲ですよね。

次はインストですね。3曲目「見つめていたい」
アルバムのインタールードとしては少し早い箇所に配置されているような気がするんですけど、どういった意図があるんですか?

布「順当に考えたらこれが一曲目ですよね。で、二曲目に『土踏まず』がドン!という感じ。でも、一曲目は楽曲の意味合い的にも"臨界"が良いなということになって、二曲目の"キメラ"も合わせてアルバムのメッセージを包括的に表してる曲を壮大なアバンにすることにしました。で、三曲目のこれから本編がスタートするっていうようなイメージですね。」

-そうだったんですね。では実質ここからアルバムがスタートするわけですが、次の4曲目「土踏まず」について。これまたユニークなタイトルですよね。なんか素朴なギターロックのバンドがタイトルに使ってきそうとか個人的に思いました(笑)

布「あ〜"ささくれ"とかもありそうですよね(笑)ジュディマリっぽい(笑)

これは荘子に"無用の用"という考えがあって、何もない空間にも意味があったり、役割があったりするじゃないですか?器も何も入ってないから何かを入れられるわけだし、土踏まずも実際に土を踏んではいないんだけど、そこのアーチになっている部分のおかげで歩くことが出来たり立つことが出来る。

そこから物理的に存在しなくても、自分に関係がないものでも、誰かにとって大切だったり、役割があるよねってことが歌詞のスタートになってます。」

-なるほど、とても分かりやすくてありがたいです。
楽曲的な部分はどうですか?

齊藤「初期のデモの段階では、最初のコード進行で最後まで突っ走る感じで大きな展開はなかったんですけど。この曲をキラーチューンにしたいというメンバーの意向があって、後半に明るめな展開を持たせるような感じになりました。」

-確かに後半の方は解放感のあるイメージがありますね。そして、次は今作の中でもとりわけ問題作といえる
5曲目「歌姫とそこにあれ」ですね。
初めて聞いた時、アニメのタイアップでも決まったのか?と思いました(笑)。

それくらいキャッチーで底抜けに明るい曲調ですね。
おそらく、SNSとかでもこの曲への反応が一番多いような気がします。

齊藤「すごく爽やかですよね(笑)。これは布さんの鼻歌で作ったメロディから作られてるんですけど、それを元に等力が構成を作っていった感じですね。」

-鼻歌なんですか!?

布「僕がギターを弾いて、メロディを伝えようとすると等力が混乱するらしくて、メロディを伝えるときは鼻歌にしています(笑)。前作の"青い果実"からその手法にしています。」

-等力さんから前に「布さんのメロディを死守しながら、僕が構成を練ると名曲になりやすい」という風に聞いています。

齊藤「それはあります。」

布「素直に嬉しい(笑)」

-本当に青空の下で聴くと気持ちいい曲だな〜と思いました。曲間のブレイク以外はほぼ四つ打ちですよね?

齊藤「そうですね、四つ打ちがメインなんですけど、所々にリズミカルなタム回しなんかも入れつつですね。タム回しのフレーズに関してはLUNA SEAの"IN SILENCE"に完全にインスパイアされています。」

-Spotifyのリストにも載ってますね!
歌詞のことなんですけど、アルバムで一番明るい曲なのに一番邪悪な歌詞と聞いたんですけど…。

布「そうですね(笑)。歌詞に書いてあることそのままなんですけど、全体化をはじめ、周りと意見が一致したり、いいねし合えたりすると嬉しいし安心すると思うんです。」

-そうですね。

布「でもそこで停まっちゃうというか、そこから何か発展するものがないなと思って、逆に意見が食い違った方が話し合いができるというか、再考の余地が生まれますよね。」

-たしかに。

布「今回、歌詞を書く上で今まで以上にメンバーからのツッコミというか、"ここの意味が分からない"とか"ここの考え方ってどうなの?"っていう意見を沢山もらったんです。。。すごくしんどかったんですけど(笑)
歌詞を否定されると自分が否定されているようなきになったりして(笑)」

-はい(笑)

布「それで、"ここの何処が悪いんだよ!"って思いながら書き直したりするわけですけど、書き直してみるとそれまでより良いものが出来上がってて、こういうことなんだな〜と思いましたね。要するに"いいね"ってなるとそこで終わっちゃって成長する余地を見逃しちゃうと思うんですよね。」

-なるほど、試行錯誤を繰り返したんですね。確かにとても良い物になっていると思います。

布「歌詞の話に戻ると、同じ意見ばかりだと、そこで停滞してしまって、ひいては違いを受け入れられなくなってしまう、違いがなくなってしまう。そういった怖さがあると考えていて。でも意見が同じだったり、受け入れられることってのは心地いいことでもある。その両方の葛藤について歌っていますね。」

-なるほど…。齋藤さんはその歌詞の意味を聞いてどう思いましたか?

齊藤「そうですね。全体主義的なにおいを含んでいる歌詞だなというのはなんとなく思っていて、基本的に歌詞のディスカッションについては布さんと等力でやってたんですけど、この曲については僕も意見を出していますね。そのやり取りの中で思ったことが最後の曲の"遠雷と君"に繋がってきます。」

-おお、それは気になる伏線ですね…。その話は後々触れることにして、次の曲にいきたいと思います。これもタイトルからとても気になりました。
6曲目「美しい名前」ですね。
これはTHE BACK HORNにも同名の名曲がありますよね?

布「そうですね、メンバーも好きなバンドですし大ファンです。Spotifyのリストにも何曲か入っています。アルバムを作る中で歌詞の題材を探している時に、このタイトルについて書いてみるかと思って書きました。」

-なるほど、楽曲的な話ですがイントロのキメがかっこいいですよね。

齊藤「そうですね、ドラムのフレーズ的にはポストロックをイメージして叩いていますね。」

-ありがとうございます。終盤の布さんの「生まれてきてくれてありがとう」というシャウトの部分がとても印象的だなと思いました。このフレーズに関しては歌詞を読まなくても何と言っているか分かるなと思いました。今作のボーカルでは高音のシャウトと語りに拘りながらも、その中でバリエーションを持たせたフレーズが多いなと思っていて、非常にかっこいいなと思いました。

布「それは嬉しいです。ありがとうございます。ボーカルのラインに関しても今作については今までよりメンバーと話し合って作った部分が多いですね。」

-今作は前作より大幅にボーカルが前に出たサウンドになっていますよね。これは意識して、そうしているんですか?

齊藤「サウンドに関しても今までよりクリアな物になっているので、必然的にボーカルも前に出ているような感じになってますね。音質の向上は目指していたところです。」

-少し話が逸れてしまいましたが、歌詞についてはどうですか?

布「この曲でいう"名前"とは親から与えられた"一生"そのものを表していて、名前を肯定することとか君の名前が美しいんだよって言うってことは、君は生まれてきて良かったんだよ、この一生を楽しんで良いんだよって言うことを押しつけているエゴみたいなものを表現したつもりですね。」

-なるほど、なかなかヘビーですね…。ということは名前を与えた側の視点の歌詞なんですか?

布「いや、それを俯瞰的に見ていて、名前を押し付けた者と押し付けられた者、その両者の衝突とそれに対して自分は押し付けられた者にどう寄り添うかみたいなものが主題になっています。」


-なるほど…"どうすれば伝わる"という一節がとても重く聞こえます。ありがとうございます。

次は7曲目「忘却過ぎし」ですが、これは以前リリースした曲の再録ですよね?

布「そうですね、”僕と似た星屑”の再編曲ですね。」


-これはなんで再録しようと思ったんですか?

布「僕のリクエストで、この曲は夏の夜を感じさせるような雰囲気があると思ったし、今作は全体的に明日の叙景の新境地というか、実験的な曲が多くて、これまでにやってきたようなオーソドックスなブラックメタルを表した曲がないと思ったんですよね。それで再録しようと提案しました。」

-なるほど、確かにこの曲はアルバムの中ではかなりブラックメタルな曲ですよね。僕は再録前に聞いた時よりも布さんのボーカルラインがスッキリしていて、格段にかっこよくなったなと感じました。
終盤のサウンドが止んで、「一つ手前だ」と呟いてまた走り始める展開とかすごくかっこいいなと思いました。

布「ありがとうございます。これは”忘れたくない”という感情が人間にはあると思うんですけど、実際は多くのことを忘れながら生きているし、思い出になれないような経験が沢山あると思うんですよね。忘れたくないという感情は”自分も忘れられたくない”という風な感情の裏返しだなとも思っていて

僕たちはそれに無自覚に生きているなと感じています。そういう取捨選択をしているということを気づいたほうがいいと思って書いた歌詞ですね。」

-なるほど、終盤の"思い出にすらなれなかった束の間たちに誘われて"から始まる四行とか最高にかっこいいですよね…。

布「ありがとうございます。そこは自分もすごく気に入っています。」


-久々に主人公が死ぬ感じの歌詞ですね(笑)。「過誤の鳥」あたりの歌詞を彷彿とさせるような。

布「そうですね(笑)、この曲も例によってメンバーから沢山ツッコミがきたんですけど、それまで個人の感覚では、自分らしくない歌詞を書いていた反動でこの曲と”美しい名前”に関しては、絶対俺を出すんだ!俺はこれが書きたいんだ!って言って押し切りましたね(笑)」


-なるほど(笑)、齋藤さんは楽曲的にどうですか?


齊藤「そうですね…ドラムに関しては本当に禁欲的なフレーズの数々で(笑)」

-(一同笑)、禁欲的なフレーズってやばいですね、確かにこの曲はずっと只管に走ってますもんね。前作の"私はもう祈らない"も速いな~とおもったんですけどどうですか?

齊藤「1st albumの”火車”のほうがしんどいですね(笑)」

-あ、そうなんですね(笑)。斎藤さんのプレイスタイル的に涼しい顔をして叩いているところが目に浮かぶんですけれど。

齊藤「今作はかなりフレーズが詰め詰めなので、ライブが心配です(笑)」

-なるほど(笑)、ライブも見たいですね。
次はこれもまた力作な感じがしますね、
8曲目「甘き渦の微笑」
ここ直近二曲は今作の中でも屈指のサタニックな流れになっていますね。

布「(忘却過ぎしが)幹部で、この曲がラスボスですね。」

-この流れ、険しいですよね(笑)。ことこの曲に関しては特にサタニックなブラックメタルの印象を受けました。

齊藤「ドラム的にも手数多めにしていますね。」

-今作でも一番ブルータルな曲ですよね。これはある短編小説をモデルに歌詞を書いていると聞いたんですけど…。

布「平山夢明の”怪物のような顔の女と溶けた時計のような頭の男”ですね。自ら不幸を背負い込んでしまった男がどうやったら幸せになれるか…というような内容で書いています。

あとはニーチェの”永劫回帰”についても自分なりにアレンジして書いています。」

-ニーチェ…?どんな内容なんですか?

布「簡単に言うと世界が絶えずループしているという話なんですよね、明日の叙景では一時期ニーチェブームが起こりました(笑)、メンバー全員同時期に読んでいるという。」

-どんなバンドですか、それは…(笑)。湖が情景描写で出てきますね。
僕もその小説のファンですけど、とても印象的ですよね。

布「ニーチェも湖畔を散歩しながら”永劫回帰”の考えを思いついたそうなので、入れてみたところもありますね。」

-そこもリンクしてるんですか?変態ですね(笑)。
では、次ですね。もう終盤ですが、9曲目「子守歌は潮騒」ですね。
この位置に配置されているのは、アルバムの流れ的にとても効果的だなと感じました。

齊藤「この曲は1st albumの”醜女化粧”に近い雰囲気をイメージして、等力が原曲を作ってきました。前半のドラムとベースの掛け合いはベースの関と僕で一緒に作りました。最後ファジーなギターで終わらせたいね、と話し合ってこのような形になりました。」

-ありがとうございます。では次にこちらもシングルカットされた10曲目「ビオトープの底から」ですね。これもリリースされた当初は明るいな~と思って驚きました。

布「前作『すべてか弱い願い』のあと、明るいものを作りたいなと思って”キメラ”と同時期に制作しましたね。今作の方向性を決定付けた重要な曲だと思います。」

-途中のギターソロとか突き抜けてますよね。

齊藤「そうですね、ギターヒーロー感があるソロですね。」

-リリックビデオも相まって、すごく夏のイメージありますよね。

齊藤「あれは僕が撮りました、キメラも僕と等力が撮ってます。」


-すごい!クリエイティブですね。

齊藤「いえいえ(笑)」

-ちなみにビオトープとはなんですか?

布「なんなんですかね(笑)。僕の解釈では人間が種を保存するために勝手に自然を人工的に再現しているものっていう捉え方なんですけど…。
凪良ゆうの”神様のビオトープ”という小説から着想を得ています。」

-あ~なるほど。

布「前作からの流れで神様とか大きな存在に自分たちが支配されているとか、そんな感覚を表現しているんですけど、その中でも運命に抗ったり、どんな瞬間でも自分たちの気持ちの持ち様次第でどうにでもなる。
そして、それは支配者や権力者たちにもどうこうできないものなんだよ、ということを表現していますね。」

-なるほど、胸の熱くなるような内容ですよね。現在もそうですけど、この曲がリリースされた時もコロナ禍の只中でしたよね。それもリンクしているのかなと感じました。

布「僕の中では強くそう思っているわけではないんですけど、無意識にその部分が出ているのかもしれませんね。」

-ありがとうございます。夏をイメージさせる曲が続きますが、いよいよ最後の曲。11曲目「遠雷と君」ですね。
これすごく素敵なタイトルだと思うんですけど、遠雷って夏の季語ですよね?これは何かの作品からの引用なんですか?

布「このネーミングは自分で付けたものですね、”蜜蜂と遠雷”とかありますけど。」

齊藤「この曲は僕原曲なんですけど、アルバム用に出てきた曲がメジャーコードが多くて、且つ自分のルーツを曲の中でしっかりと示そうと思って作りました。自分の中では”赤い公園”ってバンドに強く影響されていて、この曲に関してはかなり意識しています。」

-そうなんですね!また意外なところからルーツを持ってきますね。

齊藤「どちらかというと初期のほうが好きなんですけど、尖っているんですけどJ-POP的な曲構成をしているところが好きで、作曲においてのコード進行に関してはこのバンドから研究を始めたところもあって、この曲もJ-POP
やアニソンに影響を受けたようなコード進行になっています。

ドラムに関してもブラストビートで面白いことをしたいなと思って、バスドラを入れないブラストビートだったり、8ビートのノリを予感させるようなブラストビートも仕込んでいます。」

-すごいな…今一度、ドラムのフレーズに集中して聞いてみますね(笑)。
ギターソロに関しても突き抜けているというか、かなり印象的ですよね。

齊藤「ギターソロもデモ段階で僕が弾いたフレーズを等力がアレンジしていて、かなり良い感じに弾いてくれましたね。」

-前の曲である「ビオトープの底から」も明るいと思うんですけど、この曲は更に速くて明るいので、二曲続けてかなり突き抜けてアッパーな終わり方になっていますよね。ここだけTRIGGERのアニメの最終回みたいな(笑)。

では、最後に歌詞について聞きたいんですけど。まず最初のやり取りみたいなのから始まりますよね。

布「この曲はストーリーテリングの要素が強くて、メタ的なことを言うとその物語を読み聞かせてる感を語りとしては出していますね。」

-途中の”グラスのふちに指を這わせて注ぐとき~”から始まる一節とか、すごくドキドキするような素敵な歌詞ですね。

布「これは僕の実体験なんですけど、”ダイアローグインザダーク”っていう真っ暗な部屋で色んな物事をやるイベントみたいなものがあって、そこに行ったときに真っ暗な部屋の中で瓶ビールをグラスに注いでみましょうっていう機会があって。こぼさずにやるにはどうしたらいいかというと、ただグラスの縁に指を這わせて、注がれているビールがどこまで来ているかを察知するっていう…。」

-はい。

布「ここでは視覚なんですけど、大きく自分が頼っている感覚とかが世界から取り去らわれて物事が激変して、これからどうするってなっている。でもその頼っていた感覚がなくなったことによって、むしろ他の人と気楽にコミュニケーションとかとれるようになったなっていう面もあるなと思っていて、そういう”コミュニケーションのデチューン”がコンセプトとして採用されました。」

-なるほど、すごくアッパーに締めくくられると思うんですが、それは目指したところですか?

齊藤「そうですね、個人的に大団円エンディングが好きで。イントロの象徴的なフレーズがあるんですけど、最後にもう一回出てくる所とかは大団円を表現しています。劇伴っぽいイメージですね。

”歌姫~”のときに歌詞についてディスカッションしていた中で、個人的に”DEATH STRANDING”っていうゲームだったり、”風の旅ビト”っていうゲームだったりをイメージして、それを絡めた感想をディスカッションで出していく中で今回のコンセプトが採用されました。」

布「”コミュニケーションのデチューン"っていうのは表現方法が制限された状態なんですよね、例えば言葉を使わないで身振り手振りだけで会話してくださいってなったときに、いつもよりも相手の表情を読み取ることに必死になったりするじゃないですか。そんなときにいつものように相手のことを攻撃できたりするのかな?と思って、相手のことを慮ったり、理解しようとすることに努めるんじゃないかと思うんですよね。」

-なるほど。

布「でも言葉が使えて、その力でコミュニケーションを取るとき、ただ100%自分の感情をぶつけることばかりになって、相手の感情を思う余地ってなくなるなと思って。もしかしたら。」

-はいはい。

布「でも視覚が使えないことで、制限されてて自由過ぎないからこそ偏見なく相手とやり取りできるかもしれない。
意外と知らない人と背中合わせになって喋ってくださいってなったとき、その人とスムーズに会話できるものなんですよね。」

-確かに、面白い体験ですね。

布「その”ダイアローグインザダーク”が終わった後に明るい部屋に戻るんですけど、そこで初めて自分がやり取りしていた人と対面するんですよ。そのとき凄く恥ずかしいんですよ(笑)」

-恥ずかしそう(笑)!!

布「暗闇の中と同じようなスムーズなコミュニケーションとれないんですよね。」

-ありがとうございます。まとめとして、最初に戻りますが”自立”というところが大きなテーマになっているんですよね。

布「そうですね、あくまで”夏”というのは、モチーフだったり、自分たちの動機、モチベーションになっている部分で結果的に作ってる中で勝手に夏をイメージさせるような物が多くなった感じですね。」

-これは僕の個人的な感想なんですが、サタニックなブラックメタルだと勿論夏っぽくはならないんですけど、激情ハードコアやポストブラックっぽい音像でブラストビートとか速い音楽に乗せると清涼感みたいなものが生まれると思うんですよね。それがある種、夏のイメージにつながっているのかなと。

布「実際、ここ1~2年で夏をイメージさせるポストブラックのバンドは増えていますね、今まではどうしてもメタル由来のメロディのものが多くて、サタニックな感じとか、宇宙開拓みたいなアトモスフェリックなものとか。それが地上の生活というか、人間の営みをイメージさせるようなサウンドを表現したバンドがDEAHEAVENを始め、増えてきているなとは思います。」

-そういった部分も、今回のテーマである”自立”に則したものになっていますね。

では最後に、今後の活動についてです。

結構な人たちが待っていると思うんですが、ライブの予定はありますか?

布「…具体的には決まってないんですが、前作と今作のレコ発はワンマンでしっかりやりたいなと思っています。」

-なるほど、というか前作もライブでやってないんですか?

布「やってないです(笑)。なんだったら3~4年ライブやってないです(笑)」

-ここまで、コンスタントにリリースしていながら長くライブやってないバンドも珍しいですね(笑)。ライブ誘われたりしないんですか?

布「誘われてますね、めちゃくちゃ断ってます(笑)。申し訳ない。」

-(笑)。なるほど、わかりました。明確には決まってないけどやるつもりではあるということですね?

布「そうですね。」

-ライブやるとしても、この膨大な量の曲を練習しなきゃいけないですよね?

布「…いや~恐ろしいですね(笑)。」

-期待しています(笑)。ではここらへんでお開きにしたいと思います。
本日はありがとうございました!

布・齊藤「ありがとうございました!」


付録

「歌詞に影響を与えた小説」


『百年法』山田宗樹 - 臨界

『デミアン』ヘルマン・ヘッセ - キメラ

『少女』湊かなえ - 土踏まず

『滅びの前のシャングリラ』凪良ゆう - 歌姫とそこにあれ

『陰陽師』夢枕獏 - 美しい名前

『夜市』恒川光太郎 - 忘却過ぎし

『怪物のような顔の女と溶けた時計のような頭をした男』平山夢明 - 甘き渦の微笑

『神様のビオトープ』凪良ゆう - ビオトープの底から

『しろいろの街の、その骨の体温の』村田 沙耶香 - 遠雷と君


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