医学生が学ぶポイントも網羅! 外科医が一般むけにまとめた「人体の教養書」
「人体&医学入門」に必要な3要素
―― 発売から約1年で7刷16万部のベストセラー書籍『すばらしい人体』は下記のような全5章で構成されています。この目次構成はスムーズに決まったのでしょうか。
田畑博文(以下、田畑) 「人体&医学入門」として必要な要素は、3つだと考えました。それは、人体、医学、現代医療の知見についてしっかり言及されていることです。
そこで、山本さんと意見交換しながら、上記の章立てとしました。
また、各章の中は、短いエッセイ(1本当たり4~10ページ)をたくさん並べることでどこからでも読めるようにしました。
―― 3章の医学史はもちろんですが、全編にわたって医学の発展に貢献した「人」のストーリーが多く盛り込まれていた点も、読みやすく、医学が少し身近にも感じられた気がしました。
田畑 ありがとうございます。人体の身近な疑問やトリヴィアルな話題(小ネタ)からはじめること、また、細菌が病気の原因になることを証明したロベルト・コッホ(1843~1910年)や、全身麻酔を生み出した華岡青洲(1760~1835年)など、医学の発展に尽くした人物にスポットを当てることも心がけました。
医学や人体の知識をただ伝えるだけだと、情報の羅列になり、無味乾燥になってしまうこともあるので、その背景にある“人間”の存在を感じられる本にしようと意識しました。
人間を伝えるために、イラストは、素晴らしい人物肖像を描く竹田嘉文さんに依頼しています。
ヤンデル先生が気づいた各章の裏テーマ
―― 各章には実は裏テーマがある、と聞いたのですが?
田畑 はい。「すばらしい人体」は読みやすくするための工夫をほどこしていることで、「人体の雑学書」だと思われることもあります。間口が広く楽しんでもらえる本を目指しているので、嬉しいことなのですが、実は、目次はこのような構造になっています。
読者の方にそれを意識していただく必要はないものの、実は医学の入門書としてのしっかりとした構造をもっています。
余談ですが、実はこのことに気がついた人がいました。それがヤンデル先生(病理医ヤンデル@Dr_yandel)で、Twitterや書評で見事に指摘されており、山本さんと「さすがヤンデル先生」と唸りました。
「脾臓ってどこにある?」
―― 本書の冒頭には、人間の骨格と筋肉・内臓のイラストが、表裏カラーのジャバラ(横長の紙を折り畳んだもの)口絵として入っています。主な骨や臓器の名前が記されていて、中学校の理科の実験室やマッサージ屋さんに貼ってある絵を思い出しました。
田畑 山本さんの原稿は、読者が共感するポイントを上手に設定しながら、文章のテンポが良く、面白くて、わかりやすくて……と完成度がものすごく高かったので、ほとんど手直しの相談はしていません。
校正や図版も順調に進んでいたのですが、再校の終盤に何度目かの通読をしながら、「何かが足りない気がする……」と感じました。
山本さんの原稿は先ほど申し上げたように素晴らしいものだったので、このように感じるのは、編集者(私)が何かを見落としているのだろうと思ったんです。
「人体・医学の入門書」として、読者に提供する「読書体験」は、これで充分なんだろうか……? 作業する手をとめて、数日間考えているうちに、「入口」と「出口」の作り方が不十分なのだと気がつきました。
―― 「入口」と「出口」ですか?
入口の不十分さとは、人体の本や医学の本になじみのない読者が本書を読むときの「見取り図、地図が用意されていない」という問題点です。
橈骨、尺骨、脾臓、肝臓……。読者は本文のなかで様々な人体のパーツの記述に出会いますが、意を尽くした文章で説明されてはいても、人体のパーツはどこに何があるのか、たとえば、「脾臓ってどこにある?」と聞かれても、「お腹の中にあるよね……」くらいのことはわかっても、私も含めた一般の人は、それ以上の説明はできないのではないだろうかと思いました。
「この本では、人体の全体の構造を視覚化する必要がある!」と、今更ながらに気がつき、本の冒頭に、骨格や内臓などの構造が一覧できる「全身図」のジャバラをつけることしました。
制作日程はぎりぎりになってしまいましたが、イラストレーター竹田嘉文さんによる見事な「全身図」はぜひ見ていただきたいです。
―― あのジャバラで、骨や臓器の名前と位置がわかるので、本文を読んでいて不安なときにいつでも見返すことができますよね。あとは「出口」ですね?
田畑 「出口」は、次の世界を示すことです。教養ジャンルの入門書の役割は、この本の向こうに豊穣な学問の世界がひろがっていることを示すことだと考えています。
「『すばらしい人体』は面白かった!」だけでは、あまりにももったいないので、次の一冊を読むきっかけが生まれればという意図で、巻末には「読書案内」をつけました。医学、人体ジャンルには面白い本がたくさんあるので、山本さん推薦の良書と、ぜひ出会っていただけると嬉しいです。
信頼性と親しみやすさを両立したデザイン
―― 本のカバーは、イラストとその独特なピンク×ブルー×ベースのグレーという色合い、タイトルのフォントを含めて、すごく印象的なうえに、知的なデザインだと思いました!
田畑 ブックデザインは鈴木千佳子さんにお願いしました。装幀、本文デザインいずれも鈴木さんによるものです。
『WHAT IS LIFE?』『若い読者に贈る美しい生物学講義』など、これまでにも多くの本をご一緒していますが、鈴木さんは、いわゆる意匠やデザインだけではなく、「本をどう読むか」という読書体験そのものを設計してくださる方だと感じていて、尊敬しているデザイナーです。今回も迷うことなく、鈴木さんに依頼しました。
鈴木さんにはいつも事前に原稿を送付しておいて、原稿の難易度や、著者の語り口のテンポ感なども共有しながら打ち合わせをするのですが、今回は、入門書としてのある種の親しみやすさはありながらも、サイエンス書としての信頼性を両立させたいということ、そのためには本文はどれくらいの文字組が適切であるか、小見出しは何行分のスペースにするとちょうどよいかなど、話し合いました。
鈴木さんからは、打ち合わせで「知識を読み込むだけではなく、自分にとって身近な人体を捉え直す楽しさがある本なので、そこを含めてデザインで伝えてあげたいですね」と提案していただきました。
結果、でき上がったのが、こちらの本文レイアウトです。
本文は、けい線の引かれた大きな横見出しが印象的ですが、これは、カルテをイメージしていると、後から教えていただきました。
―― カルテ! なるほど!
田畑 イラストを(先ほどの巻頭全身図も描いていただいた)竹田嘉文さんに依頼したのも鈴木さんによる提案です。人体を描くことはなかなか難易度が高いと思うのですが、竹田さんの精密でありながら、どこかレトロなイラストの力で、新しさもありながらクラシックな雰囲気もするサイエンス書に仕上がったと思います。
また、鈴木さんは、カバーのアイデアを打ち合わせしながら、手描きのラフ案で提案してくださることが多いのですが、今回も同様の進め方でした。最初からほぼ最終形に近い、凄い設計案を提示していただきました。
―― デザイン全体が計算しつくされているんですね。
田畑 カバーの彩色も印象的ですが、竹田さんのイラストに鈴木さんが色をつけています。鮮やかなサーモンピンクは、血の色や肉体をイメージしており、ブルーは、本文でも言及されている医師のガウンの色である水色から発想しているそうです。
人体についての本であり、医学についての本であり、医学の発展に人生をかけた医師たちの人間ドラマである本書の内容とも関連付けて、複数のイラストが配置されています。
実際のデザイン案ができあがったあとは、私からはどのイラストを入れるかについて提案をさせていただいたくらいです。
鈴木さんとは、書籍の内容に関する話は1時間くらいで、そのあと1~2時間ほど雑談することも多いのですが、本の話、デザインの話、最近、気になっていることなどを共有することも含めて、編集者が実現しようとしている「本の世界観」を汲み取っていただいていると感じます。
―― この本の読者層は、意外にも女性が多めとか?
田畑 そうなんです。6:4で女性が多いです。教養書はだいたい男性のほうが多いものですが、珍しいケースです。
また、年齢も幅広い層に読まれています。人体という「身近なテーマ」を入り口に、一本あたりが短めの読み切りエッセイで構成された本なので、性別、年代を問わずに読みやすく、楽しめる本になっているのだと思います。
そのためか、「中学生の子どもにも読ませてみます」という親世代の感想も見かけます。
―― 親子で読んでいただけるというのも嬉しいお声ですね。
田畑 「自分の体にこのような秘密やメカニズムがあったとは」と驚きと知的好奇心を刺激されている読者が多いようです。
また、書名にもあるように、本全体のメッセージとして「人体のすばらしさ」を著者が語っていることも大きいようです。
この2年近く人体をテーマにした話題はコロナに関連するものが多かったため、どこか重苦しかったと思いますが、そのぶん、本書の前向きな姿勢、メッセージに励まされた、という嬉しい感想が著者にも届いています。
【今回の話題書】
すばらしい人体
山本健人 著
■新刊書籍のご案内
坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)推薦
「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」
著者紹介:
山本健人(やまもと・たけひと)
2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)
外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は開設3年で1000万ページビューを超える。Yahoo!ニュース個人、時事メディカルなどのウェブメディアで定期連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー10万人超。著書に16万部突破のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』『がんと癌は違います~知っているようで知らない医学の言葉55』(以上、幻冬舎)、『医者と病院をうまく使い倒す34の心得』(KADOKAWA)、『もったいない患者対応』(じほう)ほか多数。
Twitterアカウント https://twitter.com/keiyou30
公式サイト https://keiyouwhite.com
美しく精巧な人体をめぐる冒険 ―― 著者より
医学生時代に経験した解剖学実習で、大変驚いたことがある。
それは、「人体がいかに重いか」という事実だ。脚は片方だけでも一〇キログラム以上あり、持ち上げるのに意外なほど苦労する。一見軽そうな腕でも、重さは四~五キログラムである。想像以上にずっしり重い。
私たちは、身の周りにあるものの重さを、実際に手にしなくともある程度正確に推測できる。だが不思議なことに、自分の体の「部品」だけは重さを感じない。日常的に「持ち運んでいる」にもかかわらず、である。
一体なぜなのだろうか?
その答えを求めると、美しく精巧な人体のしくみが見えてくる。
人体がいかに素晴らしい機能を持っているか。
健康でいる限り、私たちはそのことになかなか気づけない。
私たちは、たとえ走っている最中でも道路標識を読むことができ、前から歩いてくる人をよけることができる。頭は上下に激しく揺れているにもかかわらず、視界が揺れて酔うなどということはない。
あなたは、今これを読んで「ウンウン」とうなずいたかもしれない。だが、その頭の動きに合わせて、あなたの視界が上下に揺れることはない。
ところが、スマートフォンのカメラを目の前に構え、走りながら動画を撮影してみればどうだろうか。収められる映像は大きく揺れ動き、視聴に耐えるものではないはずだ。
私たちの視界と、カメラが収める映像の違いは何なのだろうか。そう考えると、一つの真実が見えてくる。私たちの体には、「視界が揺れないための精巧なシステム」が備わっているということだ。
私は医師として医学を学び、人体の構造・機能の美しさに心を奪われてきた。一方で、このすばらしいしくみを損なわせる、「病気」という存在の憎らしさも実感してきた。病気の成り立ちを理解し、病気によって失われた能力を取り戻すのも、医学の役割である。
医学を学ぶことは、途方もなく楽しい。知れば知るほど、学ぶことの楽しさは指数関数的に増大していく。私が医学生の頃から絶えず味わってきた興奮を、誰かと共有したい。知識の点と点が線となってつながり、思わず膝を打つときのときめきを、誰かに伝えたい。
本書が目指すのは、過去から未来まで、頭から爪先まで、人体と医学を楽しく俯瞰することだ。幼い頃に買ってもらった新しい図鑑の頁をワクワクしながらめくったときのような、心躍る体験を届けたいと思う。
それでは、さっそく始めよう。
あなたの体をめぐる知的冒険を。
※この記事は、ダイヤモンド書籍オンライン(2022年10月14日)にて公開された記事の転載です。