#234 富士五湖の成り立ち
河口湖、山中湖、本栖湖、西湖、精進湖を総称して「富士五湖」と呼ばれています。
今日はその富士五湖の成り立ちについて。
ネットを検索していると、富士五湖ドットTVというページを発見。
ここから拝借をしてまとめてみました。
富士山前史(約500万年前)
富士五湖は海の底でした。
現在の富士川も海の底で甲府盆地まで富士川海峡が侵入しています。桂川海峡は現在の東京まで海続き。
東小御岳川・西小御岳川(約70万~20万年前)
小御岳火山と愛鷹火山が活動をはじめ、東に東小御岳川、西に西小御岳川がありました。
二大湖(約8万~1.5万年前)
古富士火山の活動に伴い、東に宇津湖(現在の山中湖・忍野八湖)、北に古せの湖(せのうみ:現在の河口湖・西湖・精進湖・本栖湖)ができました。
両湖とも古富士火山の規模から現在より富士山に近い場所にありました。
三大湖(1.5万年~約1万年前)
さらなる古富士火山の活動に伴い、東に宇津湖(現在の山中湖・忍野八湖)、北に古河口湖と古せの湖(現在の西湖・精進湖・本栖湖)となりました。会社で例えると、古せの湖から古河口湖がスピンアウトしたイメージ。
三湖消滅(約1万年~約5千年前)
古せの湖を残して他の三湖(古明見湖を含む古河口湖と宇津湖)は干上がり消滅しました。あら、スピンアウトした古河口湖もなくなっちゃった。
河口湖・本栖湖誕生(約5千年~約2千年前)
新富士火山の度重なる活動により川に熔岩が流れ込み河口湖が、古せの湖に流れ込んだ熔岩は本栖湖を誕生させた。またスピンアウトして、河口湖と本栖湖が爆誕。
富士五湖誕生(約2千年~1千年前)
西暦864年の青木ヶ原溶岩流はせの湖を分断し、西湖と精進湖になった。
西暦937年の鷹丸尾溶岩流は川をせき止め山中湖を誕生させた。最後のスピンアウト、西湖と精進湖の爆誕。もはやスピンアウトというか分裂。
現在の富士五湖
約1707年の宝永の噴火以来、富士山は活動を停止している。
そして、富士五湖は約1千年間、現在の状態を保っている。
1707年の「宝永の大噴火」は大規模で、噴煙とともに大量の火山灰が東京(当時の江戸)まで降り注ぎ、房総半島まで被害が及んだという記録も残されています。
溶岩が流れ込み富士五湖が誕生したわけで、富士山の火山活動と富士五湖の関係は密接。
ということで今日は西湖にキャンプへ来ています。