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【注目新刊】2023年3月下旬

自然科学

『核兵器入門』

これを自然科学の本に分類するのは問題があるかもしれませんが…
物理学者が核兵器について説明した本です。
核兵器の物理学的原理から、他の兵器と核兵器の違い、爆発の影響まで説明しています。
日本の核兵器保持や核兵器配備、あるいは他国の核使用のリアリティが高まる今、政治的に考える前に知っておきたい内容だと思いました。

『プランタ・サピエンス 知的生命体としての植物』

植物とはその身体の外部に内蔵をもつ動物である、というヘーゲルの規定や、アリストテレスの「植物的魂」という考え方にみられるように、
代謝や繁殖という面から植物は語られてきました。
それは同時に、動物や人間のような感覚や知性が欠けていることをフクンデいました。 

しかし、植物の複雑かつ優秀なメカニズムがより解明されるにつれて、
近年では、植物に知性や感覚まで認める学者が出てきています。

本書もその流れに属する書物です。
ただ、類書と少し異なる点、興味を引く点は、「植物を他の動物やコンピューター、人間の脳構造などと比較する」(商品説明より)ところです。
この点が、まさに私の関心ど真ん中でした。

私が植物の感覚・知性論の本を読む理由は、「感覚や知性とは何か」という興味にあります。
我々が、感覚や知性というものがあると思うのは、どういった事象に対してなのか。そう呼ぶ理由は何なのか。
人間の感覚や知性とは異なるものまで、感覚や知性という同じ言葉で呼ぶとき、その言葉が指し示す内容はどう変化しているのか。
感覚や知性という言葉の意味が変わったとき、他の事物への見方はどう変わるだろうか。

要は、ICT技術やAIの登場よって人々のあり方やものの見方が変わるように、植物の知性や感覚を認めると世界の見え方はどう変わるだろうか、という関心です。
そして、それを考えることで、ICT技術やAIによるものの見方の変化を類推的に想像してみたいのです。

『なぜ私たちは存在するのか ウイルスがつなぐ生物の世界』

ウイルスや細菌という存在の特徴や、生物への影響を取り上げていくことで、
我々が生物について考えるときに使っている、「種」や「個体」という見方が適切かどうか考え直す、
そして、どのような別の見方が可能か考えてみよう、という本のようです。

生物の世界とは、「種」や「個体」のような独立した世界というより、細胞や細菌レベルの関係性を含めた全体的な「場」である、というのが著者の主張のようです。
個人的には、「場」というマジックワードで思考を止めるのではなく、この本を読みながら、取り上げる具体例や事例を参考に、
「場」というものの内実や規定について、もう一歩深く踏み込むことはできないか考えてみたいなと思っています。

思想

『リアリティ+ バーチャル世界をめぐる哲学の挑戦』

認知科学の成果を取り入れながら、思考実験など人文学的な手法をとる哲学者デイヴィッド・チャーマーズ。
認知科学・神経科学における「意識のハード・プロブレム」という言葉を作った方です。
彼が昨年刊行した著作が早くも邦訳されました。

私たちがいるこの世界はリアル=本物で確かなものなのか?
この手垢のついた古典的な哲学論議が今回のテーマです。
リアルを疑うために参照されるリアルでないもの、その代表的なものは、かつては夢でした。
しかし、近年では、リアルでないヴァーチャルな世界というものは、VRやAR関連技術によって、より具体的に想像できるようになり、その仕組みも脳神経科学とともに解明が進んでいます。
この状況の変化によって、かつての古典的な哲学論議は新しい顔を見せてくれるのでしょうか。

『アリストテレスの哲学』

アリストテレス『デ・アニマ(魂について)』の翻訳やアリストテレス受容史研究で知られる著者による入門書。
変更がなければ、新板アリストテレス全集の最終巻(別巻『総索引』を除く)となる『形而上学』の訳者のはずです。

『形而上学』の新訳は、当初は2019年に刊行予定とされ、その後2020年には「本年秋の刊行予定」とまで全集の月報に記載されたのですが、どうなっているのでしょうか。
訳は既に出来上がっていて、『総索引』との同時刊行するとかの都合で延期になっているなら、まだいいのですが…
新版アリストテレス全集の刊行が始まって、まもなく丸10年。前回の配本から数えても丸3年。
いい加減、そろそろ完結を言祝ぎたい時期です。
このような新書が出た以上、完結は近いと思っていいんですよね?岩波書店さん!

メスマー『メスメリズム 磁気的セラピー』

哲学史のB級グルメのような本。
18世紀後半のオーストリア医師メスマーの『動物磁気の発見に関する覚書』の翻訳。

空間を満たす不認知の流体エーテルが存在するという考え方は、当時市民権を得ていました。
同様の不認知の流体として、メスマーは磁気をもった磁気流体の存在を想定し、それが生物の体内に動物磁気として存在するとしました。
この磁気に対して、磁石や身体の接触で働きかけることで、ヒステリー患者の治療は成功したと主張したのです。

今日では完全に忘れ去られた存在ですが、19世紀の生気論や催眠療法に影響のあった人物です。

『イエズス会の規範となる学習体系』

哲学史のB級グルメどころかゲテモノ料理に分類されるようなマニアック本。
デカルトが学んだイエズス会学校の学習指導の手引きです。
17世紀の思想背景を知る資料的な価値以上のものがあるかどうかはわかりません。
購入する気にはならないのですが、大書店や大学図書館で手にとって少し中身をのぞいてみたい気はします。

スピノザ全集第5巻『神、そして人間とその幸福についての短論文』  [訳]上野修

スピノザ全集第2回配本は、主著『エチカ』の原型とも言われる初期の著述。
他の著作とは異なり、死後200年近くして発見されたオランダ語の2冊の写本のみによって伝わったものです。
写本の成立の由来はある程度までは推定されているものの、
もとになっているのはスピノザの口述かそれともラテン語文書かなど、どこまで写本の内容がスピノザ自身に帰せられるかについては諸説さまざまあるようです。
それについてどう解説されるかも楽しみです。

本書の既訳には、岩波文庫の古い訳と、みすず書房から数年前に出たものがあります。

後者は、20年以上前にスピノザ協会が全集を企画(出版は頓挫)した際に『短論文』を担当する予定だった方による翻訳です。

『フッサール 志向性の哲学』

現象学のキー概念である「志向性とはいかなるものか」「ていねいに紐解く、唯一無二の入門書」とのこと。
現象学の影響を受けた思想家が述べることは理解できても、現象学って結局は何なのかが昔からよくわからないというのが本音です。
それが、この本で解消されるかどうか、半信半疑で手に取りました。

『ルネ・ジラール』(文庫クセジュ)

欲望や供犠の議論で名前は知っているけど、ほとんど詳しいことは知らないので、勉強のために購入。
クセジュの本は訳文が硬かったり、原文自体が簡潔すぎて、読みにくいことがあるけど、そうでないことを祈るのみ。

カール・マルクス『十八世紀の秘密外交史 ロシア専制の起源』

マルクスが『資本論』に心血を注ぐ傍らで構想された歴史論。マルクス本人によるロシア通史「近代ロシアの根源について」と「ロシアの海洋進出と文明化の意味」、ウィットフォーゲルによる序文も収録。

『オリエンタル・ディスポディズム』で知られるウィットフォーゲルは、本書の構想を発展させて、冷戦期のロシア(ソ連)中国の東洋的専制を考察するようになります。

現在の国際情勢をウィットフォーゲルの東洋的専制論と重ねる視点から、今回の出版も企図されたものでしょう。

ただ、そういう読み方は御免こうむりたいところです。
当たり前ですが、マルクスは真理をつかさどる権威ではなく、その権威が建前上は通用したソ連ももはや遠き彼方です。
ロシア論として読んでもどうかと思うのです。
ウォーラーステインの世界システム論やトッドの家族人類学の視点など、別の枠組みで同じ試みをすればいいことです。

マルクスは、資本主義の探求者であることに限定される以上に、社会変革を目指すことが根底にある人間です。
資本主義研究は、いま社会がどうなっているかという現実の探求で、同時に社会が変わる萌芽を探る探求でした。
同時代の国際情勢、ロシアに関心を持つことは、資本主義と横並びで、自分の時代の現実はどうなっているかという関心がまずあったはずです。
だから、いわゆるマルクス主義の公式資本主義理論にとって、ロシアの特異性を考えるというスタンスよりは、
ロシアの現実を見ながら、マルクスが資本主義についての考え方を色々と模索、試行錯誤しているという本来の見方をしたいのです。

ただ、そうは言っても、ホコリにまみれているよりは、ロシア論という方便であろうと人々の目につく方がいいのも事実ですね。

歴史

古代ローマ史(3冊)

◯『ポエニー戦争の歌』[著]シーリウス・イタリクス

作者のシリウス・イタリクスは、執政官や属州総督を務めた1世紀のローマ人。
本書は、彼が晩年になって書き残した、第2次ポエニ戦争を題材にした叙事詩です。
今回は、全17歌のうち前半第8歌まで収録。後半は5月の刊行が告知されています。

◯『古代ローマ人は皇帝の夢を見たか アルテミドロス『夢判断の書』を読む』

2世紀末頃に書かれたアルテミドロスの『夢判断の書』。
夢判断の仕事を引き継ぐ息子のために、当時の人々のさまざまな夢と、その夢の後に起こった「結果」の実例を集め、夢判断の解説や注意を述べた本。
古典古代では類書が残っていない本です。
国文社の叢書アレクサンドリア図書館の1冊として全訳があります。

本書は『夢判断の書』自体の解説書というよりも、そこに登場するさまざまな事例から、当時の人々ものの考え方や感じ方を取り出した本です。

◯『軍と兵士のローマ帝国』[著]井上文則

どれだけ取り繕ったとしても、ローマ帝国の権力の最終的な根拠は他ならぬ軍隊でした。
本書は、ローマ帝政後期、軍人皇帝時代を専門とする研究者による、西ローマ帝国滅亡までの軍隊についての通史です。
ローマ史理解の必須事項である内容を、一般向けの安価な新書で読めるのはとても嬉しいことです。
しかも、それが軍事の存在感がもっとも高かった軍人皇帝時代の研究者の手によるものなら、内容の信頼度や鮮度も高く、なおさらです。


フランス第三共和政(2冊)

◯『クレマンソー』作品社

ナポレオンとド・ゴールという政治体制をひっくり返した2人を除けば、フランスでは並ぶ者のいない時代の体現者、政治家クレマンソー(1841−1929)。
たしかに、第一次世界大戦後に多額な賠償金をドイツに課すことを強硬に主張した点は、決して無視できない大きなマイナスポイントです。
しかしそれも含めて、ブーランジェ事件、ドレフュス事件、第一次世界大戦というフランス第三共和政の大事件に軒並み関わった歴史的人物です。

日本では、フランス第三共和政は、不安定な国内政治、あるいは帝国主義時代と一括されて扱いが小さく、なかなか全体像がわかりにくい時代です。
それだけに、この評伝から得られるものは多いと思われます。

◯『議会共和政の政治空間 フランス第三共和政前期の議員・議会・有権者たち』

フランス第三共和政を代表する政治家クレマンソーの評伝と奇しくも同じタイミングで、第一次世界大戦前のフランス第三共和政を実証的に分析した研究書が出版されました。
国会議員の経歴、地方議会、有権者と議員の関係など、民主主義の実態を具体的に分析した本です。

「そんな実態がどうであろうと何が面白いんだ?」と思う方もいると思います。
私もかつてそうでした。
そんな方は、騙されたと思って『議員が選挙区を選ぶ 18世紀イギリスの議会政治』[著]青木康を読んでみてください。

18世紀イギリス、議会制民主主義が成立したとされる時代。
しかし、その実態は、我々がイメージする民主主義とはかけ離れているだけでなく、違う価値観で運営されていました。
決議日の議員の出席率の低さに悩む派閥領袖、選挙が行われることは共同体(選挙区)に分断を生むから好ましくない腐敗の証明という考え方など、現代とは異質な原理が働いています。

19世紀ヨーロッパに目を移してみても、民主主義を標榜する政党が、農民など後進的で無知な人々は自分たちを支持しないからと選挙権拡大に反対するような現象が見られる世界でした。
民主主義に勝手な理想を押し付けて現実を一方的に非難するより、歴史的な展開を見ることで理想を相対化、現実を変える地に足ついた考え方のヒントを探る方が私は好みです。

その他

『会話の科学 あなたはなぜ「え?」と言ってしまうのか』

人間が会話に応答する時間は、平均して0.2秒。(日本語は世界最速0.007秒)
しかし脳が言葉を発するために必要な反応時間は0.5秒。
この差を埋める相づち、会話の間などについて分析したという本。

とても興味深い着眼点だと思いました。
そして、それが面白そうな分だけ、この分析が「言語とは何か」についてどのような含意を持っているのか、さらなる研究の展開に期待させられてしまいます。

『文學の実効 精神に奇跡をもたらす25の発明』

人はなぜ物語に心を動かされてきたか。
文学の技法を脳神経科学の知見から裏書き、解明する、という怪しさ満点の本。

ただ、文学的な効果、どんな印象を与えるかを科学的に解明しようとしたら、こんな方法しかないのかもとしれないとも思えます。

『ブッデンブローク家の人々 『悲劇の誕生』のパロディとして』

ある家系を四代に渡って描くことで、19世紀ドイツ市民階級を文学として表現したとされるトーマス・マンの『ブッデンブローク家の人々』。
人物描写が妙に生々しかったり、没落していく一家の運命がどこか現代日本に重なる印象がしたりして、私の好きな小説の一つです。

このマンの代表作を、ニーチェ『悲劇の誕生』との比較で、しかもパロディとして読もうという解釈を展開した本です。
内容に妥当性がどれくらいあるかわかりませんが、面白そうな試みではあるので、手元に届くのが今から楽しみです。

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