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『薔薇』(5)  レジェンド探偵の調査ファイル,内定調査,聞き込み(連載)

『現役探偵の調査ファイル 七人の奇妙な依頼人』 福田政史:著
【第六話】薔薇


 翌日、同じ場所で再び木村と会った。私の方針は決まっている。一考の余地もなく返事は「ノー」である。このことについて、あえて岩井社長の指示も仰がなかった。仮に聞いても結果は分かりきっていたからだ。前述のように、岩井社長は経営手腕にも優れ、一代で「S沿線で彼を知らぬ者はない」というほどの会社を築いた人である。よく言えば意志が強く、一方で頑固な面も持ち合わせている。たとえヤクザが大挙して押しかけても「あの家に住もう」と言う気持ちは変わらないだろう。
 木村は昨日と同じ怖い顔でやってきた。ニコリともせず「どうだった?」と言う顔で私を見る。
 私は単刀直入に「木村さん。誠に申し訳ありませんが、今回は勘弁してください」と言って、じっと男の顔を見つめた。相手は探偵社の名刺を見ても顔色一つ変えなかった男である。昨日調べたところでは、ヤクザとしての格はそれほどでもないが、かといって下っ端というわけではない。顔つきからしても度胸が良さそうだ。恐らく日常的にこんなことばかりやっているのだろう。
 しかし、今度の仕事は成功しない。私もこうして出てきた以上、後には引けない。
 石井社長に限らず、私はよく依頼人や依頼会社から、この手の揉めごとの処理を頼まれることが多い。なぜだろうかと時々考えることがある。
 背もそんなに高いわけでもないし、自分で言うのもなんだが、顔つきも柔和である、と思っている。若い頃はともかく、四十歳過ぎたあたりから誰ともいさかいをせず、むしろ「負けるが勝ち」をモットーに極めて穏やかに生きているのである。なのに、そのころから逆にこの種の揉めごと処理に駆り出されることが多くなった。
 ひとつには「ノー」と言えない性格にあるのだろう。だが、もしかしてそうではないのかもしれない。助手の恵美子から冗談交じりに言われたことがある。
「所長はね、斬った張ったの揉めごとやヤクザが好きなのよ」
 私だって、ヤクザが好きだというわけではないが、もし、この探偵という職業をやっていなければ、あるいは、その道に入ったかもしれないとは思うことがある。他人より血の気が多いのは確かなのである。
 こうして、この日も木村のような男を相手にしたというわけだが、私の返事を聞いた彼は、普通の人だったら思わずビビッてしまう怖い顔で、
「今回は勘弁してくれだと、ふざけんなよ、コラーッ。オレだってガキの使いをしているわけじゃねえんだぞ!」
 昨日にも増した大声で怒鳴り始めた。私は、
「あんまり無理難題を言うと、こっちも奥の手を出すよ」
 と遠回しに牽制するのだが、木村は聞く耳を持たない。いかに自分たちを怒らせると怖いかをまくしたてて、最後に「楽しみにしてろよ!」と精一杯凄むと席を蹴るようにして帰った。

(6)につづく

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