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近未来建築診断士 播磨 -夏の日の技術-

近未来建築診断士 播磨

幕間
『夏の日の技術』

 エアコンが壊れた。

 春日居が脚立に登り、掃除機やらハンドモップやらで室内機を清掃したが効果なし。じわじわと沸いてくる汗をぬぐいながら、しかめっ面で呟いた。

「建築診断士の事務所でエアコン故障して汗かくなんて、問題でしょこれ」
「汗をかくことが悪いみたいな言い方は良くないな」

 エアコンにアクセスしてセルフチェックすると、ステータスが真っ赤に染まっている。診断結果は、製品の買い替え以外対応する術なしとしている。

 しかしスイッチは入る。送風は出来る。暖房も効く。春日居がうしろで『消せ!』と抗議しているが気にしない。

「回路か冷媒。それと自己診断装置が同時にやられたみたいだね」
「不良品じゃんそんなん」
「賃貸の据付品だし、長く使ってるものだからね」

 人はいつか死ぬ。その理と同じく物は必ず壊れるのだ。そしてその時を正確に知るためには大きな投資が要る。このエアコンの自己診断装置だって、センサーではなく各部品の消費期限まであと何年かをカウントするだけのものだ。精度はそこまで高くない。しかし、管理会社に文句は言うとしよう。

「幸い部品の取替えはぼくでもできる。さっさと発注するよ」
「その前にさぁ、あるんでしょ?次善の策が。そろそろ気温も上がってくるからなんとかしたいぜ」
「もちろん」

 窓の外を焼く強烈な日差しを見つつ、壁際の備品置きに向かう。

「ああ、気になってたんだよそのガラクタ山」
「見た目はそうだけど、これは機材置場だよ」

 ドローンや測定機器、大工道具に工具箱をどけていく。数分かかって壁付けのラジエーターを露出させた。
 放射冷暖房だ。冷水ないし温水を数十本のパイプに流し、その放射熱で冷暖房を行う。足元のスイッチを入れると、管の中で水が流れる音がかすかに響きだした。プラスチック管に触れると、徐々に冷えていくのがわかる。

「お、気持ち涼しくなってきた」
「これと送風で人心地つけるな」

 ■数分後■

「あついじゃねーか」
「何も無いよりずっとましだろ」
「室内気温見たか?27度だぞ。こんなん冷房じゃない」
「夏は汗をかくものだ。あの放射冷房はそれをコンセプトにぼくが手作りした。エアコン並の性能を期待されても困る」
「先に言えそれを。やっぱガラクタじゃん」

 バルコニーの室外機点検と室内機の再点検(大いに発汗した)を経て問題のパーツは突き止めた。あとはそれを注文するだけだが、あいにくと品薄とのこと。届くには2,3日かかるだろう。

 それを口に出すと春日居がむくれるのは目に見えているので、代案を探し出した。3Dプリント工房にフリーライセンスの類似製品データを渡せば2日後の昼前には仕上がるとのことだった。これならいいだろう。

「というわけで、事態が改善するまで実家に帰るといい。一人減ればその分熱も少なくなる」
「えー、帰るのたるいからヤダ」

 自堕落者奴。

「なんかほかに冷えるガラクタないの?追加ブースターになるやつ」

 ブーストしたら暑いだろうと言いかけたが黙っておく。

「そうだな。冷風扇は去年捨てたし」
「つかえねー」

 とは言いつつも仕事の手はとまらない。カバンを変形させたテントをエアクッションのようにしてすわり、麦茶をかぶ飲みしながらも図面復元作業を続けている。感心なことだ。あとでおやつにアイスでも買ってこよう。

「あーあー、太陽光の操作くらいできるようにしとけよなー」
「それ、やろうとして大失敗しかけてるから」

 いまや地球-太陽間に浮かぶ巨大膜状静止衛星の役割は、地球近傍の宇宙ステーション周囲への放射線を遮断することだ。おかげで宇宙空間での活動安全性は上がっているそうだが、開発者達は複雑な気持ちでいることだろう。

「じゃあカーテンドーム下に引っ越そうぜ。あれ遮熱性高いんでしょ?」
「かわりに取られる税金がバカにならない。却下」

 首都圏を覆っているあの膜にも問題は多いと聞く。メディアでは扱われないが、部材の落下事故やフレームの風切音が問題になっているようだ。

「ちなみに気象制御衛星は」
「ゴビ砂漠の面積増やしたんでしょ?さすがにそれは知ってる」

 地球環境とはいわばルービックキューブのようなものだと思っている。6面体のどこか1面を緑でそろえたとしても、別の面はしっちゃかめっちゃかになっている。
 全ての面をそろえる方法はある。だがそれをやるくらいなら、別のことに力を裂いたほうが良いということだ。
 それが技術であったり、やせ我慢であったりしていい。

 春日居が指揮棒を振るように大げさな身振りで作業を仕上げ、風船の上で仰向けに倒れた。

「あんたさー、なんでそんな涼しい顔してんの」
「ぼくには最後の手段があるからね。そのことを思えば我慢できる」
「ずるぃ!なんだよそれ!」
「ずるいとは心外な。やりたいならやればいい。ややローテクだが」

 言いつつ玄関の方を指差した。そっちにあるのは、風呂場。

「冷水を浴びるんだ」
「行水じゃん。テクノロジー関係ないじゃん」
「失礼な。水道がなければこうは・・・」
「うっさい!あーもー頭から水かぶってやる!」
「いってらっしゃい」

【おわり】


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