近未来建築診断士 播磨 第1話 Part2-2

近未来建築診断士 播磨

第1話 ホワイトムース
Part2 『第1回現場調査』-2

【前話】

「はじめまして。山田社長にご紹介頂いた、播磨と申します」
「遠藤です。どうも・・・失礼。お名前はなんて読むんでしょ」
「ミヤモリです」
「ハリマ、ミヤモリさんね。にしても若いなぁ。おいくつ?」
「24です」
 エントランスで依頼人の遠藤氏と落ち合った。遠藤氏は50過ぎの快活な男性だった。
 名刺交換をし、管理人室に通される。室内は狭く、二人でいると息が詰まるほど。電気、水道の集合メーター、監視カメラや警報の集合盤もある。各階のドーナツ状廊下を見渡す2台づつ、1階エントランスに1台、非常用階段出入口を見張る1台。
「治安が良いとは言えませんから、用心してます」
 遠藤氏が僕の視線に気付いて解説してくれた。数年前にも、通過しただけだが侵入があったらしい。確かに、窓のないこの建物には盗みに入ろうとは思わない。
「それで、社長からのお話だと、電気系に問題があるかもとか」
「ええ。このところ使用量が上がりっぱなしなんです」
 遠藤氏はため息をつきながら指をふる。ホワイトボードモニターに帳簿が出た。確かに微増している。
「ちなみに、こっちが利用者数」
 隣に折れ線グラフが並ぶ。月々の利用者を示すその線は、わずかな上下動を描いていた。増えてもいなければ、減ってもいない。
「ウチはご存知の通りカプセルホテルなんでね。お客が増えないと、電気代が増える事はないはずなんですよ」
 成る程。売り上げと電気代を比較しておかしいと気付いた。そのおかげか、上がり始めてからそこまで時間が経っていない。グラフを見ると、電気代が上がり始めたのは2ヶ月ほど前からとなる。
「外壁にコンセントがあって、そこから盗まれるって事もないですね」
「無いねぇ」
 二人で監視カメラを見る。外壁側にコンセントはない。清掃はロボットに任せているので、そもそもコンセントの必要性は薄いのだ。やっぱり建物、それも目に見えない部分に原因がある。漏電の疑いは強かった。

 調査道具一式を納めたトランクを、エントランスホールの前庭に置く。蓋を開けてアンカーを取り出し、敷地の端に刺して回る。
「それは?」
「ドローンが敷地と建物の、おおよその図面を作ってくれます。
これはそのための基準点なんです」
 腕の端末を操作し、ドローンを起動する。トランクから3機のボールが飛び上がり、敷地の外周へ散って行った。建物を中心に回りながら上昇していく。
「1時間しないうちに撮影と測量を済ませて戻ってきます」
「へぇー、進んでるんだねぇ」
「いえ、この機械自体は10年以上前のものです。恩師のお下がりでして」
 大手は軍用のニュートリノスキャナーを研究して、廉価な調査用スキャナーを導入した。廉価と言っても、あくまで軍用と比べればの話。あれを戸建の木造住宅に使用したりするのは、明らかにオーバースペックだ。
「あとは室内の調査をやれば建物の状態は把握できます」
「室内もこの機械で?」
「いいえ。中は、ぼくです」
 外壁はドローンに任せ、室内へ向かう。
「床下と、最上階の天井裏を拝見してもいいですか?」
「もちろん」
 この建物は外周をホワイトムースで敷き詰めた”居室ゾーン”。その内側を、廊下がドーナツ状にエレベーターと水周りを取り囲んでいる。中央部に設備が集中している。点検口も中央部のどこかにあるはず。
 1階中央部、エレベーター裏にある小さな給湯室を覗くと、やはりあった。床にハッチがある。手袋をはめて蓋を取り外しにかかった。
「でも播磨君、まだ契約前だけど、こんなに見てもらっちゃって良いの?」
「ええ。本格的な診断の前の、簡易診断ですから」
 この仕事が僕の手に負えるかどうかを判断する要素でもある。点検口から頭を突っ込み、床下を覗く。肩につけたライトを灯すと、綺麗なコンクリの基礎が見えた。続けて、カメラドローンを3機降ろす。端末を叩くと、円筒形のドローンに光が灯る。コロコロと転がりながら、3機は別の方向に向かった。

【続く】


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