歩くことが最強のソリューション。今こそ“ミトコンドリア”をレベルアップ! 菅原洋平『頭がいい人は脳を「運動」で鍛えている』本文試し読み
先日、読書の秋を推したいと話したばかりですが、運動の秋も捨てがたい!
夏の暑さも落ち着いてきた今から、ウォーキング再開♪なんて方も多いはず。
運動する方も、しない方も必見!
いつものちょっとした動作を変えるだけで「身体」だけでなく、「知能」も鍛えられちゃう!?
今回は『頭がいい人は脳を「運動」で鍛えている』(著:菅原洋平)の試し読みを公開します!
はじめに 運動すると本当に頭はよくなるのか?
できる人ほど、運動をしている──。
さまざまな業界の一流と呼ばれる人々が、筋トレやウォーキング、ストレッチなどの「運動をしている」という話をよく聞くようになりました。
運動は体を鍛えるためのものですが、運動によって頭はよくなるのでしょうか。
「文武両道」「健全な体に健全な精神が宿る」などと言われ、体づくりと頭のよさは関係しているような気もしますが、いまいちはっきりとわからない感じもします。
「運動をすれば頭がよくなるのか」という疑問に対して、これまでにいくつかの答えが出されています。
たとえば、筋肉を使うと脳幹網様体に刺激が入力され、脳がしっかり目覚める。過激な練習で「つらいことに耐える精神」が鍛えられる。運動を通して人間関係、人との関わり方を学ぶことができる……。
しかし、これを聞いて「運動すると頭がよくなる」と納得できるかといえば、物足りない感じがします。科学や医学が発達してきているので、もう少し明確な根拠に迫りたいところです。
たとえば、複雑な手の動きをしたときの脳の働きをfMRIで画像化すると、手の動きの領域以外に、前頭葉の連合野や頭頂葉の連合野に活動が見られます。
運動したことで頭がよくなったとは単純に言えませんが、運動が運動だけで完結しているわけではなく、他の機能の向上になんらかの役に立っていることはわかります。少し科学的な事実に近づいた感じがしてきたでしょう。
運動をすることによる脳の働きへの恩恵がわかれば、運動するモチベーションも上がります。運動好きな人だけでなく、学力や仕事の成績を上げたい人も運動をすることを選択しようと思えるでしょう。
運動が人間にとって必要であることはなんとなくわかるので、「やってみよう」と背中をもう一押しする事実を本書ではご紹介しつつ、実践的な方法をお話ししています。
●脳へのいい影響──3メッツのスローな運動でミトコンドリアが増える
運動をすることで、脳には次のようないい影響があります。
「脳のエネルギーを持続的に生み出す、脳細胞ミトコンドリアが増える」「自律神経が整い、心と体が健康になる」「認知機能が高まり、知的作業の能力が上がる」
したがって、「思考力」「学習能力」「集中力」「記憶力」「モチベーション」「コミュニケーション力」……など多くの能力が高まるのです。そして、心配事や不安で心が不安定になることも、極力防ぐことができるようになります。
さらに言えば、ミトコンドリアが増える運動をするということは、筋肉が増え、脂質が減るということなので、体も引き締まっていくのです。
つまり、「頭」も「体」もスマートになります。
脳にいい運動とは、決してきつい運動をすることではありません。基本的には、3メッツほどの弱い運動で十分です。
3メッツの運動強度とは、「歩く」「軽い筋トレをする」「掃除機をかける」といったハードルの低い運動です。
この程度の運動を、「休日+平日2日」で行なうだけで、脳の機能は驚くほど変わります。ただし、やり方にはちょっとしたコツがあります。
筋トレ、ウォーキング、オフィスワーク、ストレッチ……など、いつもの動作をちょっとだけ変えれば、よりよい影響を与えることができます。難しいことをするのではなく、いつもと同じ労力でもやり方のコツを知れば、大きな違いが生まれるのです。
たとえば、ストレッチをするにしても暗い部屋でする。筋トレをするにしても、ゆっくり力を弱めながら行なう、などのコツを知れば脳にはよりよい影響があります。
また、呼吸、睡眠、咀嚼運動、目の動きも、脳にとっては運動です。これらは、いわゆるスポーツ的な運動をするよりも簡単にできるので、ぜひ知ってください。
後ほど詳しくお話ししますが、脳にいい運動を行なうときに気をつけることは3つ。
「姿勢を正す」「ゆっくり動く」「〝ゆっくり〟と〝速い〟動きを繰り返す」です。
運動をするときは、すばやく動くことが大切だと思いがちですが、スローな動作にこそ脳を鍛える秘訣があるのです。
本書では、脳を冴えさせ、体調もよくなる、「頭と体のコンディションを整える」運動のコツをご紹介しています。
●運動は「脳の出口」
少し触れましたが、運動とはスポーツに限りません。日常生活で登場する体の動きそのものが脳にとっては運動です。ですから、たとえあなたが運動嫌いであったとしても、これからお話しすることを悲観的に思う必要はありません。
私の職業は、作業療法士です。作業療法士は、リハビリテーションの専門職で、病気や事故によって自分の「やりたいこと」「やるべきこと」ができなくなってしまった人に対して、それらを再びできるように医学的にサポートします。
作業療法士が行なう、この「脳を治療する技術」は、あなたが日常生活でもっと脳の働きを向上させることにそのまま応用できます。
私たちリハビリテーションの専門職が脳を治療するとき、運動とは「脳の出口」と考えます。脳のリハビリテーションでは、脳の一部を損傷したことで失われた能力をとり戻すために、残された脳でその能力を代行します。脳を変えるときには、脳をひとつの箱のように考え、どの入口から入ってどのルートを通るかを考えるのです。
脳を変えるということは、神経のルートを変えるということ。ただし、どのルートを通っても出口はひとつです。その出口とは、運動。つまり、体の動きです。
患者さんが脳に損傷を受けてお箸を使えなくなったら、「残った脳の神経ルートを通って、損傷前とは違う脳の使い方でお箸を使えるようになればよい」と考えるのです。
出口から出た運動は、それで終わりではありません。その運動によって得られた感覚が脳に戻されて、自分が意図した運動との誤差を修正して、次の運動をつくります。つまり、運動によって脳の中がつくり変えられていく仕組みがあるのです。
さらに、その運動が記憶されて、運動をする前から体がどのように動けばよいのかを予測して準備をする働きもあります。これで、脳はよりよい運動ができるように効率化されるのです。
脳が運動を命令し、運動が脳を変える。運動は、脳の働きとは切っても切れない関係なのです。
●心や性格を変えなくても、運動で脳は変えられる
脳の働きを向上させようと思うと、自分の心や意識を変えなければならないと身構えてしまうかもしれません。クヨクヨ悩む性格を変える、仕事を先延ばしする性格を変える……。
しかし実は、脳の治療においては、クヨクヨ悩んだり、先延ばしする性格などはありません。それらは、脳の働きと実際の運動がうまく噛み合っていないだけです。脳で思い描いたように運動できないギャップを、後付けで「性格」としているだけです。
心や性格を変えるのは、目に見えないことなのでなかなか難しそうですが、体の動きは実際に見ればわかります。
その動きを変えることならば、簡単にできそうな気がしませんか。
脳はひとつの内臓であり、その取り扱い方がわかれば自然にやる気が出てきます。
脳を変えようと頑張るのではなく、運動で脳が変わると知ってください。
原因を心理に求めず、まずはその手前にある生理的な解決をしてみましょう。
●〝運動嫌い〟でもあきらめなくていい!
「私は生まれつき運動神経が悪いから……」。そんな言葉をよく聞きます。運動が話題になると、「自分には無理だ」とあきらめてしまう人もいるかもしれません。
では、運動能力のよし悪しは、生まれつきのもので、変えられないのでしょうか。
本書は運動で脳の働きを高めることがテーマで、あなたに役立てていただくことを目指すので、この点を明らかにしておきましょう。
遺伝と運動能力の関係は、少しずつ明らかになってきています。この点を明らかにするには他の要素を除外するため、マニアックな運動能力に着目することになります。
遺伝子によってその能力の差が出る運動として、明確に示せるのは眼球運動です。「目の動きが運動?」とあまりピンとこない人もいるかもしれません。
目の動きについては本書の中で詳しく取り上げていますが、野球やサッカーなどのボールスポーツから、作業の器用さまでさまざまな場面で関係するのが目の動きです。
映画館など暗い所から外に出たときに、最初はまぶし過ぎてよく見えなくなるのを経験したことがあるはずです。明るい所から暗い所、暗い所から明るい所に移動したときは、目の筋肉がそれに適応する運動をします。
実は、この明暗の順応に関係する遺伝子があることが明らかになっています。明暗順応がスムーズな人と、そうではない人は生まれつきその性質が決まっているのです。
そして、明暗の順応がうまくいかない人は、動く物を見る動体視力がうまくいかないということも明らかになっています。つまり、動体視力は生まれつきの才能だということになります。
では、映画館から外に出てしばらくまぶしく感じる人は、動体視力が要求される野球選手にはなれないのでしょうか。運動能力が遺伝によって決定されるならば、こんなことになってしまうのですが、遺伝子で決まっている動体視力の能力は、練習によって向上させられることも明らかになっています。
たとえば、両腕をまっすぐ目線の高さに伸ばして親指を立てて、左右に広げていきます。目で追えるギリギリの位置まで広げて、左・右・左・右と立てた左右の親指を交互に見ます。このトレーニングは、目の動きの向きを変える外眼筋を鍛えています。
野球のトレーニングなどで必要な動きを2カ月ほど継続すると、動体視力が高まるのです。
つまり、生まれつきの苦手があっても、それは変えることができる。これが科学的に証明されてきています。運動が苦手だからといって、あきらめなくていいのです。
●仕事、勉強、人間関係の質を変え、体も引き締まる「運動」のコツ
本書では、第1パート(1~3章)で脳の基本的な能力と運動についてお話しします。「脳の神経の栄養を増やす」「エネルギー源のミトコンドリアを増やす」「脳の温度調節機能を高める」ことを目指します。
第2パート(4、5章)では、「脳が自動的に体の機能を調整する、自律機能を高める」ための方法をお話ししました。
そして第3パート(6~8章)では、「脳の働きである認知機能を高める」具体策をお話ししました。知的作業をする能力が高まります。
これらを成し遂げるために使うのが「運動」です。
仕事、勉強の質が上がり、コミュニケーション力も高まります。そして、体のコンディションも整います。
運動で脳を変える、心を変える。これから一緒に始めていきましょう。
菅原洋平
***
Part1 ミトコンドリアを増やす
第1章 脳は「運動」で鍛えるのが一番手っとり早い!ミトコンドリアを増やす運動と習慣化のコツ
■〝つやがあって幹が太い〟脳は運動でこそつくられる!
あなたの脳の中では、今日も新しい神経が生まれています。若く健康な神経は、お互いにつながる意欲にあふれ、お互いの持てる力を出し合い、脳を成長させています。
そんな神経たちには、ぜひとも頑張ってもらいたいもの。この神経たちがもっと頑張れるように、何か栄養のある食べ物でも差し入れしたいところです。
「神経に若いとか、健康とかあるの?」と思われるかもしれません。
最近の脳画像技術では、神経の形がはっきりと映し出されます。健康な神経は、太く長い幹を持ち、たくさんの枝を伸ばしています。
それに対して、元気がない神経はひょろひょろっと細くて短い幹で、横から出る枝の数もわずかで、それも短いのです。
想像だけではなく、実際の神経を見てしまうと、何か肥料を与えてあげたくなります。そんな私たちの希望を叶えることができます。
実は、神経に肥料のような役割をするタンパク質があることが明らかになっています。その名は、「脳由来神経栄養因子(BDNF:brain derived neurotrophic factor)」。
なんとも仰々しいこの名前は、1980年代後半になって脳内に多量に存在することが発見されて名づけられました。
BDNFは、神経を成長させたり、存在を保護し、その神経が変化する「可塑性」を助けています。
記憶を司る海馬という部位をはじめとした脳内の神経で産生されて、神経同士が情報伝達をするときのコード化や、伝達を受けた神経がスムーズに興奮できるようにサポートをしています。
つまり、私たちの脳内の神経が健全に働くためにはなくてはならない栄養であり、私たちの日々の学習や行動を陰で支えているのです。
このBDNFは、ストレスによって減ってしまいます。ストレスによって肥料が奪われると、神経の幹はやせて情報を伝達する意欲もなくしてしまうのです。
そんな神経を再びつやつやにし、元気に働いてもらうためにBDNFを増やすことができる方法があります。それが、運動です。
■自分で〝自分の神経細胞〟を攻撃していないか?
ストレスで神経の栄養が減るなんて、「やっぱり私の元気のなさはストレスのせいだ」「あの上司が私の大事な神経くんの栄養を奪っているんだ」と思った人は、ちょっと待ってください。
「ストレス=職場の人間関係」と紐づけてしまうと、神経の栄養は増やすことができません。なぜなら、人間関係のように自分の外の環境に原因を求めてしまうと、たとえ職場を変えて別の人間関係の中で生活したとしても、またその中からストレスになる人間を探し出してしまうからです。
「自分でストレス上司を探し出している? 私のせいだって言うの?」と思わずに、ストレスの実態は何なのか、脳内で起こっていることを知りましょう。
脳にとってストレスとは、ずばり「感染」です。
こう言われると「どういうこと?」と感じるでしょう。脳は、体の外からウイルスが侵入するのを防ぐ働きを持っていて、このことを私たちは「免疫力」と呼んでいます。ちょっとややこしいですが、その働き方をお話しします。
外部からウイルスが侵入すると、脳の視床下部というところから副腎皮質ホルモンという放出ホルモンが出て、それを受けた下垂体というところから副腎皮質刺激ホルモンが出て、それを受けた副腎皮質からコルチゾールという物質が出ます。
コルチゾールはサイトカインというタンパク質を介して、ウイルスをやっつけます。こういった働きが免疫システムです。
私たちが「ストレス」と呼んでいる「精神的ストレス」は、この免疫システムの誤作動です。
予想外のことが起こると実際にウイルスが侵入したわけでもないのに、先ほどと同じような働きによりコルチゾールが出されます。
しかし、このような場合、コルチゾールがやっつける肝心の相手がいません。すると、充満したコルチゾールは、持て余してしまい自分の脳の神経細胞を攻撃します。
■記憶力と学習能力を司る「海馬」が健康になる
最も攻撃対象になりやすいのが、海馬です。精神的ストレスによって、私たちの脳は自分の免疫システムで自分の海馬の神経を攻撃してしまうのです。
ストレスな状況下にいると、自分で自分を攻撃してしまう。その結果、私たちの記憶や学習を司る海馬がやせてしまう。
実際に、うつ病の人の脳画像を見ると、やせた海馬が映ります。この海馬を太らせるために、神経に栄養をせっせと与えましょう。
まずやるべきことは、ストレスを受けた脳の取り扱い方を知ることです。
あなたは「今週はストレスがたまったな」と感じた週末、どんなふうに過ごしますか。
週末は1日中家でごろごろしていたい。仕事の緊張感から解放されて好きなだけダラダラすると、禁欲を解除されたようでこの上ない喜びを味わえると思いがちです。
そう考えて、ごろごろして1日が終わった。翌日はまだ休み。朝目覚めて「もう1日ごろごろできる」とほっとして、また休んでいると、徐々にごろごろできる期限が迫ってくる。夕方あたりになると「明日から仕事か」と憂うつな気分になり、月曜の朝には重い体を起こして会社に向かう。
こんな想像が頭をよぎりませんか。ストレスの対処法を聞かれて「週末ごろごろする」と想像するのは、誰に教えられたわけでもないのに、とても浸透しています。
「そんなことをしたら余計にストレスがたまってしまう」と、反論する人はほとんどいないでしょう。
ですが、週末ごろごろでは、神経に栄養を与えることができません。
以前は医学的にもストレスにさらされた状況から回復するには、ゆっくり休むことが重要だと思われていました。うつ病と診断されると、休職してゆっくり休むことが治療だとされていました。
しかし、今ではその真逆で、うつ状態の改善は体づくりから始めることがスタンダードな方法になっています。なぜ、真逆の方法に変わったのかというと、休んでいても症状が改善しないからであり、その理由は、神経に栄養が届けられないからです。
やせた海馬を太らせるためには、運動で体をつくることが必要なのです。
■知れば知るほど〝脳の栄養〟は運動で増やしたくなる
神経の栄養であるBDNFの働きを、もう少し詳しく知っておきましょう。知れば知るほど、運動で脳の栄養を増やしていきたくなると思います。
運動トレーニング中に増加するBDNFの主な働きをリストアップしてみます。
・神経可塑性(神経の成長):長期記憶が増える。神経同士で交わされる情報の伝達能力を向上させる。学習する能力を改善させる。
・神経栄養伝達:神経細胞の生存能力を促進させる。神経細胞が分化して増えていくことを促進させる。
・神経保護作用:虚血状態になって損傷してしまうことを抑制する。神経の幹である軸索が損傷してしまうのを抑制する。
この中で特に注目したいのは、学習能力改善機能。
これが発見された研究を紹介します。この研究では、ラットを7日間自由に走らせたときの、海馬におけるBDNFのmRNAの発現を記録しました。
すると、走ったことにより、明らかに遺伝子が発現しました。その発現率は、運動しない群に比べて2倍にもなりました。
要は、BDNFの増加は運動の走行距離と依存関係にあり、走行距離が長いほど増加し、長期間定期的に運動をすることによって、BDNFが増加していく可能性が示されたのです。
こんな研究もあります。ラットの子宮を摘出してホルモン上閉経を迎えた状況で、女性ホルモン(エストロゲン)投与と運動を組み合わせて行なうと、BDNFが増加したのです。閉経後の女性では、BDNFが減少することが知られています。
この研究が、人にどれだけ適応できるかは今後明らかになっていきますが、主に骨粗鬆症の予防が目的で投与される女性ホルモンは、運動療法と組み合わせることで、脳機能の維持や改善にも有効である可能性も期待できます。
また、脳機能と運動の関連では、うつに対して有効であるとされています。抗うつ剤を飲むことと運動を同時に行なうと、BDNFが増加することも明らかになっているのです。抗うつ効果は薬剤よりむしろ運動のほうが大きいとも考えられています。
■うつ病治療にみる運動量の大切さ
うつ病や認知症は、脳の機能が低下した状態です。
その治療では、先ほどお話ししたように、休ませることより、むしろ運動することが重要であることが現在の標準治療になりつつあります。
実際に、企業のメンタルヘルスの取り組みでは、うつ病により休職して抗うつ薬を飲んで自宅休養すると、なかなか現場に戻ることができません。
一方で、「働きながら治す」という考え方で、仕事量や出勤日は減らしつつも、会社に通う最低限の生活リズムと運動量を確保して、休日に運動や睡眠を強化するトレーニングを行なうことで、抗うつ薬の使用も一時的に限定することができ、現場に戻る率も上がります。
これらは、神経に栄養を与えるBDNFが増えたことが背景にあると考えられます。脳にとっては、休息ではなく、運動が栄養になると考えることが自然なのです。
■「3メッツ程度のゆるい運動」が脳に栄養を届けてくれる
神経の栄養BDNFは、運動で増やせる。
このような話を聞いて「私は運動が苦手だからダメだな」と思った人もご安心ください。この場合の運動とは、スポーツに限ったことではありません。運動によってBDNFが増加したことが明らかになった実験で使われたのは低強度運動です。
神経に栄養を与える運動を考えるときは、その強度・運動時間・頻度の組み合わせを考えます。
脳の働きを回復させることを目的とした運動療法の報告が多数されていますが、その条件から考えられる最適な組み合わせは、「低強度の運動(3メッツ)を週3回30分程度」です。
運動の強さを示す単位を、メッツ(METs)と言います。安静にしているとき(横になったり座って楽にしている状態)を1としたときと比較して、何倍のエネルギーを消費するかで活動の強度を示します。
日常で私たちがよく経験する活動の運動強度はこちらです。
3メッツ:歩く、軽い筋トレをする、掃除機をかける。
4メッツ:速歩きをする、自転車に乗る、子供と屋外で遊ぶ、洗車する。
6メッツ:軽いジョギング、室内でエクササイズ、階段の昇り降り。
8メッツ:長距離走を走る、クロールで泳ぐ、重い荷物を運搬する。
必要なのは3メッツ程度の運動なので、日常的に歩くことや家事をこなすことでも条件を満たしています。
反対に考えると、これら日常の生活で私たちの脳の栄養は保たれているのです。
毎日の通勤や家事は、ずっと続くゴールがない運動なので、それだけですごく負担に感じてしまいますが、これらがなくなった生活をイメージしてみてください。
どこにも行かなくてもいいし、何もしなくてもいい。このような生活になると、私たちの脳内の神経は栄養がなくなってしまい、やせ細っていくのです。
ハードな運動をする必要はありません。毎日の生活すべてを「これで神経に栄養をあげているのだ」と思いながら取り組んでみましょう。
■「脳に悪い習慣」も知っておけば万全!
毎日の生活を運動だと捉え直して、海馬を太らせてみましょう。そして、同時に考えたいのは、「毎日の生活で海馬をやせさせる習慣をやめる」ということです。
せっかく神経の栄養を増やすことができても、それを減らす習慣がつくられていては本末転倒です。
精神的ストレスとは、脳が自分の神経を攻撃してしまうことだとお話ししました。この攻撃をする役割を担うのがコルチゾールであり、多過ぎるコルチゾールで神経の栄養であるBDNFは減ってしまいます。
このコルチゾールは、質の悪い睡眠をとると増えてしまいます。
コルチゾールを余分に増やさないために、いい睡眠の形をつくっていきましょう。
質のいい睡眠を得るには、睡眠中に分泌されるホルモンが、たっぷりとタイミングよく分泌されることが条件になります。
睡眠中に分泌されるホルモンは、大まかに前半と後半に分かれます。ここで、簡単に睡眠の形について知っておきましょう。
私たちの睡眠は、「約90分を周期に、深くなって浅くなるサイクル」を繰り返します。
睡眠時間が6時間の人は、4サイクル。7時間半の人は、5サイクルということです。
約90分とお話ししたのは、90分とはただの平均値だからです。人によって80分周期の人もいれば、100分周期の人もいます。
また、同じ人でもその日の出来事によって周期の長さは異なります。
たとえば、知らないことを学習した日は、脳が処理しなければならない情報が多いので周期が長くなります。
嫌な出来事があった日は、脳はその記憶を定着させないように深い睡眠をつくらずに短い周期の睡眠をつくります。
このように、日々の出来事に合わせて睡眠は設計されていて、その平均値が90分だということです。
眠り始めて、約90分でぐっと深く眠って、浅い眠りになり、浅い眠りの後にはレム睡眠が出現します。
レム睡眠は、眼球が急激に動き、体の動きの記憶を脳内で反復したり、不要な記憶を消去する役割を持つ睡眠です。
これを繰り返しますが、深い睡眠が出現するのは最初の2サイクルまでです。その後の後半の眠りでは、浅い睡眠とレム睡眠のみが繰り返されます。
●「ぐっすり」と「スッキリ」がいい睡眠の条件
前半に睡眠が深くなったときに分泌されるホルモンが、成長ホルモンです。そして、睡眠の後半に分泌されるのがコルチゾールです。
成長ホルモンは、眠りが深くなるほど分泌が増え、最初の約90分に最も分泌されて約3時間で分泌が終わります。
一方、コルチゾールは、血圧や血糖値を高めて脳を目覚めさせるのが役割で、起床する3時間前から分泌が増加し、起床1時間前から急激に増えて、コルチゾールの量がピークになると私たちは自然に目が覚めます。
このように、睡眠中のホルモンは、おおまかに前半に分泌されるのが成長ホルモンで、後半がコルチゾールという形になっています。
前半で「ぐっすり」眠り、後半で「スッキリ」起きる。この形が質のいい睡眠の条件です。
この意味では、コルチゾールは悪者ではありません。私たちの脳がスッキリ集中できるために役立っています。ただし、ムダに増え過ぎると、私たちの神経の栄養を奪ってしまうのです。
睡眠の形は、前半と後半のバランスが大切です。
前半の成長ホルモンの分泌が減ってしまうと、相対的に後半のコルチゾールが多い図式になります。
そこで、私たちが脳の栄養を減らさないためには、成長ホルモンを増やす睡眠をとることが大切なのです。
***
以降の章では、もっと詳しい技術や呼吸法を解説しています。
<収録内容>
はじめに
Part1 ミトコンドリアを増やす
第1章 脳は「運動」で鍛えるのが一番手っとり早い!ミトコンドリアを増やす運動と習慣化のコツ
■〝つやがあって幹が太い〟脳は運動でこそつくられる!
■自分で〝自分の神経細胞〟を攻撃していないか?
■記憶力と学習能力を司る「海馬」が健康になる
■知れば知るほど〝脳の栄養〟は運動で増やしたくなる
■うつ病治療にみる運動量の大切さ
■「3メッツ程度のゆるい運動」が脳に栄養を届けてくれる
■「脳に悪い習慣」も知っておけば万全!
■成長ホルモンを増やすカギは「運動で体温を上げること」
■絶対に守ること──この時間に眠ってはいけない
■〝週1回の激しい運動〟よりも「休日+平日2日のゆるい運動」に意味がある!
■「イライラする」「やる気が出ない」の原因はスヌーズ機能のせい!?
■自己覚醒法で脳のダメージを減らそう
■現代版「健全なる精神は、健全なる身体に宿る」
第2章 ミトコンドリアを増やして脳のエネルギー源を確保する 脳にいい「筋トレ」「ウォーキング」「咀嚼運動」の技術
■糖分をとっても脳は元気にならない!?
■脳のエネルギーを生み出し続ける「ミトコンドリア系」の力
■ミトコンドリアが増えると、筋肉が増え、脂質が減る!
■脳トレよりも運動をしよう
■いくつになっても〝脳をつくり直せる〟パワーリハビリの技
■筋トレの効果を最大限にするコツ──ゆっくり弱める「遠心性収縮」
■「速い動きが優れている」というのは幻想
■ミトコンドリアを効率的に増やす3つの運動原則
■〝5分に1回早歩き〟を繰り返すと能力が上がる!?
■脳の負担を減らすインターバル仕事術
■「今日はこのパターン」と決めて、集中できない自分につき合わない
■「脳の冷却システム」を機能させるには〝メリハリ〟が必要
第3章 「温度管理の運動」が脳へのダメージを防ぎ、成長させる 有酸素運動と睡眠が「記憶力」「学習能力」を高め、体も引き締める
■脳は温度変化によってダメージを受ける!
■やっぱり「有酸素運動」で脳は強くなる!
■「褐色脂肪組織」を冬の運動で発達させる人はスマート
■脳のエネルギー発電は火事と同じリスクもある!
■睡眠は「脳の温度」を下げてくれる積極的活動
■深い睡眠は脳の成長には欠かせない
■パチンコのゴムをイメージして深い睡眠をつくる
■脳の温度管理をラクダから学ぶ
■いつもコンディションがいい人は〝頭寒足熱〟
■人間の体は「強みを伸ばす」と「弱みが改善される」便利な仕組みがある
Part2 自律機能を高める
第4章 自律神経を整える運動がハイパフォーマンスを実現させる いつも好調な自分をつくる「ストレッチ」「姿勢のつくり方」
■脳は「頑張ること」と「休むこと」がちぐはぐになりやすい
■自律神経が自動的に体を調整してくれている
■運動習慣が自律神経のバランスを整える
■交感神経と副交感神経のGOとSTOPの働きを〝派手に〟しよう
■交感神経の活動を〝朝高めて夜鎮める〟運動をしよう
■運動が〝つらい〟から〝気持ちいい〟に変わる瞬間
■時間帯によって〝運動の意味〟は変わる
■この準備が体への負担を減らす
■休日の日中に汗をかくことは一石二鳥のメリットがある
■寝る前に「まっくらストレッチ」をしよう
■なぜ、できる人ほど忙しくてもジムに行くのか?
■忙しさで運動の強さを調整しよう
■交感神経の上がり過ぎはこの2つでチェック可能
■1年を通してハイパフォーマンスを実現する「季節の変化を乗り切る」技
■「体がかゆい」は運動をするべきサイン
■窓から1メートル以内に〝移動する〟だけでもコンディションは整う
第5章 呼吸は脳と体のコンディションを整えるための重大な運動 仕事・勉強の成果を上げ、感情も整える〝3つの呼吸〟
■呼吸は「生命維持」のための大切な運動
■運動としての呼吸──脳にとって呼吸は3種類ある
■ゆっくりとした呼吸がエネルギーになる
■「口すぼめ呼吸」をする人は、仕事も勉強も好調に進む!
■「呼吸力」がある人は横隔膜を7センチ下げている
■呼吸の筋トレで〝不調知らずの自分〟をつくる
■「前かがみ横向き」で睡眠中でも呼吸力を鍛えられる
■感情に振り回されない人の「第3の呼吸」
■呼吸は〝コントロール〟より「観察」が大事
■呼吸を観察するシンプルな方法とは?
Part3 認知機能を高める
第6章 「アイデア」「集中」「コミュニケーション」は目の運動が決めている 知的作業を支える〝眼球運動〟とは?
■脳の力を高めるために外せない「目」の運動
■集中できなくなっているサインとは?
■マイクロサッケードを防げば残業がなくなる!?
■あなたに気づかせずに「あなたの脳が眠る」マイクロスリープ
■効率的に脳を休ませる計画仮眠4つのルール
■ミスは〝この目の動き〟が引き金となっていた!
■知的作業を支える〝情報収集モード〟と〝デフォルトモード〟をつなぐ運動
■トイレに行ったときにいいアイデアがわく理由
■「焦点視」と「周辺視」が強制的に切り替わるときが落とし穴
■「気分で休憩」よりも「脳のネットワークを切り替える」という思考の転換
■コミュニケーションも目が決めていた!
■目の使い方で社会のあり方が決まる
■デジタルデトックスで脳の冴えをとり戻す!
第7章 「競合の原理」を知れば〝行動力の高い自分〟をつくれる 〝心配事にとらわれない〟〝すぐやる〟ための秘策
■人は、運動中には悩まない
■脳の〝右〟と〝左〟は仕事を奪い合っている!?
■体の動きが健全なメンタルを保ってくれる
■「考えるより先に動く」ことで脳は機能する
■適切な行動を吟味する脳の仕組み
■いつも冷静な人は「秒カウント」で動きに〝間〟を与える
■ドーパミン依存から抜け出すと満足感が増す
■「仮想現実」ではなく「実感覚」を脳に届けることが重要
■「○○みたいな感じ」という〝ひとり言〟がイメージと現実のギャップを埋める
■「体が動く言葉の使い方」をマスターするのは簡単!
第8章 「動作の記憶」で脳をバージョンアップする 適応力と応用力は社会人の「最強スキル」
■「適応力」と「応用力」をつける脳の使い方
■「動作の辞書」は脳のどこにある?
■頭がいい人は〝チャンク〟で脳の容量を増やしている
■めんどくさいがなくなる「体が勝手に動く」命令法
■「ちょっとだけ手をつける」「連続させたところで切る」が行動力を高める
■さあ、習慣を自らつくり直そう
おわりに
著:菅原洋平『頭がいい人は脳を「運動」で鍛えている』
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