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デザインの手前 #05:長嶋りかこさん回振り返り

こんにちは。
ポッドキャスト番組「デザインの手前」の原田です。

先週まで全4回に渡って、グラフィックデザイナー・長嶋りかこさんをゲストに迎えたシリーズをお届けしてきました。
ということで、今回は長嶋りかこさん回を振り返っていきたいと思います。

さらに、今後の配信予定などもお知らせしていますので、ぜひ最後までお付き合い下さい。


妊娠・出産・育児の日々を綴った書籍

武蔵野美術大学 視覚伝達デザイン学科を卒業後、広告代理店勤務を経てデザイン事務所「village®」を設立した長嶋りかこさん。
アイデンティティデザイン、サイン計画、ブックデザイン、空間構成などグラフィックを基軸に活動し、主な仕事として「札幌国際芸術祭2014」の公式デザイナー、「第17回ベネチアビエンナーレ国際建築展日本館展示」のVI・サイン・Webサイトなどのデザイン、ポーラ美術館のVI計画などがあります。
2018年には第1子を出産し、その妊娠・出産・育児の日々を綴った書籍『色と形のずっと手前でを2024年7月に出版しました。

長嶋りかこ『色と形のずっと手前で』(2024年/村畑出版)

今回長嶋さんに出演のご依頼をしたきっかけは、この書籍のタイトルをSNSで目にしたことでした。
日本のグラフィックデザイン界を牽引する一人である長嶋さんが、「手前」という名を冠した書籍を刊行するという時点で、お話をお聞きしないという選択肢はなかったのです。

札幌国際芸術祭(2014)

デザインの仕事にたどり着けない日常

この本で綴られているのは、書名が示す通り、長嶋さんの生業であるグラフィックデザイン(=「色と形」)「ずっと手前」にいた“ままならない”日々の記録です。
初回は、本書を執筆するに至った動機や背景にあった思い、書籍制作のプロセスなどを伺いました。

「いちグラフィックデザイナーが子どもを産むことで何が起こるのか」という超個人的な話を書くことで、現在の社会が抱えている問題や歪みが見えてくるのではないか。

そう長嶋さんが語るようにこの本では、これまでのようにデザインの仕事ができない状況への憤りや葛藤、その背後にある社会の仕組みや慣習、価値観などへの違和感、怒りや悲しみなど、最愛のお子さんへの愛情だけでは帳消しにできない複雑な思いが綴られています。
子育てのわずかな合間を縫って、携帯のメモ機能でその時々の感情を吐き出した“超個人的な記録”をまとめた本書には、ジェンダー、環境、自然と人工、生と死など、いまを生きる僕たちと切り離せないテーマが内在しています。

展覧会『色と形のずっと手前で』at POST

本の中で長嶋さんは、家父長的な社会の中で形成された画一的な母親像を否定し、一人ひとりが異なる事情を抱える固有の存在であることを、グラフィックデザイナーならではの表現で伝えてくれます。

みんなそれぞれの環境の事情で選択したグラデーションの中にいる。
(中略)
グラデーションを描くことは、歩み寄りの技術なのだと思う。

長嶋りかこ『色と形のずっと手前で』より

画一化できない多様なグラデーションがある中で、相手に歩み寄るためには異なる他者の立場に立つ練習をすることが必要なのではないか、と長嶋さんは語します。
長嶋さんにとっては、妊娠・出産によってままならない身体になったことが、異なる他者への想像を拡げるまたとない機会になったということでした。
このエピソードでは、自費出版を選択した理由、読者からの反応、出産を経て変わった他者とのコミュニケーションなどにも話題が及びました。

第17回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展 日本館展示 カタログvol.2(2022)

自分らしいキャリアを築くために 

2回目のエピソードでは、独立6年目に出産した長嶋さんに、出産前後での働き方の変化や、デザイナーとしてのキャリア観などを伺いました。

長嶋さんが出産をした30代後半は、デザイナーとして脂の乗り切った時期だと言えます。長嶋さんご自身も円熟の40代に向け、「これからやりますよ!」というタイミングだったそう。
しかし、産婦人科の検査で卵子の数が平均よりも少ないことを知った長嶋さんは、想定を前倒しして出産に踏み切ることに。
そこには、デザイナーとしてのキャリアを止めてしまうことへの怖さがあったと振り返ってくれました。

出産後も予期せぬ出来事の数々によって、なかなか通常営業に戻ることができなかった長嶋さん。
そのジェットコースターのような日々は本に詳しく書かれていますが、「働きたい」という気持ちと、最愛の息子を前に「働いている場合ではない」という気持ちの間で揺れ動く日々だったと言います。
ウイルス同様に「制御できない自然物」である子どもとの日々について、「人より少し早くコロナが来た」と冗談交じりに振り返る長嶋さんは、出産前とは明らかに仕事のペースや働き方が変わったと話してくれました。
そしてこの変化には、限られた時間の中でできることに前向きに取り組めるようになるなど、良い面も少なからずあったそうです。

展覧会『色と形のずっと手前で』at POST

一方で、子どもが生まれてからもキャリアを加速させる男性デザイナーたちには複雑な思いがあることも打ち明けてくれました。
そんな長嶋さん自身も広告代理店時代には、自分が男性だと勘違いするほどに男性社会に同化し、自身が抱く違和感には蓋をしてきたと振り返ります。
しかし、妊娠によって自分の身体と向き合うことで、「自分自身を生きること」の大切さに気づいたのだとか。
自分らしく生きるため、自分らしいキャリアを築くために、自らが抱いた違和感と向き合うこと=「違和感のセンサー」を持つことが大切だというお話は、これからさまざまな経験を積んでいくことになる若い世代の道標になるはずです。

Ryuichi Sakamoto "Playing the Piano 12122020”(2021)

デザイナーが自分の言葉を持つこと

2回目のエピソードの最後に、育児の合間に携帯のメモ機能で「言葉」を綴ることは、「色」や「形」に代わる創作の側面があったと振り返ってくれた長嶋さん。
続くエピソードでは、「デザインと言語」「デザイナーと言葉」というテーマでお話を伺いました。

言葉によるコミュニケーションが苦手だから視覚伝達の仕事をしているというグラフィックデザイナーは少なくありません。
小学生の頃はほとんど言葉を発しない子どもだったという長嶋さんもまた、絵(≒視覚言語)との出合いが転機となり、デザイナーとしてのキャリアを広告代理店でスタートさせました。
その後しばらくは、「いかに伝えるか」(=HOW)に強い関心があったという長嶋さんですが、自らがをデザインした商品を友人に自信を持って薦められない仕事にも携わらざるを得ない中で、次第に「何を伝えるか」(=WHAT)という「中身」への責任について考えるようになったと言います。

長嶋さんが従事していた広告の仕事をはじめ、短期間で成果が求められる世界では、コミュニケーションの速度や強度、効率性が求められ、これらを実現するデザインの「技術」(=HOW)に注目が集まりやすい傾向があります。
「デザインと言語」という今回のテーマに目を向けてみても、コンセプトやアウトプットを言語化することや、デザインのメソッドやノウハウを形式知化することなどが求められがちです。
しかし、長嶋さんは今回の本を通じて、これらとはだいぶ異なる言語化をしているように思えます。

産び(2018)

「デザインの先にある社会をどれだけ意識できるのか」と長嶋さんは問題提起をします。
社会とのつながりの中で育まれていくデザイナーの「言葉」もまた、非常に重要なものではないでしょうか。
そうした言葉が醸成されていなかったことと、東京五輪のエンブレム問題においてデザイン業界が沈黙してしまったことは決して不可分ではないはずです。
エンブレム問題の当事者の一人である長嶋さんの経験を伺いながら、デザイナーが言葉を持つことの意義について改めて考えさせられました。

ReThink project(2024)

「色」と「形」には何ができるのか?

ここまで、書籍『色と形のずっと手前で』を起点に、文字通りデザインの「手前」のさまざまなお話を聞いてきましたが、最終回では本丸である「デザイン」の話を伺いました。

本にも書かれているように、お子さんが描く自由で予測不能な「線」に魅了されたという長嶋さん。
子どもの線をそのまま取り入れた「百年後芸術祭などの仕事に加え、自分(人間)以外の存在であるピアノ線の偶発的な動きを取り入れた坂本龍一さんの『Playing the Piano 1212202』などにもそうした感覚を取り入れているそうです。
「視覚言語」の魅力に惹かれてデザイナーを志した長嶋さんには、デザインやものづくりへの愛や信頼があることは言わずもがなですが、その作品や活動、この本で紡がれている言葉などからは、わかりやすく記号化・象徴化することでコミュニケーションを制御してきたグラフィックデザインに対する自己批判的な眼差しも感じられます。

「生と死」「自然と人工」「曲線と直線」などを二項対立で捉えるのではなく、さまざまな極の「間」に目を向けてきた長嶋さんは、画一化された既存のデザインが取りこぼしてしまうものにコミットしたいと思いを語ってくれました。
マスコミュニケーション、マスプロダクションのためのデザインが、制御・整理された「直線的なデザイン」だとするならば、これからの時代には、制御不能なものや異なる他者の存在と向き合う「曲線的なデザイン」が必要になるのかもしれません。

(左)アートセンターをひらく(2023)、(右)百年後芸術祭(2024)

環境とデザインの話宮島達男さんや坂本龍一さんらアーティストとの交流から学んだ社会との接し方など、さまざまなトピックについてお聞きしたこの回の最後に長嶋さんは、「グラフィックデザインの評価軸が色と形だけだった時代はもう終わった」と語ってくれました。

色と形を紡ぐデザインの仕事になかなかたどり着けないという、切実な「デザインの手前」と向き合ってきた長嶋さんは、自らの人生を切り拓いてきた色と形の力を信じ、見えない存在、聞こえない声と社会をつなぐデザインの実践を加速させていくのだと思います。

ナイトクルージング(2019)

Takramメンバーたちによる新シリーズがスタート

次回のゲストは、デザインイノベーションファーム「Takramの面々です。
多様な領域のプロフェッショナルが集い、企業や組織のプロダクトやサービス、ブランド、事業創出などをサポートするTakramには、ユニークな個人活動に取り組むメンバーが集っています。
今回は、「デザイナーの個人活動」「個人と組織の関係性」というテーマのもと、Takramのメンバーに週替りでご登場いただだきます。
トップを飾るデザインエンジニア・緒方寿人さんのエピソードがすでに配信されています。
今後も続々とTakramのメンバーたちが登場する予定なので、ぜひチェックしてみて下さい!


最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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