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行動経済学は信じられないか?

はじめましての方も、こんにちは。

本日「ビジネスデザインのための行動経済学ノート」が、デジタルと書籍で販売されます。どうぞよろしくお願いします。

その一方でここ最近、行動経済学の論文の一部に、再現性のなさや不正が指摘されています。本の出版とタイミングがたまたま重なったのですが、あらためて本書の位置付けと、行動経済学に対する考え方を説明します。

お伝えしたいことは次の2点です。

・再現性よりもデザインを
・理論よりも実践を

それでは、行動経済学に何が起こったのか?から順に整理していきます。

1. ずるの研究にずるがあった?

話題となったキッカケはこちらの記事です。2021年8月20日に投稿されたBuzzFeed Newsの記事です。

一部だけが切り取られて伝わるのは良くないので、なるべく原文を読んでいただきたいと思いますが、不正に関する要点をまとめると

・研修者らは署名が最初か最後かで行動が変わる研究を2012年に発表した
・数年後、研究者らは自身で追跡実験で再現性が得られないことを見つけた
・外部からの指摘で、研究者らはデータが不正であることに同意した
・研究者らは誰がデータを改ざんしたのかは不明だと主張する

ということです。

僕自身は学者でも論文ウォッチャーでもないので、この段階で研究内容に対する真偽の判断はしません。この研究の仮説が全て間違いだったかもしれないし、100%否定するものでもないのかもしれません。ただ、いずれにしても学術研究の分野で、行動経済学への信頼が失われたことは事実です。

2.白黒つけようとすることの危険さ

だからといって「行動経済学は使えない」と結論づけるのは、ミスリードにつながると考えます。

こちらに書かれている、先ほどのBuzzFeed News記事の丁寧な和訳解説でも「行動経済学のすべてを否定するのは間違っている」と主張しています。僕もこの考えに賛同します。

ところが、twitterなどで要約された情報だけが広まると「行動経済学は意味がない」と断定するような意見が目立ち、本来の情報とは異なった伝わり方をしてします。(The death of behavioral economics(※)といった極端な見出しもあったりします)

この現象はそれこそ、ダニエル・カーネマンらが主張するシステム1(早い思考)の影響であり、ヒューリスティック(近道思考)一貫性によるバイアスを受けている状態です。人は、瞬間的に判断をしたり、異なる事象を結びつけてストーリーを考える傾向があります。

本の中でも今回の事件の研究者の一人であるダン・アリエリーの書籍を引用しています。事実は事実として受け止めるべきですが、行動経済学のすべてに白黒を結論つけるべきではないと考えます。

そもそも、なぜ行動経済学がこれだけ強い関心を集めたかというと、みんな研究結果にどこか思い当たるフシがあるからではないでしょうか。そういった人間の不思議さへの好奇心を、1つの不正だけですべてを否定してしまうのは、あまりに勿体無いです。

3.本を通して伝えたいこと

今回の本は「行動経済学をデザインする」をテーマに書きました。

デザインを勉強したり実践している人や、企画などのビジネスに取り組んでいる人、商品やサービスに関わるすべての人にも当てはまりますし、仕事以外での日常生活にも役立てられる実用書です。逆に、経済学や心理学などの理論を専門に学ぶための専門書ではありません。

・専門書:理論を深く知り学術領域に役立てる
・実用書:行動経済学の考えをもとに実践してみる

行動経済学の本は既に数多く出ている中、自身の専門であるデザインと組み合わせることで、行動経済学そのものではなく、それをどう実用するかということに重きを置いています。

デザインやビジネスの実用書という観点から、行動経済学を知ってもらいたいことは、次の2つとなります。

4. 再現性よりもデザインを

1つめは、科学的なアプローチだけではなく、創造的なアプローチで行動経済学を知ってほしい、ということです。

理論をそのまま適用して再現させるのではなく、商品やサービス、場面や状況に応じた解決策のアイデアを考えてみてください。アイデアの着想に気づくヒントは行動経済学だけではなく、他分野からも得られます。

社会学・心理学・文化人類学などはもちろん、例えば僕の専門分野はデザインなので、デザイナーの考えからヒントを得ることが多くあります。他にも、ゲームやスポーツでの実例や、各分野のプロフェッショナルの行動や考え方にも多くの着想を得て、本にも取り上げています。

元appleのデザイナーであるジョナサン・アイブは、PCを怖くない存在にしたいという考えからiMacをデザインしました。

でもこの着想が、直接的な売上につながったとか、行動経済学として再現性のある理論になるかというと、おそらく証明は難しいでしょう。でもiMac前後で、PCに対する人々の認識や行動が大きく変わったことは事実です。

不正の指摘があった研究でも、書面のレイアウト、色、言葉づかい、デジタルなら画面遷移数など、デザインを変えることでもユーザーの行動に影響します。概念や定義だけでなく、細部まで丁寧につくり込むことで、はじめて効果が生まれます。

「再現性のないものは価値がない」と切り捨てるのではなく、「自分の場合だったら、どんな方法が考えられるだろうか?」と創造力をはたらかせることに意識を向けてみましょう。

5. 理論よりも実践を

2つめは、実践知から学んで役立ててほしい、ということです。

またデザインの話になりますが、よいデザインは理論からすべて導かれるものではなく、実際には試行錯誤でカタチにしてみないと分かりません。

デザインの方法論の多くは先人のデザイナーの積み上げです。学術分野から浸透した方法論もありますが、実用的ではない理論は、現場ではあまり使われないか、一過性のものとして定着しません。

行動経済学もこれと同じで、いくら理論が優れていても、実社会で適応できるかどうかはまた別の話です。みなさんが研究者ではないのなら、行動経済学の理論そのものに目くじらをたてるよりも「何かに応用できないかな?」くらいに捉えて、実践に目を向けてみましょう。

実践では様々なメソッドやナレッジが集まっています。以前、こちらにまとめましたが、今回の本では3章でこのことをより丁寧に解説しています。

実践例は世の中にたくさんあります。例えば、こちらは経済協力開発機構(OCED)という機関が、2015年に出した本ですが、公共分野だけで453P、113の事例が紹介されています。

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こういった事例をもとに、よりよくするための方法や、他の分野にも応用することが考えられます。本を読んで終わりではなく、どう活かすかという行動につなげて(ナッジ)もらうのが本書の狙いです。

6. 最後に

今回の事件によって、行動経済学に対する期待値は下がっていくことになるかと思いますが、行動経済学そのものの魅力は変わりありません。

デザインの分野でも、数年前にオリンピックにまつわるいろいろで、人々に不信感を与える結果になりました。でも現在、デザインそのものの価値は変わっていません。最近できたデジタル庁の組織構成にはCDO(Chief Design Officer)という役職が設けられています。

行動経済学もデザインも、ともに魅力があり、人々の暮らしをよりよくするためのものです。前向きな気持ちで興味をもっていただけると幸いです。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


デザインとビジネスをつなぐストラテジーをお絵描きしながら楽しく勉強していきたいと思っています。興味もっていただいてとても嬉しく思っています。