猫との対話

トラオ 1.

数年前に一度東京に大雪が降ったことがあったが、その大雪のさなかに自宅の真裏の駐車場でひとり蹲っていた寂しくも頑丈なトラオの背中を、私は今も忘れることが出来ない。

寒かろうに、冷たかろうに。
なのに両の前足でゴリゴリと雪を掻いて「オラ、これでも強いんだぜ。」と虚勢を張りながらそれでも心なしか首の辺りがプルプル震えていたから、思わず「大丈夫?」と言って近寄って行った私。

トラオは間違いなくあの時お腹を空かせていた筈。だが私はあえて餌付けをしないでその場を立ち去った。

数日後のとても晴れた日。別の駐車場でヨタヨタとびっこを引いていたトラオ。尾っぽがちぎれて、お腹に大きな傷跡が幾つも、断線した電気コードみたく線を引いている。
おそらく猫社会の縄張り争いの負けたのだろう。かすかに「オレの時代は終わったよ。」と言うトラオの敗北のささやきが鼓膜を過り、私はあえてトラオには接近せずにその背中を見送った。

数日後、トラオはようやく孤独な居場所を確保したようだった。名もないクリーニング店の傍の空き地がそれ。きっとクリーニング店の誰かがトラオを半野良猫として受け入れたのだろう、傍に小さな白い水入れの器が置いてあり、その横にネコ缶の空缶が転がっていた。

喧嘩に負けたオトコの背中はどこか美しく、もの悲しい。ガラの悪さは相変わらずかもしれないが、それでも戦い抜いて生きて来たオトコの哀愁が夕陽に映えて、こんな負け方も悪くないじゃない?‥と私はトラオにそっとささやいた。

トラオ: 『生まれて初めての敗北さ。若けーもんには敵わねーな。しかも孫。譲ってやったさ。それよりオイばーさん。こんな寒い日にそんな薄着でいいのかい?』
私: 『悪かったわね、ばーさんで。そうそう、脂肪がたんまり付いてるし、このぐらい薄着で丁度いいのよあたしは。』

トラオのガラの悪さに合わせて喋り返してたら私までが意地悪なばーさんみたいな口調になって、それを見ていたクリーニング店の店主がやや苦笑気味に此方を見ていた。
とある夕焼けの綺麗な夕暮れのおはなし。

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