高塔山に花光る

2023年6月11日 05:47

　北九州市若松区にある高塔山たかとうやま公園は、標高124メートルの山頂附近に拡がる市民の憩いの場である。
中世には大庭隠岐守景種おおばおきのかみかげたねが築いた山城があったと伝えられている。展望台からは北九州中心街や関門海峡、若戸大橋、皿倉山、響灘などを望むことができ、特に夜景は皿倉山から見た「新日本三大夜景」に劣らず美しい。

この時期、18ヘクタールの敷地内は約150種類74,300株の紫陽花で埋め尽くされる。県内でも有数のあじさいスポットとして人気だ。6月11日㈰と18日㈰には、3年ぶりに「若松あじさい祭り」が開催される。北九州も流行り病が一段落し、こうして活気が少しずつ戻ってきている。

また北斜面の一角にあるヤマアジサイの植栽地でも今ちょうど見頃を迎えている。西洋アジサイの半分にも満たない小さなヤマアジサイの可憐な花が、薄暗い森の中で自ら発光するかのように繊細な色彩を放つ。そのバリエーション豊かな色と形にはいつ見ても魅了されてしまう。
西洋アジサイがシフォンケーキ、ガクアジサイがデコレーションケーキだとすれば、ヤマアジサイはさながら繊細に作られた和スイーツだ。

この日は朝からぐずついた天気。本当はしっとりとした霧雨くらいがアジサイの写真撮影にはちょうどいいと思うのだが、とりあえず出かけてみることにした。案の定到着した時は本降りとなり、しっとりどころか花も葉もぐしょぐしょに濡れていた。
でも、これもまた何かの縁。
こんな日にアジサイを撮ることも滅多にないだろうと思い、防水トレッキングシューズを履き、傘をさし、斜面をあちこち動き回りながら撮り続けた。
こうした状況でも敢えて頭を突っ込んでみると、かえって面白いことが待っていたりするものだ。

これまで幾度となく来ているこのヤマアジサイ園は山の急斜面にあり、薄暗く、地面も泥濘んでいるため、他の見物客を一度も見かけたことが一度もなかった。
ところがこの日は珍しく数人の来園客とばったり出会う。こんな雨の日に一人で写真撮影に没頭している変なオッサンが気になったのか、その中にいた若い女性から突然「こんにちは」と声を掛けられた。
実は地元テレビ局から取材に来られた方々を、ヤマアジサイ園の管理人である友田さんが案内している最中だった。声をかけてきたのは記者の大倉さん。ヤマアジサイに関する取材がてら、雨降る森の中でしばらく立ち話をすることになった。

せっかくなので記念撮影させてもらう。
右から管理人の友田さん、地元テレビ局の音声さん、記者の大倉さん、カメラさん
このときの様子は当日夕方、ローカルニュースで放送された。
（SNS投稿承諾済み）

管理人の友田さんからもいろいろ話を聞くことができた。ヤマアジサイがこれほどの数咲いている場所は、国内では広島にある植物園とこの高塔山だけだと仰っていた。また希少品種であるヤマアジサイの原種「清澄沢キヨスミサワ」の花が実際に咲いているところを見せて頂くこともできた。
千葉県南房総「清澄山」で発見された白い花で、装飾花の周囲に赤い覆輪が纏わりつくのが特徴。この高塔山に当初10株を植えたとのことだが、この地の環境があまり合わず、今では一株だけが残ったという超レアな花だ。

この友田さんは相当ヤマアジサイＬＯＶＥな人。25年にわたりボランティアでアジサイを育てている。
ちょうど私と同い年だったこともあり、意気投合し楽しいひとときとなった。SNSでたくさんの方にこのヤマアジサイの写真を見て頂いていると言うと、とても喜んでくれた。

前回の記事では花菖蒲の写真を投稿したが、この山紫陽花といい花菖蒲といい、日本古来の伝統的なDNAが息づく花を見ていると、自分の体内にある日本人としてのDNAも刺激を受けて、ふつふつと沸き立ってくるような思いがする。
現代社会の価値観や生活様式はすっかり変わってしまったが、体内の奥深くに刻み込まれた日本人としての美意識は、自然界に残るこうした花の存在との不思議な共鳴によって、今も依然として息づいていると再認識できるような気がする。

大袈裟ではなく、派手でもなく、主張し過ぎるのでもない。
外に向かって何かを要求するわけではなく、奪おうともしない。
かと言って、自分を犠牲にしたり、抑圧するのでもない。
足りないものはなく、更に付け足そうともしない。
理想を他者や自分に押し付けたり、夢を追い求めてはいない。
ただ等身大の自分自身で在ることで、その美は完結している。
そんな花に見えてくる。

高塔山では今月中旬まで見頃が続く。
この山から、ヤマアジサイの美しく繊細な波動が風に乗って漂えばいいなと思う。

(※写真ではヤマアジサイとガクアジサイ、西洋アジサイが混在しています。)