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kotoba(ことば)の玉手箱ーお薦めの古典紹介 Vol.4(2)『永遠平和のために』(イマニュエル・カント著)ー

皆さん、こんにちは。

早速ですが、前回はカントの簡単な経歴とその生きた時代について説明しました。今回は、カントの『永遠平和のために』の概要、ポイント、そして今の私たちへの示唆などについて、説明をしたいと思います。

『永遠平和のために』の概要

1795年に出版されたこの本は以下のような構成になっています。

第一章 国家間の永遠平和のための予備条項(平和のための準備的段階)
① 将来の戦争を留保している平和条約の禁止
② 継承、交換、買収等による国家取得の禁止
③ 常備軍の禁止(全廃)
④ 軍事国債発行の禁止
⑤ 他国への軍事介入の禁止
⑥ 相手国との間で相互信頼を損なう行為の禁止

第二章 国家間の永遠平和のための確定条項(永遠平和を実現するための最終的な条件)
① 各国の政治体制が共和制であること
② 国際法が自由な諸国による連合体制に基礎を置くこと
③ 世界市民法が普遍的な友好をもたらす諸条件に限定されること
第一補説(第一追加条項) 永遠平和の保証
第二補説(第二追加条項) 永遠平和のための秘密条項

付録(カント自身が本書で展開した哲学的基盤)
一 永遠平和という見地から見た道徳と政治の不一致について
二 公法の先験的概念による政治と道徳の一致について

まず、本書のこのような構成がユニークであるように見えます。例えば、ここでは①、②などと表記していますが、「条項」という言葉で翻訳されたりしています。これはカントが当時の平和条約の書き方にならって本書を執筆したためと言われています。特に1795年4月にプロイセンとフランスの間で交わされた「バーゼル平和条約」への不信感がカントにこの本書を書かせるきっかけになったようです。この平和条約は将来の戦争を防止することがなかった一時的な休戦条約だと評価されています。

特に第一章がそうですが、とても具体的な条件について論が展開されていて、とても「空想」、「理想主義」とは言えない具体的な内容となっていると言えます。是非実際に手に取って読んでいただきたいと思います。

ここがポイント!3つ

さて、この本のポイントは以下の3つです。

1.リアリスト、現実主義者のカントが書いた現実直視の国際政治学、政治哲学の書であること

上記の構成の単語を見ただけでも想像ができると思いますが、とても具体的、現実的な内容を論じています。

例えば、「常備軍の全廃」ということをとってみても、この文字だけをみていると「そんなこと、できるわけがない!」という反応があるかもしれませんが、実際によく読んでみると、この「常備軍」というのが傭兵の軍隊のことを指していて、別途国民による軍隊が自らの意思で自国を守ることは例外として禁止していないという説明があったり。

その他、是非本文を読んでいただきたいのですが、「国家は財産ではない」(国王の私有物ではない)という内容であったり、また以下のように冷徹な人間観が垣間見れる表現もあります。

「一緒に生活する人間の間の平和状態は、なんら自然状態ではない。自然状態は、むしろ戦争状態である。言いかえれば、それはたとえ敵対行為がつねに生じている状態ではないにしても、敵対行為によってたえず脅かされている状態である。それゆえ、平和状態は、創設されなければならない。」
(『永遠平和のために』岩波文庫版 参照)
「したがって、こうした戦争遂行の気安さは、人間の本性に生来そなわっているかに見える権力者の戦争癖と結び付き、永遠平和の最大の障害となるもので。。」(『永遠平和のために』岩波文庫版 参照)

人間をそもそも邪悪な存在である、権力者は生来戦争好きなどと、当時の時代背景はもちろんあるものの、とても理想主義、空想家とは言えない人間観、世界観の持ち主であることがうかがえます。

2.国際社会を見る時に有益な視点を提示してくれていること

第二章の各条項に展開されている「共和制」、「国際法」、「世界市民法」の内容は、この翻訳の言葉だけを見ると理解が不十分だと思います。ただ、各国のそれぞれでの国内の政治体制のあり方、国際法のあり方、その執行体制のあり方、「世界市民法」というものが指す内容をよく読んでいくと、例えば民主制などと戦争との関係や、その後の国際連盟、国際連合に繋がっていく源流を理解できるように思います。また、移民・難民問題をどう考えるかというテーマにも関係する視座を与えてくれるようにも思います。

全体として、「戦争が起こりにくくなる社会的な仕組みとはなにか?」というテーマを具体的に論じているのですね。なお、日本の当時の鎖国政策について簡単に言及している部分があるのは興味深いです。

その他戦争が人類に与えた様々な影響や人間の利己心の働きなどなど、とても面白い内容が展開されています。

3.政治と道徳の問題、ひいては人にとって道徳とは何かのテーマを論じていること

これは本書の「付録」の部分で展開されています。「付録」とみると、なんだか重要ではない、参考程度の位置づけのように見えがちですが、実はこの付録部分こそが、カントの平和論の哲学的基盤を示している、とても重要な部分とも言われています。

カントの哲学はとても難解だと言われていますが、この部分は扱っている内容がとても具体的であることから、もちろん簡単とは言えないですが、カントの哲学の入門的な要素があるとも言えます。

「永遠平和が実現されるためには、道徳と政治が一致しなければならない」、それも「政治は道徳に服さなければならない」ということを言っています。

「目的は手段を正当化する(目的が良ければどんな手段をとっても良い)」ということが言われると思います。このように一見すると「政治」と「道徳」は反する場面が多いような印象がありますが、そうではない、そして「法の秩序」を国内のみならず、国際社会にもどう行き渡らせるかがとても重要である、ということを説明しています。そして、そもそも、カントが言う「道徳」とはどんなものかも本書を通じて一定程度理解ができると思います。

今に活かす(連想したこと)

以上、カントの『永遠平和のために』を紹介してきました。ここで書いたこと以外にもたくさんの事例や説明などもありますので、手に取って読んでいただきたいです。

本書で学んだ視点を使って日本のことをみてみると、「戦争が自然状態であって、平和は創設するもの」というカントの考え方は議論の一つの立ち位置を与えてくれるものと思います。また、日本国憲法の第9条の源流にこのカントの考え方が反映されているという方もいらっしゃいます。この辺りも、さらに読んで、調べてみても面白いかもしれません。

また、「人間はそもそも邪悪な存在であり、為政者は戦争癖がある」という考え方は、あらためて国際社会の現実を評価し、シナリオを考える場合の一つの警告になるのではないかとも思います。

ただ、何よりも、「戦争が起こりにくくなるような社会の仕組み、制度」について、「平和は人から与えられるものではなく、獲得していくものである」という前提をもとに色々と努力していくことがとても大事であると思います。

私たち自身でも考えるべきテーマが、狭義の「軍事」そのもの以外にもまだまだたくさんあることを、カントのこの本は教えてくれています。

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