ピンセット香道
あの時の衝撃は、いつになっても鮮明に思い出せる。本当に良い香りだった。「におい」と「香り」がどう差別化されているかは知らないが、あれは確実に「香り」だった。
どれほど時間が経っただろう。長く陶酔していたかもしれないし、とても短い時間だったかもしれない。とにもかくにも目を開けると強面がニヤニヤしていた。湧き上がってくる疑問はただ一つ。
「な・ん・だ・こ・れ・は??」その疑問を思い切り強面にぶつけた。これが香木? どこで手に入るの? どういう木なの? 極めつけは「それ頂戴!」……。
我ながら怖い。しかもこれらは脚色でもなく、私がその時発した言葉そのままだということ。──つまり私は、大口のクライアントの会長に、あろうことか一切の敬語なしで会話をしていたらしい。らしいというのは、強面からの後日談なのだ。あまりの衝撃に、その時の自分を私は忘れている。
それ以降、ハマった。大いにハマった。強面から頂いた香木を少しずつ削って、毎晩毎晩香りを楽しんだ。インターネットで調べればすぐに香木に関する情報は溢れているはずなのは分かっていたのに、全くそういうこともせず、ひたすらいただいた香木と向き合った。
道具もないので、ピンセットに削った香木を挟み、火を近くしたり、遠くしたりすることで香りの質が変わってくることを知った。小さく削るよりも大きく削った方が香りを深く楽しめることもその時知った。だから、香道のお点前は話にならないほど未熟だが、ピンセットで香木を楽しむ腕に関してだけは、並々ならぬ自負がある。
「寸暇を惜しむ」という言葉は、この時実体験した。時間を見つけては、「香木」に向き合う。強面からいただいた(奪った?)1種類の香木しかないので、とにかくそれと対話した。すると不思議なことが起こる。
何気ない行動の中で、「懐かしさ」を感じる場面に遭遇した時に、その香木の香りを一瞬だけ感じることが多々起きた。本当に一瞬の香り。その一瞬に色々思いを馳せていた。これは何だろう……。これがたまらないのだ。
学生時代に多くの外国を訪問。特にオーストラリアとネパールには並々ならぬ思い入れを持つ。海外での経験を重ねるごとに日本を顧みる機会を得て、約9年前に香木に出会い、一生の友とすることを誓う。その友を知ってほしく日々紹介するものの、伽羅以外を受け付けない妻に孤軍奮闘中。いつの日か好きな香木と香りを通じて知り合った仲間と一緒に、純粋に香木を楽しめる空間を持つことが夢。「香りで繋がりたい」と心底願っている、語学教育総合企業に勤務する35歳。
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