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その名はヤスミン

トルコはイスタンブールの旅行中に無性に飲酒がしたくなり、なにげなく街外れの(絶対に知り合いには会わなそうな)小さなショー・パブに足を踏み入れた。アルコール、プラス㌁の何がしかを心も体も欲しがって仕方がなくて、とにかく闇雲にその種の匂いを求めて彷徨った挙句に見つけた一軒の小さなパブだった。

英語で「Belly Dance Show!」と小さく書かれ、丁度その日の夜にLiveが催される予定が書き込まれており、迷わずショーのチャージ料金をテーブルに置いて「ショーを観たい」と言う意思表示をすると、男性店員がすかさずダンサーの顔写真の付いた演目表を運んで来た。
好きなダンサーにはチップを渡して応援しろ…と言うように、何気なく左手で「カネ」を意味するポーズを示しながらウィンクして来た。

勿論、分かってるさ。
幾ら僕が日本でケチだったって、ここまで来て旅の恥晒しをするつもりなんてないさ。

ショーは定刻よりも15分遅れて始まった。色白ではないけれど皮膚に弾力性を感じる艶やかなダンサーが、ウネウネと腰やお腹を動かしながら客席と客席を這うように踊りながら渡って行く。
所詮すべては夢の世界、カネと人脈で成り立つ世界なのだと分かっていても、僕のそれまでの現実の暮らしがあまりに殺伐としてたせいなのか脳震盪を起こしそうに彼女たちの動きは実に美しい。吸い込まれそうに大きな瞳、そして柔らかな木の枝が風に揺れるような腕の動き、そして何よりお腹が左右にウォンウォン…と動く、あの独特の仕草はたまらない。

ダンサーは「ヤスミン」と言う名前のトルコ出身の女性で、聞くところによると年齢はその日のダンサーの中で最も高齢の43歳!だがちっとも老いを感じないどことか、若さが醸し出す恥じらいをとっくに投げ捨てたとことにある、何かしらの吹っ切れた感が実に気持ちいいのだ。

BGMには僕の大好きなNiyazの「Song of Exile」で始まり、そこからShakiraの「Ojos Así」へとたたみかけるように客をノせて行く。
音楽には時々生演奏のダルブッカが加わり、ダンサーも客もまぜこぜにとにかく熱く熱く気持ちを昂らせる演出を施して行く。その勢いに紛れるようにバーテンが僕にさり気なくアブサンを勧めて来たので、もう何も考える余裕も失せて「Yes!」と返事をしてしまったらしい。

ショーが終わる頃になると僕はすっかり出来上がっており、その勢いでヤスミンをテーブルに呼びつけて色々悪さをはたらいた(後から分かったこと)らしく、気が付くと僕は店の外に追い出されて舗道に転がって酔いつぶれてた(汗)。。。

旅の恥はかき捨て…とはおそらく日本の中だけで通用する言葉なのだろう、本当にあの旅の最中の僕は日本人の恥晒し以外の何物でもなかっただろう。

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帰国してから約三年が経過した、ある夏のことだった。イスタンブールで僕を悩殺したベリーダンサーのヤスミンが、とある都心の小さなトルコ料理店にダンサーとして招かれると言う情報を得た。あの時のことをどうしても彼女に謝りたいと僕は心から思い、その日のチケットの特等席と思われるシートをゲットした。

18時からディナータイムが始まり、ショーは19時から3回行われるその日が、あのイスタンブールの夜以上に悲しい時間になる…などと思いもせず、僕は会社を定時で退社してそそくさと目的の場所に向かった。

ディナーなど殆ど味がせず、ただひたすらヤスミンの登場を待ち続けること65分。5分押しで始まったショーのダルブッカの景気づけの後に登場したヤスミンはもう、別人のようだった。ただただ息をのむばかりに美しく、そして神々しい輝きを放ち、ベリーダンス特有のあのお腹と腰の動きにも磨きがかかって肉眼でそれを追い切れないぐらいに高速で体が動いて行く。

カネのために踊っているわけではなく、間違いなく彼女は神のために舞っていた。

僕は彼女に魅入っていると、彼女からダンスの途中で一瞬だけ微笑みかけて来た。あヽ、女神のような微笑みに、僕は何も返すことが出来ずただただ氷か鉄の銅像のようにその場に固まった。
彼女の為に用意した言葉もチップのことも全部忘れ去り、気が付くと僕は彼女からジントニックをご馳走されていたのに、そのことさえもうつろなまま自分の世界の中に閉じこもってしまった。


その後どうやって店を出たのかも、全く覚えていない。だが記憶のどこかで、僕は確かにヤスミンと握手をし、固く手を握りしめていた、その感触が数年が経過した今も僕を責め立てる。
あれから事あるごとにベリーダンス・ショーの情報を、僕はネットでくまなく収集し続けている。又いつかもっと素面でヤスミンのダンスを堪能し、今度会った時こそきちんと彼女に詫びたいと言う思いをまだ、沸々と胸の抱えたまま…。
それは恋心でも下心でもなく、最早女神にひざまずく信者の心境に近い何かであることは間違いないのだ。


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