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生物の世界において「進化」は「変化」である

若い読者に贈る美しい生物学講義』著者・更科功インタビュー(4)

 生物とは何か、生物のシンギュラリティ、動く植物、大きな欠点のある人類の歩き方、遺伝のしくみ、がんは進化する、一気飲みしてはいけない、花粉症はなぜ起きる、iPS細胞とは何か…。分子古生物学者である著者が、身近な話題も盛り込んだ講義スタイルで、生物学の最新の知見を親切に、ユーモアたっぷりに、ロマンティックに語る『若い読者に贈る美しい生物学講義』が4万部突破のベストセラーになっている。
「AI」「シンギュラリティ」「進化」など、ビジネスシーンでも見かけることの多い気になる科学用語について、生物学の専門家であり、本書の著者である更科功さんに、じっくりと話を伺ったところ、全く新しい視点が手に入ったーー。
(取材・構成/イイダテツヤ、撮影/疋田千里)

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更科功(さらしな・いさお)
1961年、東京都生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業。民間企業を経て大学に戻り、東京大学大学院理学系研究科修了。博士(理学)。専門は分子古生物学。東京大学総合研究博物館研究事業協力者、明治大学・立教大学兼任講師。『化石の分子生物学』(講談社現代新書)で、第29回講談社科学出版賞を受賞。著書に『宇宙からいかにヒトは生まれたか』『進化論はいかに進化したか』(ともに新潮選書)、『爆発的進化論』(新潮新書)、『絶滅の人類史』(NHK出版新書)、共訳書に『進化の教科書・第1~3巻』(講談社ブルーバックス)などがある。

生物学者がAIの進化について思うこと

──この本では進化を説明する「自然選択」という言葉を取り上げて、AIの進化やシンギュラリティ(技術的特異点)についても語っています。とてもおもしろい視点ですが、どういう思いで書かれたのでしょうか。

更科 この本で取り上げた「自然選択」とは、2つの条件によって自動的に起こる現象のことです。たとえば、キリンには、親よりも少しだけ首が長い子どもが生まれることがありますよね。そのように親とは異なる複製(子ども)が生まれること、それが1つ目の条件です。

 2つ目は、生き残る数よりも多くの複製(子ども)を生むこと。たとえば、2匹の子どもが生まれたとして、そのうちの1匹だけが生き残る。ちょっと残酷な話でもありますが、首の長さが普通のキリンと、少しだけ長いキリンがいた場合、その環境が、首が長いほうに有利なのであれば、後者が適応して、生き残っていく。

 このたった2つの条件が整うだけで自然選択は起こります。この本の中では「自分が農作業をしなくていいようにロボットを作る」という架空のストーリーによって自然選択の話を紹介しています。このロボットが、自分とはちょっと違う複製を作り出すようになり、それを2台作ることによって、優れたほうが生き残り、どんどん性能が上がっていく。ある意味では、非常に恐ろしいストーリーです。

 自然選択は私たちの周りで当たり前のように起こっていて、あまり意識されませんが、じつは凄くパワフルなものです。自然選択が起こることで、生物であれ、テクノロジーであれ、急激に進化し、性能が上がっていくからです。

 AIについていえば、シンギュラリティ(技術的特異点)とは、AIが自分より優れたAIを作り出す時点と捉えられていますが、「AIに自然選択が働き始める時点」がシンギュラリティだと、私は考えています。

 AIが勝手に「自分とは少し違う複製」を、複数生み出すようになったら、加速度的に進化は進み、人間の手には負えなくなるでしょう。人類は自然選択を過小評価しているところがありますが、AIの進化や活用において、自然選択が起こらないように注意したほうがいいんじゃないかと思います。

──AIなどテクノロジーの領域では、まだ自然選択は起こっていないということでしょうか?

更科 自然選択は、まだ働いていないと思っています。AIが、生物の突然変異のように「勝手に違うものを生み出す」というところには到っていませんし、現状では、物理的に自分の複製を作っていないでしょう。

 ただ、物質は作らないまでも、コンピューターウィルスのようにデジタル空間でも自然選択は働くので、そういった空間でAIが勝手に動き出し、自然選択の条件を満たすようになる可能性は十分ある。

 自然選択が働き出したら、その時点ではもう手遅れなのですが、残念ながら、あまり語られない話ですね。

脳が生んだ大きな誤解

──この本では「進化は進歩なのか?」という非常に興味深い問いかけがなされています。改めて、どういう意味合いでしょうか?

更科 世の中では「退化」の反対は「進化」と理解されているようです。しかし、生物学的には「退化」の反対は「発達」です。どちらも進化の一つなんです。

 たとえば、魚が陸に上がるようになったときは肺とエラがありましたが、次第にエラが退化して、肺が発達していきました。これは「進化」の過程ですが、はたして「これが進歩なのか」と考えてみると、そういうふうには捉えられないわけです。

 陸上で暮らすためにいろいろな器官が発達すれば、水中で暮らすためのいろいろな器官は退化していきます。陸上で暮らすためには進歩に見えることが、水中で暮らすためには退化に見える。結局、ある条件に適応すれば、他の条件では不利になるわけで、しょせんは相対的な話です。進化とは変化にすぎず、絶対的な意味での進歩はありえない。

「どちらが陸上を走るのが得意か」と言えば、たしかに人間の方ですが、水の中を泳ぐのは魚の方が得意です。また「陸上を走るのが得意」というのであれば、もっと優れた動物はたくさんいます。結局、さまざまな進化はありますが、それを「進歩」とは言えないんです。

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──なるほど、たしかにその通りですね。なぜ、私たちは「進化」と「進歩」を同じように捉えてしまうのでしょうか?

更科 それは脳の存在が大きいと思います。脳の大きい生物が優れていると私たちが思い込んでいることから、そうした偏見が生まれているのではないでしょうか。

 もし「脳が大きくなること」が進歩だとしたら、ネアンデルタール人の方が私たちよりも脳は大きかったわけです。また、ホモ・サピエンスのなかでも、1万年前のホモ・サピエンスのほうが脳は大きい。むしろ、現在は小さくなっているんです。脳の進化には、大きくなることもあれば、小さくなることもあるのです。

 進化論というと、ダーウィンが有名ですが、ダーウィンより前に進化論を主張した人は山ほどいました。ジャン=バティスト・ラマルクやロバート・チェンバース、ハーバート・スペンサー。ダーウィン以前の進化論者は全員、「進化は進歩」だと考えていたんです。ダーウィンは「進化は進歩ではない」と主張しましたが、当時、その声はほぼかき消されてしまいました。

 現在でも、たとえばCMで「カメラは進化する」と表現したり、アスリートがインタビューなどで「僕はまだまだ進化します」と言ったりしますが、ほとんどの場合「進歩」という意味で語っていると思います。

 でも、ダーウィンが主張した進化、つまり生物における進化には、「進歩」という意味はまったくありません。実際、ダーウィンは「世代を超えた変化」と表現していますから。

「ど真ん中」でないからこそ、おもしろい

──最後に更科先生自身のことをお伺いします。更科先生は気負わない雰囲気で「理系・文系を問わずに楽しめる、誰にとってもおもしろい話」を聞かせてくれるという印象を受けます。生物学者としてのご自身のことは、どのように評価しているんでしょうか?

更科 生物学者という自覚はあまりないんです。私がやっているのは分子古生物というもので、化石なんかを扱う領域です。はっきり言って、生物学の世界では傍流の存在で、地球科学と生物学の中間くらいに位置すると言えばいいでしょうか。

 そこには便利な面と不便な面があって、地球科学者にはちゃんとした地球科学者と認められませんし、生物学者にもまともに認められないという側面があるわけです。こんなことを言うと、古生物をやっている人たちに怒られちゃいますけど(笑)。

 ただ一方で、地球科学者からは「生物みたいなことをやっている存在」としてありがたがられますし、生物学者から見ても「ど真ん中でないからこその存在感」はあると思います。

 私の場合は、もともとロックが好きで学生時代はバンドをやっていましたし、作家になろうと思って、下宿を借りて、そこに籠もって小説を書いてみたこともあるんです。でも結局どれもモノにならずに、やめてしまいました。

 大学を出たから一応就職したんですが、結局それも辞めてしまって、その後すぐに大学に戻ったかと言えば、そんなこともなくて、しばらくプラプラしていたんです。

 その後、結果として大学に戻って、気がついたら今みたいになっていた、というのが現実です(笑)。だから、人様に立派なことは言えないんですが、生物学に限らず、いろいろ体験したり、学んだりすることにはそれなりに価値があるかもしれません。まあ、なにはともあれ、私は50年以上生きてきました。それだけでも立派なことかなと思います。

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──「研究一本でずっとやってきました」というタイプではなくて、いろいろなご経験があったからこそ、気負わずに、読み物としても抜群に面白い「入り口となる本」が出来上がったのですね。

更科 どうなんですかね。もともと、真面目に生きるのがあまり好きではないので、「気合いが入ってない」というところがいいのかもしれませんね。

 余談ですけど、つい先日『あやうく一生懸命生きるところだった』という本を買って読んでみました。ダイヤモンド社はああいう本も出しているんですね。おもしろかったです。インタビューの最後に、別の本を紹介するのも変な話ですけど(笑)。

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【取り上げられた本】

若い読者に贈る美しい生物学講義
 更科功(著)

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<内容紹介>
出口治明氏
「ドーキンス『進化とは何か』以来の極上の入門書。」

養老孟司氏
「面白くてためになる。生物学に興味がある人はまず本書を読んだ本がいいと思います。」

竹内薫氏
「めっちゃ面白い! こんな本を高校生の頃に読みたかった! ! 」

山口周氏
「変化の時代、"生き残りの秘訣"は生物から学びましょう。」

佐藤優氏
「人間について深く知るための必読書。」

生命とは、進化とは、遺伝とは、死とは、多様性とは、生き延びるために必要な生存戦略とは――。本書は、読者に向けて、生命とは何かを平易な言葉で伝える、いままででいちばんわかりやすく、いちばん感動的な生物学の本となる。後半の病気に関連した部分は、医学的な解説ではなく、生物としてどのような現象が起こっているのかを解説する。

生物とは何か、生物のシンギュラリティ、動く植物、大きな欠点のある人類の歩き方、遺伝のしくみ、がんは進化する、一気飲みしてはいけない、花粉症はなぜ起きる、IPS細胞とは何か・・・。最新の知見を親切に、ユーモアたっぷりに、ロマンティックに語る。あなたの想像をはるかに超える生物学の授業! 全世代必読の一冊! !

きっと、どんなことにも美しさはある。そして美しさを見つけられれば、そのことに興味を持つようになり、その人が見る世界は前より美しくなるはずだ。きっと生物学だって、(もちろん他の分野だって)美しい学問だ。そして、この本は生物学の本だ。もしも、この本を読んでいるあいだだけでも(できれば読んだあとも)、生物学を美しいと思い、生物学に興味を持ち、そしてあなたの人生がほんの少しでも豊かになれば、それに勝る喜びはない。(本書の「おわりに」より)
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