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イスラム教の神秘主義をミステリ小説のように描く - 『火蛾』

「言葉とは、騎士を失った虚しい馬にすぎぬ」「意味はすぐに剥落する」
わたしは読書が好きだ。だから、この言葉と本書で出会ったときにはある種の感動を覚えた。

本書は、スーフィズムに傾倒する男性を中心に展開される。スーフィズムとは修道者の内面的な浄化によって神との直接的な結びつきを目指すイスラム教の神秘主義的な分派である。

一般的には宗教の教えは言語で広まる。聖書や、コーランなどがその代表だ。教えが広まるにつれて、言葉自体が神聖視される。そのような道筋を辿るのは想像に難くない。

しかし、信仰に篤くないわたしはずっと疑問だった。なぜ言葉だけで神のあり方を信じることができる?

冒頭の言葉がわたしに感動をもたらしたのは、スーフィズムが重視する内面化の重要性を実感とともに感じているからだ。

例えば、スポーツ。私は小学生から大学生までずっとバドミントンをやっていた。コーチは必須に言葉で正しいフォームを教えてくれる。しかし、何度言葉で話されても実践できない。何度も自分で身体を動かして初めてその言葉の意味を理解することができる。自分の中に内面化されるのは、自分の体験を通してしかあり得ない。

その体験を内面化したことのある人とない人では、世界観が違う。だから、どれだけ説明されても全く理解できないことが世の中には存在する。

『説明しないとわからないことは、説明してもわからない』

こんな村上春樹の言葉も、出会ったときにはあまり理解できなかったが、そんなことを意味していたのかなあと書いていてふと思う。


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