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コロナ禍が「日本の製造業」を復活させるチャンスでもある理由

『反省記』著者・西和彦インタビュー(4)

ビル・ゲイツとともにマイクロソフトの礎を築き、創業したアスキーを日本のIT産業の草分けに育てるなど、偉大な足跡を残しながら、その後、両社から追い出され全てを失った西和彦氏。そんな西氏の「半生」を『反省記』として著した本が大きな話題となっている。
西氏が大活躍した1980年代は、パソコンをはじめとする日本の製造業が非常に元気な時代だった。西氏は、その牽引者のひとりだったと言えるだろう。当時から、日本の製造業をウォッチし続けてきた西氏に、「なぜ、日本の製造業が衰退してしまったのか」、そして「これから日本がやるべきこと」「日本のデジタル化が進む未来」についてたっぷりと話を聞いた。

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西 和彦(にし・かずひこ)
株式会社アスキー創業者
東京大学大学院工学系研究科IOTメディアラボラトリー ディレクター
1956年神戸市生まれ。早稲田大学理工学部中退。在学中の1977年にアスキー出版を設立。ビル・ゲイツ氏と意気投合して草創期のマイクロソフトに参画し、ボードメンバー兼技術担当副社長としてパソコン開発に活躍。しかし、半導体開発の是非などをめぐってビル・ゲイツ氏と対立、マイクロソフトを退社。帰国してアスキーの資料室専任「窓際」副社長となる。1987年、アスキー社長に就任。当時、史上最年少でアスキーを上場させる。しかし、資金難などの問題に直面。CSK創業者大川功氏の知遇を得、CSK・セガの出資を仰ぐとともに、アスキーはCSKの関連会社となる。その後、アスキー社長を退任し、CSK・セガの会長・社長秘書役を務めた。2002年、大川氏死去後、すべてのCSK・セガの役職から退任する。その後、米国マサチューセッツ工科大学メディアラボ客員教授や国連大学高等研究所副所長、尚美学園大学芸術情報学部教授等を務め、現在、須磨学園学園長、東京大学大学院工学系研究科IOTメディアラボラトリー ディレクターを務める。工学院大学大学院情報学専攻 博士(情報学)。

――かつては「ものづくりニッポン」として隆盛を極めていたはずの日本の製造業は、なぜ衰退してしまっんでしょうか?

 その一番の理由は、日本から工場が出ていってしまったからだと、僕は分析しています。台湾、中国、ベトナム、タイなど、どんどん工賃の安いところに工場を移してしまったのが一番の間違い。

 国内に工場を持ったまま、それを回して、どんどん改良していく。その努力を続けるべきだったんです。スキルを貯めていくことをやめて、学習のプロセスを捨ててしまったのが一番よくなかったですね。

――でも、1985年のプラザ合意で円高にどんどん振れて、国内で作っていたら商品の価格が高くなって、売れないから、海外に出ていったという経緯があると思うんですが……。

 だけどね、そこのところも、考え方としては「安く作って、売れるようにする」ではなくて、「付加価値のあるものを作る」になればいいんです。1ドル360円から100円になっても、3倍の付加価値があればペイできる。そういう発想が必要だったと、僕は思います。

 日本の製造業はそれをせずに安易な道を選んだしまった。それが衰退の原因だと僕は感じています。僕の知っているパソコンメーカーも、多くが安易な道を選んで、台湾などに出ていって、結局、パソコン事業はどんどん潰れてしまったのです。

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――なるほど。

 日本がやらなきゃいけなかったのは、工場を海外に出すんじゃなくて、台湾でも、ベトナムでもいいから、そういうところから働く人を連れてきて、日本での生産を続けること。これが必要だったと僕は思っています。

 たとえば有田焼みたいなもので、有田焼を作る工程を海外にそっくり持っていったりしないでしょ。やるとしても、海外の人が日本に学びに来て、日本で作る。それを日本の製造業はある時、諦めてしまった。それが一番の問題だと思いますが、今からでも、その軌道修正はできると思ってます。

――「ものづくりニッポン」の根本を忘れてしまった。それが問題だったということですか?

 それは言えるでしょうね。

 日本人の多くは「本当にいいものを作る」というより、みんなが贅沢になって、高い給料に慣れてしまった。だから、単純に「いいものを作る」より、もっと儲けるために安く作れるところにどんどん工場を出してしまった。根本はそういう問題だと思います。

 もともとは「日本で作って輸出する」っていうのが基本だったのに、そうでなくなっちゃったんだから、ダメになるのも当然ですよね。もちろん、中国だってそのうち同じようになってしまうんでしょうけど……。

 今からだって遅くないから、ヨーロッパとか、アメリカで買ってもらえるようなものを日本で作る。そんな形に戻した方がいいと思います。

日本企業は現地へ行っても、まともに管理・監督をしていなかった

――日本国内で付加価値の高いものを作る。そんな大前提を忘れてしまったのが一番の原因ということね。だけど、アメリカのメーカーも、海外で生産していますよね? なぜ、彼らは成功しているんですか?

 それは、現地に対する姿勢の違いでしょう。

 はっきり言って、日本企業は甘すぎたということです。

 たとえば、日本企業が台湾へ出ていったとき、台湾の下請け会社に乗り込んで「ああしろ、こうしろ」ということを、しつこいくらい、100個でも200個でも徹底して注文を言い続けたかと言えば、そんなことをやっている企業はほとんどなかったんじゃないでしょうか?

 昼だけ工場のある台湾の田舎に出向いても、夜には台北に戻ってきて、高級中華の接待を受けていた。これではダメですね。

 私が知る限り、アメリカ人はそんなことはしていなかった。

 たとえば、アップルなどから送られてきたアメリカ人は、台湾だろうが、中国だろうが、現地の言葉を話せるのは当たり前で、通訳なんか通さずに、本社の注文を山ほど持ってきて、しつこいくらいに言い続けるんです。言うだけじゃなくて、現地の工場に張り付いて、ずっと見張っていた。

 工場の前にあるビジネスホテルに何年も泊まり込んで、徹底的に管理・監督していたアメリカ人を僕は何人も知っています。

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――そうなんですか?

 ええ、半端じゃないですよ。

 そこまでやった日本企業がどれだけあったかと言えば、僕が知る限り、ほとんどなかった。現地の言葉が十分に話せる現地駐在員がどれだけいたか。それだってかなり怪しかったです。

 日本企業とアメリカ企業では、そのあたりの徹底度が全然違いました。それだけ、ものづくりへの厳しさが違っていたということです。

 日本だって、本当は自分の国で「いいものを作る」というところにこだわっていかなかきゃいけなかったのに、それを海外に出して、さらに、しっかりと監督すらしなかったんですから、衰退するのは当然だったと思います。

――最近は、新型コロナの問題で、グローバル・サプライチェーンが機能しなくなり、海外にあった工場を日本に持ってくることに国が補助金を出すようになっています。こういう動きについては、どう捉えていますか?

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 すごくいい動きだと思っています。そういうことを本気でやっていったら、必ずよくなると思います。

 日本の労働者は「高い給料が欲しい」という人が増えて、「本当にいいものを作る」というところにコミットする人が減ってしまっています。でも、その根本のところというか「クオリティを高めるんだ」という覚悟が決まってくれば、すぐによくなると私は思っていますけど。

ーーコロナ禍を機に、製造業の国内回帰が進めば、それをきっかけに日本の製造業が復活する可能性はおおいにあるということですね。

 僕はそう思いますね。

日本のデジタル化で本当に必要なこととは何か?

――今、日本では「デジタル庁」を作って、さまざまな部分でデジタル化を進めようとしています。その動きについては、西さんはどう考えていますか?

 トップダウンの政策としては、すごくいいと思います。

 ただ、これはデジタル化とか、インターネットとか、そういう部分が問題の本質ではありません。もちろんデジタル化は大切ですけど、本来は「政府のいろんな手続きを効率よくする」「時間がかからないようにする」という制度設計の話です。

――単にデジタル化だけを進めようとしても、制度設計そのものを変えないとうまくいかない、ということですね。

 そう。非効率的な業務プロセスを温存したままであれば、デジタル化したってたいした効果は生まれません。だけど、これはそう簡単なことじゃないと思います。さまざまな抵抗があるでしょうから。これから何回も失敗して、何回も責任者がクビになりながら、少しずつよくなっていくんじゃないですか。僕はそう思って見ています。

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 それと、絶対に忘れてはならないのは、デジタル化を進めることによって、「日本国民の生活の何がよくなるのか」という根本をはっきり見据えることですね。ここが“いい加減”だと、何をやってもダメですから。

――もう少し具体的に教えてください。

 デジタル化、デジタル庁の話はいろいろやってますけど、「ここがよくなる」ってことをはっきり言い切っている人はいません。手続きの効率がよくなるとか、そういう話はありますが、行政効率がよくなることと「日本国民の生活のよくなる」ことは、必ずしも同じとは言い切れませんよ。ここの部分について、誰もはっきりと語れていないように思います。

「世界に遅れを取らないためにやる」と言う人もいて、それはそうだという気もするけれど、じゃ、世界に遅れを取ったら、国民がどう不幸になるのか。そこまで語れてないんじゃないですかね。

「情報化、デジタル化の本当の理由は何なの?」ということをはっきりと説明できないとまずいと思います。これ、ものすごくお金が動く話ですからね。ただ単に、効率化、情報化、デジタル化したら、国民が幸せになるなんて、世の中はそんなに簡単じゃないのではありませんか?

 これをやることによって、国民の、どこが、どんなふうに幸せになるのか。そんな一番大事なところが置き去りにされないようにしないといけないと思っています。そこを徹底的に議論する必要があると思うし、「国民の幸せ」という原点を議員も役所も企業も学界も忘れずにやっていくことが大事だと思いますね。

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【取り上げられた本】
『反省記』
 西和彦(著)

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<内容紹介>
ビル・ゲイツのもと草創期のマイクロソフトを躍進させ、創業したアスキーを当時最年少で株式上場。しかし、マイクロソフトからも、アスキーからも追い出され、すべてを失った……。栄光と辛酸を舐めた「天才」が、ついに、その裏側をすべて明かす。
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