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「手話が公用語」ニュージーランドの興味深い国民性

『読むだけで世界地図が頭に入る本』著者・井田仁康インタビュー(1)

世界にはユニークな制度や文化を持っている国がたくさんあります。たとえば、ニュージーランドでは手話が公用語のひとつとして認められています。そもそも、なぜ手話が公用語となったのか。背景にある文化や国民性とはどんなものなのか。
今、世界情勢は激動の時代を迎え、世界の国や地域に関心を持つ人が急増しています。そんななか「2時間で世界の国や地域がざっくりと理解できる」と話題の一冊が『読むだけで世界地図が頭に入る本』。大人の教養本として多くの人に読まれています。今回は本書の編著者である地理の専門家・井田仁康氏に「地理を学ぶ楽しさ」と、専門であるニュージーランドについて詳しく話を聞いてみました。(取材・構成/イイダテツヤ)

プロフ

井田仁康(いだ・よしやす)
1958年生まれ。筑波大学人間系長、教授。博士(理学)。日本社会科教育学会長、日本地理教育学会長などを歴任。筑波大学第一学群自然学類卒。筑波大学大学院地球科学研究科単位取得退学。著書に『ラブリーニュージーランド』(二宮書店)、『社会科教育と地域』(NSK)などがある。

ニュージーランドは魅力的な国

―― 『読むだけで世界地図が頭に入る本』では、井田先生を始め6名の地理の専門家がそれぞれの国や地域に関して執筆されています。井田先生が特に専門とされているのはどの地域ですか。

井田仁康(以下、井田):私の本来のフィールドはオセアニア。特にニュージーランドが専門なんです。

―― 地理の先生でも「ニュージーランドが専門」というのはめずらしいように感じますが、井田先生はどのあたりに魅力を感じたのでしょうか。

井田:地理を専攻している人はたいてい学生のとき「自分のフィールドを考えなさい」と言われるんですが、そのとき私は「日本人があまり行っていないところがおもしろいんじゃないか」と思いました。

 ニュージーランドへ行く日本人は当時は少なかったですし、そもそも人口が少なくて、自然が残っているのも魅力でした。

 とはいえ当時のことを振り返ると、もうちょっと打算的なところもあって、アメリカやヨーロッパは研究している人も多いので、新たな視点で論文を書くのもたいへんなんです。だから、あまりみんなが取り上げないニュージーランドに着目したという部分もあります(笑)

―― 最初のとっかかりは打算もあったんですね(笑)

井田:恥ずかしながら、そうなんです。

ニュージーランドの高校生に授業をして気づいたこと

 そんな中で、いろいろ研究していくとおもしろいこともたくさんありました。そもそも日本だと「オセアニア」ってひとつに括られるじゃないですか。地理の授業でもたいてい一緒に教えられます。

 でも以前、ニュージーランドの高校生に授業をしたことがあるんですが、そこでその話をすると、みんなめちゃくちゃ驚くんです。

 「ニュージーランドとオーストラリアは全然違うじゃないか」「それを一緒に教えるなんて信じられない」「ニュージーランドは島国で、オーストラリアは乾燥地帯だし、産業も、農業も、文化も全然違う」って口々に言うんです。

 考えてみれば、当然ですよね。世界的に見れば、ニュージーランドとオーストラリアはたまたま地域が近いですけど、まったく違う国ですし、まったく異なる文化や制度があります。

 たとえば、ニュージーランドでは手話が公用語のひとつになってるって知っていますか?

ニュージーランドでは手話が公用語

―― えっ、手話が公用語なんですか? 全然知りませんでした。

井田:そうなんですよ。世界的にも非常にめずらしいですよね。ニュージーランドでは公用語として英語とマオリ語がもともと使われていたんですが、2006年にニュージーランド手話が加えられたんです。

 「手話が公用語」と聞くと、たしかに不思議な感じがするかもしれませんが、私は30年近く前からニュージーランドに何度も行っていて、現地の人たちと触れ合っていると「手話が公用語になるのも、うなずけるな」と思うんです。

―― それはどういうことですか?

井田:この感覚は現地で体験しないとうまく伝わらないかもしれないんですが、ニュージーランドの人たちって、垣根がないんです。

 たとえば、スーパーマーケットへ買い物に行って、そこにたまたま車椅子の人がいて、ちょっと高い位置の商品を見ていたら「取ってあげようか」って、ものすごく気軽に声をかけるんです。

 助け合いとか、奉仕の精神とか、そんな大げさな感じじゃなく、普通にあいさつをするみたいに、すごく自然にそんなやりとりをするんです。車椅子の人も、別に必要なければ「いや、大丈夫だよ」なんて言って、助けてもらったり、もらわなかったり、すごく普通にしているんです。

 その感じを間近で見たり、肌で感じたりしていると「耳の不自由な人がいたら、手話があったらいいよね」くらいの感覚で公用語になるのも違和感なく理解できるんです。

―― とてもおもしろい感覚ですね。

井田:本当にそうなんですよ。私のような異国の人が道に迷っていると、押し付けがましく何かを言ってくることはないんですが、「ああ、困ったな」と思っていると、すぐ横に人が来てくれて、さっと助けてくれるんです。

 ものすごくありがたいんですが、現地にいると、それが全然特別なことじゃなくて、普通の、自然なことなんです。

 地理を学んでいくおもしろさのひとつには、そういうところがあると思うんですよ。ただ知識として「ニュージーランドでは手話が公用語になっている」と学ぶだけでなく、現地へ行って、そこで暮らしている人たちと触れ合う。

 すると、なんとなく、そこに暮らす人たちの文化や雰囲気が伝わってきて「ここでは手話が公用語になるのもわかるな」と腑に落ちる。

 もちろんニュージーランドだけでなく、世界中のあらゆる地域で、そうした体験ができると思います。

「みんなで暮らしていく」垣根のないカルチャー

―― そもそもニュージーランドでは、なぜそうした「垣根のないカルチャー」というか、人々の雰囲気が出来上がっていったのでしょうか。

井田:それにはさまざまな要因があると思います。人口が少ないので、あまり競争的でないというか、ギスギスした感じでないのはひとつ言えますね。

 今は経済的にも発展していますが、私が通い出した30年前は、もっとのんびりした生活をしている人が多かったですし、誰かと競い合って生きていく雰囲気ではありませんでした。

 それだけ自然が豊かだということもありますし、気候も温暖。南島にクライストチャーチという大きな都市があって、緯度にすると日本の旭川くらいなんですけど、そこまで寒くない。冬でも0度を下回ることがなくて、雪もそんなに降りません。それだけ過ごしやすいということですね。

 また、島国で他国から攻められる心配があまりないということもありますし、そういったさまざまな要素が重なって、独特の文化や雰囲気が醸成されているのだと感じます。

 垣根がないという意味では、女性の参政権が世界で最初に認められたのもニュージーランドなんですよ。

 一つの国で、みんなで暮らしていく。そんな共存の意識が自然に培われているんでしょうね。

先住民と移民の共存がうまくいっている理由

―― ニュージーランドのことをそうやって詳しく聞いたり、考えたりしたことがこれまでなかったのですが、あらためて聞いてみると、非常におもしろいですし、その国や人々にすごく興味が湧いてきますね。

井田:そう言ってもらえるのは嬉しいですね。ニュージーランドと言えば、ラグビーのオールブラックスが有名ですが、試合前にハカを踊るのはよく知られていますよね。

―― それは何度も見たことがあります。オールブラックスの人気のひとつになっていると感じます。

井田:ハカはもともとマオリ族の踊りですが、ニュージーランドには先住民であるマオリと、後にヨーロッパから移住してきた人たちで構成されています。ヨーロッパ系が7割くらいいて、マオリは15%程度の人口を占めています。

 もちろんニュージーランドにも民族間の対立や差別問題がないわけではないのですが、多くの人がマオリをリスペクトし、優遇する政策も打ち出していて、お互いの民族が共存していくことに比較的成功している国だとも言えます。

―― 先住民と移住してきた人たちとの軋轢、差別問題などは世界的にあちこちで見られると思うのですが、なぜニュージーランドではその共存が成功したのですか。

井田:ニュージーランドの人たちは「垣根がない」という話と同じで、そこにはさまざまな要素が絡んできますが、ひとつにはマオリの割合が高かったことが挙げられると思います。

 諸外国をみると先住民の割合は数パーセントのことが多いですが、ニュージーランドにマオリは15%ほどいます。それだけの人数がいると、国としても無視するわけにもいきません。

 マオリの人が会社を作ったら、そこに補助金を出すなど、社会生活が成り立ちやすいような優遇政策を打ち出しながら、上手に共存を図っているという状態です。

 それこそオールブラックスのハカなどは、多くの国民がマオリの文化をリスペクトしている象徴でもあります。

 もちろん、ニュージーランドにもさまざまな問題はあるのですが、そうやって一つの国のことでも深く調べたり、現地へ行って、その国の人たちと交流してみると、ただ教科書で学んでいるのとは違った風景が見えてきて楽しいものです。

 地理を単なる暗記科目と捉えるのではなく、もっと生き生きとしたものとして楽しく学んでもらえると、私も嬉しいですね。

「世界各国の特徴」「国どうしの関係」が
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【取り上げられた本】
『読むだけで世界地図が頭に入る本』
 井田仁康 著

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<内容紹介>

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