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近未来建築診断士 播磨 第4話 Part5-1

近未来建築診断士 播磨


第4話 無自覚な従僕たちのマンション
Part.5『観察と考察』 -1

【前話】

 ■

 椅子に深く腰掛け、組み上げたデータが織り上げる『網』の概要を眺める。薄青のホログラフで表示される立体図面と各種センサーの配置、そしてセンサーの有効探知範囲円の重なり。そのシルエットは実ったぶどう型だ。

 手元のホロ資料を叩き、入力した全てのセンサーを選択すると、アメンテリジェンスマンション中の数百近いセンサーが輝いた。それらはLAN回線で結ばれ、階毎の中継器を経て11階のサーバーセンターへ集結している。

 光点と光線。まるで脳神経模型だ。

 いや、まるでではない。大手警備会社と施工会社が重要施設向けに開発したセキュリティ商品は、建物を『五感を備えた生物』とするものだ。センサーとシステム。刺激受容器官と中枢神経。すなわち生き物の危機察知機能をモデルにした製品だ。春日居の口にした『網』という考えは彼女のものではない。きっとどこかで、同様のものを相手取ったことがあるのだろう。

 公開されている五感セキュリティのカタログスペックと比べると、アメンテリジェンスのセンサーは質、量共に及第点と言える。ただし老朽化を考慮しない場合だが。

 廊下等の共用部を見張る監視カメラ。

 各住戸のインターホンや各階エレベーター前に備えられた通話用マイクは付近の物音を拾うこともできる。

 地震、風圧による建物の変形を測定する振動計は、子供が飛び跳ねる動きならば捉えられるかもしれない。

 人の接近で照明や空調を作動させる人感センサーも有用だ。

 快適な空調運転のための室内温湿度計に、吹き抜けの風速を計る風量計。あわせて化学物質濃度測定器も空調と連動しており、脱臭・換気機能を備えている。

 無接触電源用の家電のための受送信機。そして建屋内の内線、ドローン監視を行う無線通信アンテナ。

 これらは視覚、聴覚、触覚、嗅覚の入力器官として使える。あとは入力刺激を推測、分析して判断する脳があれば『網』の出来上がり。問題はその脳なのだ。

 マンション調査二日目の写真を呼び出す。その中から、春日居のロボットが密かに撮影した11階サーバーセンター室内の全景を選んだ。

 真っ暗闇に無数の微小LEDランプが規則正しく並んでいる。画像照度を上げてやると、天井を走るモノレールから室内を見下ろした画が鮮明になった。天井まで届くほどのサーバー機器列が見て取れる。ちょっとしたデータセンターのようだ。

 これだけあれば脳になりうる。春日居はそう息巻いていた。

 だがぼくはそう思えない。
 マンションは築50年。五感セキュリティの成立は確か20年ほど前だ。建設当初からその仕様が組み込まれていたはずは無い。

 途中で追加した可能性も無いでは無いが、それにはサーバー機の筐体がボトルネックになる。昔の筐体では新しいハードに対応できないのだ。そっくり入れ替えるより他に方法はない。もしそれをしたところで、この台数が脳を作るのに十分かもわからない。

 理事長から預かったデータには限りがある。内部改修工事の履歴データは省かれていた。町会長に聞けば、これまで大きな改修工事があったかどうかはわかるだろうが。

 なんにしても、この作業は終わりだ。あとはジニアスにチェックをまかせるだけ。

 席を立ってクローゼットに向かう。樹脂性折れ戸を引きあけ、ずらりと並んだ作業着の中から特に重い2着を取り出した。

 牧野氏に貸し出す作業服は、春日居の実家であるリサイクルショップでメンテを受けたばかり。小さな傷や汚れは目立つが、機能に問題はない。

 明々後日がマンションを公然と訪れることのできる最後の機会になる。これ以降は町会長を通して理事長に連絡し、説得に成功しなければならないだろう。

 どうしても必要なときは牧野氏を訪ねるという手もあるが、氏の立場を悪くすることは避けたい。これが最後と思って準備しよう。

 見落としは無いか。見逃しは無いか。脳裏でもホログラフでも、マンションのワイヤーフレームがぐるぐると回った。

【続く】

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