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【発売前無料公開②】二人の人生を動かした四文字熟語の刺青 - 893(ヤクザ) -

ハリウッド映画化計画進行中! 今や日本の「YAKUZA」は、「忍者」や「アニメ」に並ぶ世界的人気コンテンツに。手に汗握るハードボイルド・アクションと大爆笑コメディが完全融合した「理屈抜きに面白い」エンタメ小説の極北!

米国の田舎ネブラスカ州出身のオタク青年、トミー・ケントはヤクザに憧れて来日する。だが、わらじを脱いだ新宿・歌舞伎町の組には任侠道のかけらも残っていなかった?

青い目のIT世代ヤクザが世界最強の武闘派集団、「富拳一家」を築き上げた立志伝の始まりである。

『893(ヤクザ) - 米国人オタク、日本「YAKUZA」の世界でのし上がる -』

10月11日(火)紙・電子発売開始を記念して、5章までを毎日連載で公開いたします。(4章~5章までは10月31日(火)までの期間限定公開となります)

前日のお話はこちら↓


『ドラえもん』から選んだクールな四字熟語


日本行きを決意したその日から、俺は日本語とヤクザの勉強にいっそう邁進(まいしん)した。

映画だけでは読み書きの能力がつかないので、日本から取り寄せたヤクザもののコミックを何度も何度もくり返し読み込んだ。『静かなるドン』『サンクチュアリ』『ミナミの帝王』……名前を挙げていたらキリがなくなるが、いまでもたまに読み返すくらい俺の大好きな作品群となった。

学校の勉強もがんばった。なぜなら、日本の大学の留学試験を受けるためだ。観光ビザで入国してヤクザになるのって、なんか物見遊山みたいでカッコワルイと思ったからだ。留学生ならビザの期間もずっと長いので、現地でじっくり腰を据えて組選びや親分選びができる。

もちろんヤクザになることは伏せてだが、高校を卒業したら日本に留学するつもりだと言うと、ミスター・スズキは自分のことのように喜んでくれて、どんなことでも協力すると言ってくれた。なんならトーキョーに住んでいる彼の両親の家から学校に通えばいいとまで言ってくれ、さすがにそれは遠慮したものの、日本語の勉強ではずいぶん世話になった。

そうして高校卒業から約半年後、俺は無事、東京のとある大学に入学する権利を手にした。日本風に言えばいわゆるFランと呼ばれるレベルの、はっきり言って、受ければ誰でも入れる大学だったが、数学以外は最低の成績だった俺にしては上出来だ。

留学先の大学が決まり、日本に出発するまでの間に俺にはやるべきことがいくつかあった。

その一つがタトゥー、刺青(いれずみ)を入れることだ。日本に行って、ヤクザの組事務所のドアを叩くときに舐(な)められないよう、ハクを付けておこうと考えたのだ。

俺としては、『昭和残侠伝』の高倉健のようなライオンとpeony(牡丹(ぼたん))の組み合わせの唐獅子(からじし)牡丹みたいなのがよかったのだが、アメリカの田舎でそんな複雑な絵柄を彫れる職人はいない。そこで俺は手始めとして、当時のアメリカでも人気があり、かつ失敗が少ないであろう漢字を入れることにした。

問題はどんな文字を入れるかだ。あまり文字数が少ないのも根性なしだと思われるし、たくさん書きすぎると耳なし芳一(有名な日本の怪談の主人公)みたいになってしまう。

日本の伝統的な格闘技である相撲のレスラーが、大関や横綱にレベルアップする儀式の際に四文字熟語で今後の抱負を述べるという話を聞いたことがあったので、俺もそれにならって四文字熟語を入れることにした。

あるとき俺はミスター・スズキに聞いてみた。もちろんタトゥーを入れることは内緒にしてだが。

日本でいちばん親しまれているクールな四文字熟語といえばどんなのがありますか、という俺の質問に、スズキさんは首をかしげた。

「どうしてそんなことを知りたいんだい?」

俺は、ガイジンが日本に行った際、たどたどしくても日本語をしゃべると歓迎されやすいという話を聞いた。だったら目の前で漢字を書いてみせたらもっとウケると思うからだと、とっさの思いつきでそのウソの理由を説明した。

「なるほどね」と言うと、彼はしばらく考えてから早口で一気に、

「キミョウキテレツ マカフシギ キソウテンガイ シシャゴニュウ……」

まるでなにかの呪文のようだった。

いくら俺が漢字に詳しくないといっても、さすがにそれが四文字熟語とは思えない。からかわないでくださいよ、と言った俺に彼は「からかってなんかないさ」と、そばにあった紙にすらすらとペンを走らせた。

奇妙奇天烈 摩訶不思議 奇想天外 四捨五入 出前迅速 落書無用

ピンと来る人にはピンと来たはずだ。

そう、初代ドラえもんのテーマソング『ぼくドラえもん』の歌詞の一部だ。だが、そのときの俺には知る由(よし)もない。

「これらはたぶん日本人なら小さな子どもから大人までたいていの者が知っている有名な6つの四文字熟語だ……いや、待てよ。奇妙奇天烈と摩訶不思議は5文字だけど、ま、いっか」と言ってミスター・スズキが俺を見た。

「僕としては、画数が少ない四捨五入か出前迅速がおすすめだな。落書無用はちょっと書くのが難しいけれど、これはこれでウケると思う」

とそのとき、ちょうどそこにヤスオを連れたミセス・スズキが買い物から帰ってきた。ミセス・スズキは夫と違って妙にカンが鋭いところがある。俺は企(たくら)みに気づかれると面倒だと思い、ミスター・スズキからその熟語が書かれた紙を受け取ると礼を述べ、用を思い出したので失礼しますと言ってそそくさと彼らの家をあとにした。

憧れのヤクザに一歩近づいた日


家のある方向へ向かってしばらく歩いていると、背後でクラクションの音がした。振り返ると見覚えのある赤いネオンが見えた。ネオンといっても夜の街のピカピカするアレじゃない。クライスラー社の黒歴史と言ってもいいほどまったく売れなかった不人気車であるクライスラー・ネオン、それはヒューイの愛車だ。

「やあ、トミー、どこへ行くんだい?」

運転席から上半身を突き出してヒューイが聞いてきた。

「どこって……家に帰るとこだけど」

そう答えるとヒューイは、いまから隣り町までコンピュータの部品を買いに行くから一緒に行かないかと誘ってきた。

答えはもちろん「イエス」だ。

ほんの100キロほど離れた隣り町のパソコンショップを何軒か見て回り、二人でハンバーガーショップで早めの夕食をとっているときだ。ふと店の窓の外に目をやると、通りの向こうにあった「TATTOO」のネオンサインが目に飛び込んできた。その瞬間、俺のケツから脳天にかけて電流が走った。

(これは天啓だ。神の思(おぼ)し召(め)しに違いない……)

俺は急いで食いかけのハンバーガーをコーラで胃に流し込むと、席を立った。

「ヒューイ、行くぞ」

「どうしたんだよ、急に」

「タトゥーを入れるんだ! おまえも一緒に来いよ」

それから数分後、俺たちは向かいの建物にある古いバーの2階のタトゥーパーラーにいた。

「で、どんなデザインがいいんだ」

スキンヘッドで岩の塊(かたまり)みたいな大男が腕組みしたまま俺を睨みつけている。別に威嚇(いかく)しているわけではないのだろうが、顔じゅう刺青だらけというより、刺青の中に目鼻口があるという感じだ。その刺青の間から覗く鋭い目に俺は完全にビビっていた。

「ええと……そうだな、どうしようかな……」

とまどう俺に、岩男がフンと鼻を鳴らして言った。

「なんだよ、決めてきてないのか」

これだからガキは嫌なんだ……。そんな彼の心の声が聞こえてきそうだった。

「いや、もうだいたいは決めてあるんです」

俺は急いでジーンズの後ろポケットから、さっきミスター・スズキからもらった紙を出して広げた。

 奇妙奇天烈 摩訶不思議 奇想天外 四捨五入 出前迅速 落書無用

俺が手にした紙を覗き込んで岩男が言った。

「カンジ、か……」

「わかりますか」

「ああ、昔、オキナワのベースにいたからな。意味はわからないが、彫ることはできるぜ。フォントの見本帳もある」

「よかった!」

「それ、全部彫るのかい? けっこうなカネがかかるぜ」

「いや、全部ってわけじゃなくて……」

「早く決めてくんねえか。このあと、予約が入ってんだ」

イラついた岩男の口調に、俺は思わずメモに記された最後の四文字熟語「落書無用」を指差していた。

ミスター・スズキが日本人ウケすると言っていたし、ヤクザ映画のトップスターの一人、菅原文太主演の『トラック野郎』シリーズに出てくるトラックの車体に「ナントカ無用」(編集部注:御意見無用)と書かれていたのを覚えていたので、それを選んだのだ。

「よし、わかった」とうなずくと、岩男がヒューイに視線を移した。

「そっちの兄ちゃんはどうすんだ」

ヒューイが降参というように肩をすくめ両手を広げた。

「僕は付き添いというか見学なんで、けっこうです。いりません」

「そいつは困ったなあ」

岩男が露骨に顔をしかめ、指の骨をポキポキと鳴らして言った。

「うちは見学お断りなんだよ」

「ヒューイ、おまえもどれか彫ってもらえよ」

最初は嫌がっていたが、代金は俺が払うからと言うと、現金なもんでヤツは案外あっさりオッケーした。

俺は全部わかっているフリをしてヒューイに「出前迅速」の四文字を勧めた。なぜなら四つの漢字のだいたいの意味を知っていたので、それがどんな言葉なのかなんとなく想像できたからだ。

「ねえ、トミー、いったいこの漢字にはどんな意味があるんだい」

「ええと、そうだな『出』はスリップアウト、『前』はフロント、『迅速』はめちゃめちゃファストっていうことだよ。つまり、素早く群れから抜け出してその前に出るっていう意味さ」

それがでっち上げだということも知らず、ヒューイは気に入ったらしく、タトゥーを入れられている間も終始ご機嫌だった。

代金の500ドルを払い店を出ると、俺たちはTシャツをめくり上げ互いの背中にある入れたての刺青を何度も見せ合っては悦に入っていた。針を入れた部分はヒリヒリと痛んだが、それが大人になったことの証(あかし)だという気がしていた。

「落書無用」と「出前迅速」――。

それぞれたった四つの漢字からなる二つの刺青が、その後の俺たちの人生を大きく左右することになるのだが、そのときはまだ運命の女神しか知らないことだった。

俺自身のことはおいおい語っていくとして、まずはヒューイのそれからのことを話すとしよう。

俺たちの高校で抜群の成績を誇っていたヒューイは、卒業後、カリフォルニアにある全米屈指の名門、スタンフォード大学に進んだ。そこで彼は得意のコンピュータの分野で頭角を現しブイブイ言わせていたのだが、ある日、日本から来ていた留学生の前で自慢気にタトゥーを見せたところ、感心されるどころか大笑いされた。

「出前迅速」が日本のラーメン屋やそば屋でよく使われる標語であることを暴露されただけでなく、それ以来、「デリバリーマン」なるあだ名をつけられ、みじめな学生生活を送らざるを得なくなる。

もちろん途中で何度もタトゥーを消すことは考えたが、トミー、つまり俺との友情にヒビを入れることになるからと思いとどまり、ヤツはスタンフォードのデリバリーマンであり続けた。が、最後には背中に刻まれた「出前迅速」が思わぬ幸運という名の果実を、ヤツの人生にもたらすことになる。

大学卒業後、ヒューイはサンフランシスコに移住。そこでコンピュータ技術を活かし、インターネットを通して個人から注文を取り、専門の配達人に各料理店の料理を指定の場所へ届けさせるという、画期的な出前迅速システムを考え出し、ビジネスモデル化したのだ。

ここまで言えばあんたらもなんのことかわかるだろう、そう、彼こそがあの「○ー○ーイーツ」の生みの親なのである。ほとんど知られていない裏の史実だが、ここだけの話として、あんたらの心の中にとどめておいてほしい。


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タイトル:893(ヤクザ) - 米国人オタク、日本「YAKUZA」の世界でのし上がる -
著:H.K.Desanto(原案)/白崎博史(文)
定価:1,540円(税込)
ISBN:978-4-8470-7233-8
発売:2022年10月11日
※電子書籍版もあります


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