近未来建築診断士 播磨 第1話 Part2-3

近未来建築診断士 播磨

第1話 ホワイトムース
Part2 『第1回現場調査』-3/3

【前話】

「これがフラフープだよ」
 遠藤氏はエントランスホールの一角にあるスロットからそれを取り出した。直径1m程。フープの管部分は、握ると手に余る。フープ部分の1箇所が操作パネルになっており、ボタンが並んでいた。氏はスロットから離れ、手近なホワイトムースの柔らかな壁面にフープを貼り付けた。電子音が鳴り、フープにLEDが灯る。氏はスイッチを押した。
 軽い音がして、フープの内側がへこみ始めた。風船が膨らむのと同じだ。方向が逆なだけで。どんどんへこみは大きくなっていく。数十秒ほどで、壷のような空間がフープ内に出来上がった。試しに入ってみると中は以外に明るく、暖かだ。寝転ぶしか出来ない広さだが、悪くない。ただ見た目ほど柔らかくない。弾力性のある消しゴムのようだ。
 フープの内側を見ると、先ほどのスイッチ群がある。開閉とあるものを押すと、膜みたいなものがフープを閉じた。外にいる遠藤氏は見える。だが音は聞こえなかった。

 自動操縦車の中から夕焼け空を見上げた。宇宙往還機が高高度ステーションから続々と帰ってくる。丹下空港への便か。
 電話呼出の音で我に帰った。椅子を起こして画面を見ると、山田社長からだった。
「お世話になります社長」
『お疲れ様。調査はどうだったね』
「契約いただけました。社長のご協力のおかげです」
『やったね!で、いけそう?』
「初仕事ですし、不安もありますが、頑張ります」
『うんうん、やはり真面目だな君は』
「どうも」
『でさ。ホワイトムース。問題はやっぱりアレなのかい』
「さあ、今の所は何も」
 嘘は言っていない。漏電の類は見つからなかった。これ以上は機材や建物の部分破壊が必要になる。そして契約が成立した以上、今日見たもの聞いた事、全てに守秘義務が発生する。
『えーそれはないだろー』
「いやほんとに。基礎も天井も綺麗でした」
『それでも君なりの勘は、あったろ?』
 このノリは少し苦手だ。よくこの人の紹介を受けたと思う。しかしあまり社長を無碍にするのも良くない。今後も仕事は紹介してもらいたいし、この車も無償で貸し出してくれている。会話も営業のうちだ、と先生は言っていたっけ。
「ホワイトムースは面白い素材でした」
『お』
「実際に中にも入ったんですが、驚きましたよ。あの出入口には。中から外は見えるんですが、その逆はできません。防音もしっかりしてます。さらに廊下の空気を取込むことも出来るんです。照明もフープの充電池です」
 つまりホワイトムースに電気配線はされていないと思われるのだ。それよりも怪しい箇所がある。例えばバルコニーだ。あそこには電灯がある。外部に露出しているから劣化しているかもしれない。
『なるほどねー。面白い。廃れたのが意外だ』
「ああそれは寝心地のせいかと。見た目のわりには、クッション性があまり無かったので。消しゴムみたいでしたよ」
『寝違えそう』
 社長は笑いながらそう言った。どうやら満足してもらえたらしい。

【続く】

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