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「1950年代」「女性」「文学」が奏でるスパイ小説?「あの本は読まれているか」感想

読書ペース、まあまあ順調。

「このミス」の2020年の海外小説部門で9位になった小説。

まだ文庫になっていないソフトカバーの単行本。単行本を買うのは久しぶりだが、創元社やハヤカワの文庫は値段が高くなったので、そんなに割高感はない。

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冷戦下のアメリカ。ロシア移民の娘であるイリーナは、CIAにタイピストとして雇われるが、実はスパイの才能を見こまれており、訓練を受けてある特殊作戦に抜擢される。その作戦の目的は、反体制的だと見なされ、共産圏で禁書となっているボリス・パステルナークの小説『ドクトル・ジバゴ』をソ連国民の手に渡し、言論統制や検閲で迫害をおこなっているソ連の現状を知らしめることだった。──そう、文学の力で人々の意識を、そして世界を変えるのだ。一冊の小説を武器とし、危険な極秘任務に挑む女性たちを描く話題沸騰の傑作エンターテインメント!

冷戦終結後のスパイ小説の停滞を指摘する声は、以前から続いている。

確かに、ジョン・ル・カレやF・フォーサイスのスパイ小説が面白かったのは、敵役であるソ連やその諜報機関であるKGBの優秀さ冷酷さがあればこそだと思う。魅力的な悪役のいない世界のスパイ小説がどうあるべきかは、いまだに答えが出ない問題だ。

そのためか、2000年を越えても冷戦時代を舞台にしたスパイ小説は、一定数書かれている。

あらすじは上に引用したとおりだが、読んでみるとちょっと方向性が違っていた。

読む前は「ソ連が発禁にした『ドクトル・ジバコ』を密かに流通させようと身分を偽って東側に潜入した元タイピストたち。秘密活動を行う彼女たちに迫るKGBの魔の手。果たして無事に任務を達成できるのか?」みたいな話だと思っていたが、実際には、彼女たちの身の危険が及ぶシーンはない。

日本国内での売り方のせいで錯覚していたのかもしれないが、この本の実態は、スパイ小説ではなく、事実に基づいて「文学での諜報活動」にスポットライトを当てつつ、1950年代の女性差別、LGBT問題を描く小説なんだと思う。

スパイ小説としてみるともう少し緊迫感が欲しいが、「ドクトル・ジバコ」作者の少年のような純粋さ、その愛人の過酷な運命、CIAの女性諜報員の悲哀がモノクロ映画のような雰囲気で描かれる。1950年代の東西対立に翻弄される人々を描いた群像小説としては良く出来ている。

税別1,800円はちょっと痛かったが、内容的には満足した。



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