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エッセイ: Eternal Pain

人生57年目、2022年の11月で58年目を迎える私は、ことのほかデニム系のファッションが大好きだ。
同級生の数人は結構ブルジョワな暮らしを堪能しているようで、中には月に何着も着物を買って着まくっている女性や、月に何本ものギターを容赦なく購入して演くミュージシャンも実在する。

先月まで、私は言葉には出来ないぐらい慎ましく(‥と言うよりかなりの節約を強いられながら)暮らしていたが、どこか年齢不相応で少しだけストレスも感じていた。
それが2021年12月に母が他界し、母の遺産を全て私が相続してから事情が一変した。

大きく変わったのは先ず食生活だ。それまではランチ外食の上限は900円までの設定で、それ以上の価格のランチは私が個人的な臨時収入を得た時だけ許される、そんな状況だった。
だが昨年後半辺りから私に一時的な応援者が現れ、その段階で外食のランチ価格を自主的に200円~300円上げて、少しだけ私の外食ライフに光が射し始めた。

間もなくその応援者と「或ること」が切っ掛けで人間関係が切れて、その直後に母が他界した‥。
母が他界したことを知ったのは、母の没日の2021年12月1日から25日が経過した、2021年12月26日の夜だった。(中略‥)


ふと気が付くと私は、1998年頃に買った服をずっと着ていた。見渡す限りどの服も恐らくその頃に買ったものばかりで、正直時代遅れのファッションを、それでも後生大事に纏っていたのだ。
今年の2月の中頃に一時的に、司法書士の元に集められた母の遺産の一部から少しだけ私の銀行口座に臨時送金して貰い、そのお金で先ず購入したのがジーンズとトレーナーとスニーカーだった。
着物でもドレスでもワンピースでもないところが、私と言えば私らしい。

細身でもなく、かと言って体重絶頂期からは15キロぐらい減量した中途半端な私の体型には、なかなかスレンダーなジーンズを着ることが難しかった。
それでも私はまるで刑期を終えた人のような解放感に包まれながら、絶頂期よりは遥かにサイズダウンした我が身に買ったばかりの新品のジーンズをはかせ、モーヴピンクのパーカーを羽織り、気持ちだけは若者のつもりで颯爽と町を歩いては近くのレストランに積極的にランチを食べに出掛けて行った。

それまでは美容代も徹底的に節約し、年に一度のイベントのようにカットしていたパッツン・ストレートの髪に10年振りに色(カラー)を入れ、ちりっちりのラーメンのようなパーマをかけた。
自分の中のたった二箇所が変化しただけだったが、同時に他の箇所も変化させないとバランスが取れなくなって行った。‥すると自然とアクセサリー類(主に天然石系)を買い足し、美容液や日焼け止め等も順々に購入して行った。
それだけでテンションが確実にアガる。

最近お気に入りの「スーパーセブン」のペンダントトップ


「纏う」こと。
それは思春期の私に、母が頑なに禁じたことだった。


セミロングの髪を時々ピンで留めたりすることも、色違いのTシャツを日替わりで着ることも母は許さなかった。
顔に傷があるとは言え、色白の私はとても化粧映えのする顔ではあった。ただでさえ生まれつきハンディがあるのだから、せめて髪を耳に掛けたり結んだりするぐらいなんってことは無い筈なのに、私が時々そんな格好をしているのを(演奏会場に私の後を付けて来た)母が見付けるや否や、私の髪から乱暴にゴムを引っこ抜いてニタリと嘲笑っては、私の腕を思いっきりつねっては家紋のように大きな青痣を付けた。

皮膚の痣は半月程もすれば消えるけれど、心の痣は今も消えない。多分、母が私に付けた無数の心の痣は、この先一生消えることはないだろう。
私は母に無抵抗だった。だから、その代わりに私も死後の母の魂に、永遠に消えない青痣を付け返した。それは復讐と言うより、二度と来世以降の私と母が出会わぬようにと言う、祈りを込めたマーキングと言う方が正しい表現だ。


私の手元には、少しずつ新しいものが揃って行く。昨日はイタリア製のボディーバッグを、夫とお揃いで購入した。
「纏う」ことに、私が母から刻印されたトラウマはまだ消えていない。それでも私は生まれ変わりを祈るようにして、少しずつ少しずつ新しく買って行く衣服や化粧品で自身の魂を洗って行く。

だが心のどこかでは、何も纏わない自分自身が最も自然体であることも分かっている。
素肌の私の心を太陽に透かすとそこには、デニムのような藍色の痣がくっきりと浮かび上がって来る。それを花だと思えば、とても美しいもののようにも思えて来る。

でも私にとってそれらは、何れも痛々しい花たちだ。
365日枯れることのない青い花たちは少しずつ彩度を落としながら、私の中に今もかなしそうに咲き続けている。
 


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