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【無料公開1】5分で読める! 憂鬱の裏側にある秘密をイヤイヤ暴く探偵小説

月曜日は気分が沈む……注文した料理がなかなかこない……スマホの充電がすぐなくなる……

「そんな依頼はおれにまかせ――ないでほしい。ぜったいに。」

「憂鬱な出来事」の裏にひそむ“秘密”をイヤイヤ暴く!どこか冴えない探偵のショートショート。

誰にでもある「憂鬱な出来事」の裏側にある秘密を“意外な視点”で暴く。「情熱大陸」出演で話題の現代ショートショートの旗手による9篇を収録。

『憂鬱探偵』(2023年2月17日)発売を記念して、「足を踏まれる」を1篇まるごと無料公開!(1話を5分で読めるように、1篇を分けて連載形式でお届けします)


西崎徹(にしざきとおる)は会社の預金通帳を眺めながら、ため息をついた。
 
今月もギリギリだな……。
 
頭の中を占めていたのは、この自宅兼事務所の家賃のことだ。
 
残高からそれを差し引いて、生活にあてられそうなおおまかな額を算出する。
 
学生の仕送りだって、もっとありそうなもんだがな……。
 
そのとき、事務所の扉が勢いよく開けられた。
「おはようございますっ! 今日もよろしくお願いしますっ!」
 
聞こえてきたのは、溌剌(はつらつ)とした声だった。
 
その声の主──花倉若菜(はなくらわかな)は、西崎を見て心配そうな顔をした。
 
「あれ? 西崎さん、何かありました? なんだか浮かない顔してますけど……」
 
「いや、なんでもないよ」
 
西崎が慌ててごまかすと、若菜は言った。
 
「ならいいんですけど。っていうか、もしかして、昨日の夕食もそれだったんですか? もっとちゃんとしたものを食べないと、ぜったい身体(からだ)によくないですよっ!」
 
「はは、そうだね……」
 
西崎は苦笑を浮かべ、前を見やる。テーブルの上にはカップ麺の残骸(ざんがい)が転がっている。
 
来月も確実にお世話になるであろうそれに心の中で感謝をしつつ、西崎は小言から逃れるためにもさっさと容器を片づけに行く。
 
ニシザキ探偵事務所。
 
それが西崎の営む事務所の名前だ。
 
大学を卒業したあと、西崎は中堅の探偵事務所に就職をした。自堕落な生活を送っていたツケが回って就職先が決まらずにいた矢先、たまたま目についたのがその探偵事務所の求人で、西崎はあまり深く考えることなくその世界に飛びこんだ。
 
探偵とは、パイプをくわえたりしながら難事件をあざやかに解決する人。
 
さすがにそんなイメージはもともと持っていなかったが、ターゲットの素行調査で張りこんだり、人探しで動き回ったり、なかなかにハードな日々が待っていた。
 
西崎はそれでもなんとか食らいつき、やがて基本的な仕事をひとりでこなせるようになった。そして、三十歳の節目を迎えたところで独立しようと思い立った。
 
自分の裁量で仕事を選んで、自由に働く。
 
そんな生活に憧れたからだ。
 
しかし、その甘い考えは事務所を構えてすぐ打ち砕かれた。
 
依頼がほとんど来ないのだ。
 
西崎はまれに舞いこむ仕事でかろうじて食いつなぎつつ、途方に暮れた。
 
自由にやれるどころか、このままだとバイト生活もあり得るぞ……。
 
若菜がやって来たのは、そんなときだ。
 
「すみません!」
 
ノックのあとに入ってきた人影に、西崎は依頼主かと胸を弾ませ立ち上がった。
 
が、相手は開口一番にこう言った。
 
「あの! ここで働かせてほしいんですけど!」
 
「は?」

西崎は虚を衝(つ)かれて素っ頓狂な声をあげた。けれど、この古い雑居ビルにはほかにもたくさんの会社が入っていることに思い至り、部屋を間違えたのだろうと合点した。
 
「えっと、たぶんですけど、それはうちじゃないんじゃないかと……」
 
そう言うと、相手は不安そうな顔になった。
 
「えっ? ここ、ニシザキ探偵事務所ですよね……?」
 
西崎はおずおずうなずいた。
 
「そうですけど……」
 
「なら、間違ってないです!」
 
相手は勢いを取り戻して頭を下げた。
 
「ここで働かせてください! お願いします!」
 
「ええっ……?」
 
たじろぐ西崎に、若菜は名前を告げて熱っぽい口調で話しはじめた。
 
自分は二十歳の大学生で、昔から探偵の仕事に憧れていたこと。少し前から何もない自分に悩みはじめ、そんな自分を変えるために一歩を踏みださないとと決意したこと。その矢先、たまたまここの看板を目にしたこと。運命に違いないと、すぐに扉を叩(たた)いたこと……。
 
「なるほどね……」
 
西崎は半ば呆(あき)れながら、若菜に言った。
 
「でも、きっときみは探偵という仕事を勘違いしてるんじゃないかな。警察に頼られて名推理を披露するような人をイメージしてると……」
 
「それくらいは知ってます!」
 
若菜は西崎の言葉をさえぎって、心外そうに頬をふくらませた。
 
「現実世界の探偵さんは、いろんなことを地道に調べたり探したりするのがお仕事なんですよね?」
 
「まあ、そうだね……」
 
なんだ、ちゃんと知ってるのか。
 
西崎が意外に思っていると、若菜は身を乗りだした。
 
「それでそれで……困ってる人を助けてあげる人ですよね!?」
 
真正面から言われて気恥ずかしさも覚えつつ、西崎は答えた。
 
「まあ、一応は……」
 
「じゃあ、やっぱり私、間違ってないです!」
 
若菜は声を強めて同じ言葉を繰り返した。
 
「お願いですっ! ここで働かせてくださいっ!」
 
「いや、そう言われても……」
 
西崎は閉口してしまう。
 
少なくとも今は自分が食べていくだけで精いっぱいで、人を雇えるほどの金銭的な余裕はない。そもそも肝心の仕事がほとんどないので、手伝ってほしいことも別にない。
 
「あっ! バイト代ならいりませんので! やることだって、ちゃんと自分で見つけますから!」
 
西崎の内心を見透かしたように、若菜は言った。
 
「邪魔にだけはならないようにしますので、お願いしますっ!」
 
強い視線で見つめられ、西崎はとうとう根負けした。
 
「……本当にバイト代は出せないし、今のところお願いしたいことも特にないよ?」
 
「わっ! 働かせてもらえるんですね!?」
 
若菜はパァッと笑顔を咲かせた。
 
「ありがとうございますっ! がんばりますっ!」
 
それからというもの、若菜はニシザキ探偵事務所に出入りするようになった。と言っても、仕事がないのは相変わらずで、具体的に手伝ってもらいたいことはひとつもなかった。
 
西崎としては気まずい思いをしたものの、若菜は気にするどころかこう言った。
 
「依頼がないのは、いいことですよね! 困ってる人がいないってことなんですから!」
 
いや、取りようによってはそう言えなくもないかもだけど……。
 
西崎は内心で苦笑する。
 
実際はただの売れない探偵でしかないわけで、何にしても、こっちは生活に困るんだよなぁ……。
 
一向に鳴らない電話を前にしながら、西崎が若菜と出会った日のことを思いだしていたときだった。
 
ふと、今日の若菜は様子がおかしいことに気がついた。
 
「花倉さん、なんかそわそわしてるみたいだけど、どうかした? 体調が悪いとかなら、無理しないで帰ってもらっても大丈夫だからね」
 
ここにいても別にやることもないんだし、と心の中で自虐気味に付け加える。
 
すると、若菜はぶんぶんとかぶりを振った。
 
「大丈夫です! っていうか、こんな日に休めませんっ!」
 
「こんな日?」
 
西崎が不審がっていたときだった。


続きは明日公開! お楽しみに!!

(書影はAmazonにリンクしています)

タイトル:憂鬱探偵
著:田丸雅智
定価:1,430円(税込)
ISBN:978-4-8470-7254-3
発売:2023年02月17日
※電子書籍版もあります

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