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漫画感想 「ハイパーインフレーション」 雁札作りと人間讃歌

人間のカッコいいところが好きだ。

だが、それ以上にカッコ悪いところが好きだ。
真剣になにかに取り組む姿が滑稽にカッコ悪く見えることがあるが、そんなのは最高で、このマンガでは、それを描いた。
無論―真剣に。

『ハイパーインフレーション』 第1巻 作者コメントより

今日はある漫画を紹介したい。

『ハイパーインフレーション』という漫画だ。上記引用は第1巻の作者コメントから。読み直してから見ると、まさに本編はこのコメント通りだったなと思う。

全6巻と短いながらも非常に面白い作品で、久しぶりにオススメしたいと思える漫画だった。思わずこの作品の良さを伝える記事を書きたい、と思うほど。


頭脳戦、だけじゃない

本作品のあらすじはすごくシンプルだ。
巨大な帝国に姉が拉致され、奴隷船へ連れ去られてしまった主人公、ルーク。自分も奴隷にされそうになる大ピンチの中、神から「体からカネを生み出す能力」を授かる。

ただし、カネと言っても、全て紙幣番号が同じ偽札。この中途半端な偽札を出せるという能力1つ、これだけで主人公は巨大な帝国を相手に戦いを始める。


このあらすじだけで抱くイメージは、インテリな頭脳戦だろう。「DEATH NOTE」みたいな。確かに、そういった要素は非常に強い。敵の裏の裏まで考え尽くして、奇策を出す。その手があったか、というような奇策の連続で、読んでいて飽きることがない。

でも、この作品の最大の魅力はそこではないと思っている。ただの頭脳戦のやり取りがあるだけの漫画だけだと、自分がわざわざnoteで紹介するって漫画にはならなかった。

今作品の最大の魅力、それはぶっ飛んだキャラたちと、それが繰り出すドラマ、その裏にある人間讃歌というテーマだと思う。


ぶっ飛んだキャラ

この作品のキャラクター、ぶっ飛んだキャラしかいない。とんでもない価値観を各キャラ持っており、しかもそれがブレない。

優秀な自分こそが世界を救うべきだと信じ込んでいる男だったり。
銃が大好きすぎてしょうがない少女だったり。
紙幣づくりに人生のすべてを賭けた男女だったり。

とにかく、一言でヤバいヤツだと分かるくらいキャラが濃い。でも、こんな狂人じみたキャラたちにすごく愛着が湧いてくる。感情移入してしまう。なぜなのだろうか。

それは、彼らは真剣だからだ。自分のやりたいこと、大事にしていることに全力で生きている。社会的な評価や、見栄えなんて関係ない。ときには「カッコ悪く」ても、彼らは全力で自分のやりたいことに取り組んでいる。
一切の妥協もなく。そんな彼らの生き様は、本当にシビれる。


そして、そんな個性豊かなキャラたちが、共通の目的に手を組んだり、裏切ったり…それぞれの熱い思いが交差して、単純な知恵比べのストーリーじゃない、本当に面白いドラマが生まれてくる。


グレシャムという「ヒーロー」

特に今作品一番のキャラクター。誰しもが思うだろう、この作品のNO1の魅力を持つキャラ。それは奴隷商のグレシャムだ。

最初は敵キャラとして登場するこの男。濃いキャラだなぁ、くらいしか思わなかったが、ドンドンとこのキャラが好きになっていく。

この男は、とにかくカネ。正義とか愛とか、そんなものはどうでもいい。とにかくカネが全てなのだ。だから、主人公の味方にもなるし、簡単に敵にもなる。裏切ることに何のためらいもない。

1コマで裏切るなんて日常茶飯事

この男がいるから、この作品は盛り上がった。こんな薄汚い男なのに、ドンドンカッコよく見えてくるのだ。


それは、彼が完成された「ヒーロー」だからだと思う。

彼自身は少し頭の良い、中年のおっさんで、何の特殊能力もない。ただ、あるのはカネへの執着のみ。

そんな彼の心の強さ、軸の強さ。それに多くの読者が惹かれていく。先程、軸が通った癖の強いキャラが多いと言っていたが、その中でも飛び切りの強さだし、本当にブレない。成長も変化もない。

これが主人公だったり、主要な味方キャラだったりしたら、何の成長もないのは、少し作品としてマイナスだ。だが、グレシャムは違う。味方にも敵にもなる、人狼でいうと「狂人」なポジション。

だからこそ、彼は最初から成長もない完成された、最高のキャラで登場し、そのままで活躍し続ける。だから、読者も安心して見てられる。

自分の精神力の1つで大活躍し、迷いも葛藤もない彼は、一種の「ヒーロー」としての描き方だと思う。


人間讃歌

ぶっ飛んだキャラがいるだけじゃない。物語として見た時も、今作品はすごく優秀だ。

各キャラが、それぞれ人間としての成長が描かれている。ここがこの作品の大きなポイントだと思う。各キャラが対話し、協力し、ドラマが生まれ、成長する。そういった人間ドラマが、この作品の骨子なのだ。

単純な知略バトルとしてみると、かなり無理やり展開なところもある。これが、知略バトルだけの漫画だったら、興ざめしてしまったところもあったろう。


でも、この漫画の書きたいところはそこではない。
冒頭に引用した作者の言葉の通り、例えかっこ悪くても、悪と言われる雁札作りでも、強い意志でやり遂げ、成長していくその姿。その素晴らしさ。

それこそが、この作品の本質、伝えたいことだ。裏切りもするし、人も殺す。そんな汚い行為をしてでも、強い意志で何かを成し遂げようとする。それこそが、人間の本質で、忌むべきことでもありながら、愛すべきところ、という作者なりな人間讃歌が、この作品のテーマだったと思う。

お金(雁札)をテーマに選んだのも、そういった意味ではピッタリだ。


全6巻ながらも人間讃歌を描ききった傑作

この作品、非常にオススメです。
まず、全6巻とめちゃくちゃ短い。これが素晴らしい。やはり物語は短く終わるなら、短いほうがいいのだ(金銭的にも)。

読後感もすごく良いし、よくこの壮大な内容で6冊にまとめきったなと思う。アニメ化とかにもすごく合うのではないだろうか。

オススメです。


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