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ドゥドゥクとツグミ

その年の春の森に ツグミは来なかった
雛の頃からこの手の中に抱き上げ 抱きしめて
そして澄んだ夏空に解き放った
妹のようなツグミ

だから私はドゥドゥクを吹き
ふたたびこの部屋にツグミを呼び戻したくて
彼女の好きなパン屑をポケットに忍ばせ
さえずりの真似をした

彼女はきっと僕を忘れない

僕の声 仕草 時折のため息
そして指をパン!と弾いて鳴らすその音も
ツグミは僕のすべてに応えてくれたし
そのたびに泣きながら
 僕の左腕を突いて飛び跳ねていたから…

ある日 一羽のツグミの亡骸を埋葬したと言う
少女の話しを聞いた
その亡骸が もしかすると
僕の愛したツグミではなかったかと疑いながら 僕は
それを確かめようとはしなかった

もしもそれが彼女なら
静かに土の中に眠らせてあげたいと思ったから…

その夜僕は 夢の中で彼女のさえずりを聴いた

あの 温かくてやわらかな羽根の感触が
耳もとをゆらゆらと彷徨いながら
あと少しで春が来ると言うように声高らかに泣き続け
夜明け前にはもう 夢も彼女も消えていた


その年の春の森に ついにツグミは来なかった

あの日 一羽のツグミが埋葬された場所を訪れ
キミは誰なの と問いかけながら僕は
彼女が大好きだったパン屑をめいいっぱい
土の上に撒いた

土の湿度でパン屑はあっという間に濡れて行く その瞬間
それが彼女の涙で濡れたのではないかと
何度も目を疑いながら そっとパン屑を
再び小高い小さな土の丘に そっと乗せて
元来た路を引き返した

もしもそれが彼女なら 泣き顔なんて見せてはいけない…
もつれそうな両脚を必死に動かして
僕は森を出た


翌年の春のある朝
彼女によく似た鳥のさえずりで 目が覚めた
庭の木々の小枝の一箇所に
凛と空を見るツグミと目が合った

もしかするとあれは
彼女の魂を持つ別のツグミだったのではないか…

彼女の名前を呼ぶと ツグミは一瞬振り返り
あっという間に空へと舞い上がって行った

僕は慌ててドゥドゥクを掴むと
彼女の大好きだったメロディーを奏でた
でも ツグミにその音色が届いたかどうかはわからない


ツグミとは それが最後だった…


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