ゲーム屋人生へのレクイエム 82話
アメリカで社員を解雇するのは珍しくないけど危険がともなうころのおはなし
「彼はいつもどおりに出社したんだ。俺はアシスタントに目で合図を送って彼のオフィスに入ってはなしをはじめたんだ」
「おはようございます」
「おはよう」
「はなしがあるんですけど」
「何のはなし?」
「突然ですけど、この会社が閉鎖の危機にあることはわかってますよね」
「わかってるよ」
「そうですよね。では今日で解雇です」
「誰が?」
「あなたです」
「どうして?」
「売るものが何もない以上セールスはこの会社には必要ありません。わかりますよね?」
「わかるけど。俺だけクビなの?」
「いずれ全員解雇になるでしょうが、今はそうです」
「本社はこのことは了解してるの?」
「もちろんです」
「Mさんも?」
「はい。Mさんも了解済みです」
「うーん。そうか。そうだよな。仕方ないよな。タイトルリリースもプロジェクトも全部キャンセルだもんな。わかったよ。それでいいよ」
「わかってもらえましたか。じゃあ、これが今日までの給料の小切手です。失業保険はいつでも申請してもらって構いません。その他の手続きも責任を持ってすすめますので安心してください」
「じゃあ、俺、もう帰っていいかな」
「はい。そうしてください」
「じゃあ、また」
「はい。おつかれさまでした」
「文字にすると感情のないやりとりに見えるけど、実際この時にはお互い極限の緊張状態にあったんだよ。声も体も震えるし、顔の表情はメチャメチャ凍ってるし。会話の間に数秒だけどとても長く感じる無言の時間もあったし。逃げ出したくなる状況だったよ。
でもすんなりと解雇を受け入れてくれてほっと胸をなでおろしたんだ。警察なんて呼びたくないしね。常識破りの滅茶苦茶なひとだったけど、いざクビにすると罪悪感を覚えてね。俺が彼を雇ってしまったからこんなことになってしまったんじゃないかって。クビにされるのも嫌だけどクビにするのはもっと嫌だね」
「一度クビにされてますもんね」
「そう。38話でクビになったな。
はじめて社員をクビにしたんだけど、相手の家庭とか人生とか考えちゃうとかなり凹んだよ。こんな思いは二度としたくないって。
でも、しんみりと感傷に浸る時間はなかったんだ。次は俺たちの番だからね。
本社から閉鎖の通告がいつ来るんだろうって気が気じゃなかったよ。毎日死刑判決を待つような感覚だったよ」
「毎日何をしていたんですか?」
「閉鎖の通告が来た時の為に会社の荷物を片付けてた。ゴミを捨てたり、掃除をしたり」
「すっかりあきらめモードですね」
「思い出すと恥ずかしい。何とネガティブなことをやっていたんだろうって思うよ。我ながら情けないことをしていたよ。
そんな中でもMさんは俺たちのために仕事を探し続けてくれていたんだ。
Mさんはあきらめてはいなかったんだ」
続く
フィクションだよ
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