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アカデミー賞に監督賞も主演女優賞もノミネート!それも凄いんだけど・・・「落下の解剖学で」私が本当に凄いと思ったところについて

先日、この映画を観ました。

「落下の解剖学」

あらすじ等はこちら

昨年のカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞し、今年のアカデミー賞でも作品賞、監督賞、主演女優賞、脚本賞、編集賞と5部門にノミネートされている話題作です。

監督はフランスの女性監督、ジュスティーヌ・トリエ。40代の女性で何作かカンヌに出品している実績もある監督だそうですが、私はこの「落下~」で初めて彼女の作品を観ました。

世界的にものすごく評価が高い今作なのですが、私もあらすじを知ったところから「面白そうだな」と思って、観るのを楽しみにしていました。そして

本当に凄い作品でした!

既に鑑賞された方のいろいろな感想や意見が上がっていて、それを読むのもまた面白いんです!他の作品よりもその側面が別格かも。この作品は、観る人によって視点も感じ方も全然違うと思います。ある一つの答えに導く映画じゃないんですよね。
なので、「つまらなかった」「大したことなかった」という人の意見ですら、とても面白く感じるんです!私も自分の感じたことをそのまま書いてみたいと思います。

「前情報をあまり知らずに観た方がいい」と思うので、いつも以上に強調して書きますが、

ここから先は思いっきりネタバレしてますので、詳細や結末を知りたくない方はご注意ください!!

(ほっとする1枚)

タイトルや最初にも書いたのですが、

この作品は今期の映画賞レースで主に監督賞と主演女優賞が注目されていると思います。監督のジュスティーヌ、そして

この映画で主演を務めたザンドラ・ヒュラーに絶賛が集まるのも納得です。
この映画って大掛かりな何かがある映画ではないので、演技は特に重要になるし、サンドラのキャラクターや映画での様子にはジュスティーヌはもちろん、ヒュラーのリアルというか思いも「かなり反映されているのではないかな」と思いました。

ザンドラはドイツ人の女優ですが、この映画はフランスの制作、で映画で話される言葉は半分くらい(私にはそれ以上に)英語で語られるんです。だから、あまりフランス語になじみがない私にとっては普段鑑賞することが多い英語が使われることで「観やすいな」と思ったのが、自分でも意外でした。「やっぱり言語って大きいんだ」と改めて気付かされました。

この映画はたくさんの主題がレイヤーされているような作品ですが、「言葉の壁」も大きなテーマの一つで、母国語はドイツ語であるサンドラが通訳を介した英語と慣れないフランス語で裁判をしなければいけない様子の、なんとももどかしくて危ういところが「上手いな」と思いました。

彼女が自分の友人の弁護士ヴァンサンに弁護を頼み、夫が亡くなった当時の様子を説明する際にヴァンサンに言われる言葉「事実かどうかは問題じゃない」という言葉に絶句する。その様子が実際の裁判のシーンで本当によくわかる仕組みになっていて、

自分の夫を殺した容疑にかけられて裁判になってしまったサンドラが、その検事や証言に立つ人の「もはやそれはあなたの思い込みでは?」というような言葉を、慣れないフランス語で全部理解できているか分からないままどんどん進められていくあたりの怖さ。観ている側は「え?そんな感じで大丈夫?」って思うくらいなのですが、裁判の空気とか言葉を放つ人がきっぱりと言い切ったりすると「そうかも」とか思っちゃったりして、自分の考えが揺らされる感じがするんですよね。冷静に判断できる物的証拠がなくて、どう転ぶか分からない感じ。

そこに加えて、自分の性についてや彼女と夫の夫婦喧嘩まで明かされることになり、その状況を耐えなくてはいけないサンドラのフラストレーションがとても伝わります。そして裁判が進んで、

視覚障害がある息子ともすれ違うことになり絶望する彼女の苦しみ。でも、裁判が決着した後に弁護士ヴァンサンといい雰囲気になるあたりの「え?」というようなあたりまで、ザンドラの演技もジュスティーヌの演出も、過度にドラマチックにも彼女に同情させるような流れにもすることなく、絶妙ないやらしさや人間らしさをもって描かれていて見事だと思います。

ザンドラとジュスティーヌはこの作品が2作目のタッグだそうで、「いいコンビなのかな」と思いました。似たところがあるんですかね~。

とはいえ、個人的に「本当に凄い」と思ったところは3つあって

脚本
息子

これが凄すぎまして!!

まず脚本なのですが、この脚本、監督ジュスティーヌと共同で脚本を書いたアルチュール・アラリとは私生活でもパートナーだと知っていた上で観たのですが、もう驚愕に近い内容でした。めちゃくちゃリアルだし、問題点の主張の仕方も話の流れもすべてがすっきりしないまま完結するところが逆に凄くて!

例えば、裁判の途中でサンドラがバイセクシャルだと分かり、さらにその後の夫婦喧嘩の録音暴露でセックスレスだったことが分かるんですけど、そこで冒頭のサンドラと学生の女性のインタビューシーンが「あれってそういうシーンにとれるのか」と分かって、さらに「あの曲ってそういう意味でかけられてたのか」と分かる(って言いきっていいか分かんないけどそう思える)みたいな、作品が進んでいって後から「あーそういうことだったのか!」と分かることが多くて。
裁判の内容だけではなくて、夫婦関係や家族の関係、特に夫婦の人となりがどんどん明かされていく過程のなんともいえない空気とリアルさが圧巻でした!

女性の方が成功している場合のパワーバランス、家事や子育ての負担に関するお互いの我慢、同業の場合の諍い、悲しい事故があったあとの乗り越え方、セックスレス、片方の言い分に合わせた場合のもう一方のストレス、、、。どの夫婦にも1個はあるだろう問題がてんこ盛りで、そのどれもが私からするとめちゃくちゃリアルで。どこを妥協し、どこを譲らないか。それに本当に納得できるのか。お互いに思いやれるのか。それによっては確かに「殺人の動機になっちゃうかもしれないな」みたいな説得力まで。
この映画内で夫がサンドラに「アイディアを盗んだ」みたいな話をするところがあるのですが、本人は否定してるけど監督とパートナーも「実際はあったんじゃね?」みたいな、下世話な想像ですがそんな気持ちにまでさせるような。私は夫婦喧嘩のシーンは結構夫の方にも感情移入してしまって、もうぐっちゃんぐっちゃんな気分でしたね~(笑)。

そこに、先にも書いた現代のフランスの裁判の様子の危うさも見事に描き出していて、夫婦の問題、裁判システムの問題、そしてこの主人公は作家として有名な存在で、中傷やあれやこれやも公に言われてしまう存在。もういろんな問題が透けて見えるように織り込んであって、誰がどこに引っかかるかで「観方が全然変わる」作品なのがこの作品を唯一無二にしているあたりが凄く面白かったです。たぶん脚本書いてる間、二人めっちゃ喧嘩したと思うな〜。

そして、「じゃあ、誰がこの状況に決着をつけるのか」というところが

息子!

この子なんですよね〜。この子がまた演技が

めちゃくちゃ上手い!!

海外のとんでもなく演技が上手い子役を観るたびに「どこが違うんだろう」と思ってしまうのですが、この息子ダニエルを演じるミロ・マシャド・グラネールの演技がまた凄く良くて!!

フランスの裁判の「えー!?」って思ったところが、当事者の子供が裁判を傍聴できちゃうんです。もちろん、裁判官が「(支障をきたすので)ここから先は来るな」って言うんですけど、ダニエルは裁判の様子を知りたくて「傍聴したい。どうせソーシャルメディアで分かっちゃうし。」と主張したら、本当に参加できちゃうんです。「それどうなの」と思いつつ、「ちゃんと子供にもそういう権利があるんだ」と納得もしたり。
そこで、自分の両親の酷い諍いの詳細を知って動揺してしまう。彼は目に障害があって、その原因は事故でその事で父親が自責の念にかられていたこと。普段は代母がいて、サンドラとの距離感が実は少しあるところがラストに効いてくるところもあります。

そんな彼が、自分とずっと一緒にいる監視員のマージに自分の混乱した気持ちを吐露する演技の場面は必見です。凄い上手いの!!そして、

裁判の最後にダニエルが証言台に立ち、重要な証言をすることで、自分の運命を決めるシーンもまた胸がつぶれるようなシーンですが、それと同時に決着をつける重要な場面を見事に演じています。「成長物語」と書いている人もいたけど、私には裁判という辛い場でこんな強制的に大人にならざるを得ない彼の姿が切なくて仕方なかったです。
この混乱している裁判の一応の決着を大人ではなく、子供がつけてるように見えるというところも、もうなんていうか「信じられない」って感じなんですけど、なんかフランスだと「そういうこともあるのかな」と思っちゃうところが、ほんとまた何とも言えない気持ちになりますけど。

ラストに裁判が終わって家に帰ってきたサンドラの頭をダニエルが抱きしめるシーンがありますが、「親が子供の頭を抱いてやるものじゃ?」と私の中で違和感が残ったり。この映画、そういう事の連続なんですよね。

このダニエルを演じきったミロ君、本当に見事でした!!ちらっとインスタでオーディションのシーンが流れてきてそれも見たけど、映画とほぼ全く同じ演技しててさらに「凄い」と思いました。

そして私がこの映画で一番驚いた存在が!!!

犬のスヌープ!!!!

常に家族の傍らにいるスヌープですが、動揺したダニエルが、母の証言から過去に父親の薬を吐き出したエピソードを再現しようと、スヌープにアスピリンを大量に飲ませちゃって、スヌープの様子がおかしくなるシーンがあるのですが、それ

本当に撮ってる!!!

そこ映さなくていいっちゃいいのに、ちゃんとスヌープが動かなくなって、塩水飲まされて、吐き出すシーンまで全部撮ってて、私は本当にこのシーンで動揺してしまいました!「死んじゃうんじゃないか!?」と思って。「まさかそこまでして撮らないだろう」と頭では分かってても、本当に怖くてたまらなかったですよ!!「そこのリアリティも追求するのか」と。

助かるんですけど、このシーン、スヌープ役のボーダーコリーのメッシ君がちゃんと特訓して演技してるんですって。信じらんないですけど!!「犬の演技、ここまできたか」と思いました。よほどのことがない限り、私の今年の最優秀助演賞です!!!

というわけで、この映画は私には最後は完全に息子と犬にすべてを持ってかれてしまった映画なのですが。だって本当に凄いですから!!
これを先に知っちゃってると「ちょっと面白さが減っちゃうかも」と思うんで、「知らなくてよかったわ~」と後から思いました(笑)。

2020年のアカデミー賞で作品賞や監督賞を受賞し、海外で絶賛された韓国の作品「パラサイト」で監督のポン・ジュノが受賞スピーチで紹介した

『最も個人的な出来事が最もクリエイティブである』と(同じくノミネートされていた)マーティン・スコセッシの言葉を胸に作品を作り続けてきた」

という言葉があったんですけど、この「落下の解剖学」を観ながら、この言葉をずーっと頭の中で反芻していました。「まさにこの作品の事だわ」と。

そして、この夫が「雪山の山小屋を改装してペンションみたいにしようとしていた」とサンドラが話していて、「『シャイニング』みたいじゃん」と思ったのですが、もしかするとインスピレーションがあったのかな、とか

あと壮絶な夫婦喧嘩が「マリッジ・ストーリー」の夫婦喧嘩シーンを思い出させました。この夫婦喧嘩シーンもめちゃくちゃ激しくて、しかも監督のノア・バームバックと前妻のジェニファー・ジェイソン・リーとの実際の離婚を元にした作品でした。

というわけで、話が逸れましたが(笑)、とにかくこの作品は自分で観て、どう感じたかをガンガン語るのがもっともっと作品を面白くしていく映画だと思うので「たくさんいろんな人と話してみると良いのかな」と思います。

気になった方はぜひ観てみてください♪

おまけ

昨年のカンヌのパルムドッグ賞はもちろんスヌープに!!

おまけ2

たぶん今後いろんな映画で引っ張りダコそうな方。英語できるし!

おまけ3

冒頭の大音量でかかる曲、裁判で「こんな女性蔑視な曲を聴いていた」「インストですから」とか言われててちょっと笑ってしまった。あ、スヌープってもしや。

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